☆番外編 「記憶の欠片」
アリ外五周年となりました! ありがとうございます 2022.6.26
もうずっと前から消えてしまいたかった。家族を失った時、国が火の海にされた時。逃げ切った先――茶会の庭で、少女は心を深く閉ざしている。
少なくとも、今この時は誰も手なんか差し伸べてくれない。
助けなんか、来ない。
ここに来てから何日経っただろうか。それすらも分からない。
この世界は延々と青空と芝生が続くだけの空っぽな何かだ。白い椅子と傘が付いたテーブルは何の意味もなさない。
「……嘘つき。噓つき、噓つき、噓つき!」
いつか迎えに来てくれるって言ってた癖に。彼は約束を破るつもりなのか。
苛立ちと悲しみがちぐはぐになっていく。アメジストの瞳から涙がこぼれていく。
いっそのこと死んでしまった方が楽なのではないか。少女の脳裏にそんな考えがよぎる。でもこの世界には何もない。死ぬことすら許されない。彼女のために作られた箱庭は、ある種の檻と化していた。
けれど、これが少女を守るための最善策。この世界を作った人物は酷く優しい残酷な心を持っているのだろう。
何日か何年か経って、少女は考えることをやめた。相手が迎えに来てくれないのなら、明るい未来なぞ待っていない。そう結論づけた。
ぼう、と作り物の夜空を見る。希望を灯さない目で星を掴むように手を伸ばす。あぁ――いつだったか、悲しそうに彼が自分に向けて手を伸ばしたのが最後だった。それに、昔は誰かとよく星を見ていた気がする。そんなことすら忘れかけていたなんて、また自分を嫌いになった。
「……。迎えに来ないあんたが悪いのよ」
つい恨み言を口に出す。そうでもしないと正気を保てないからだ。気づけば、髪も伸びて口も悪くなった気がする。それはそうだ。なんたって、年単位はあいつを待っているのだから。
◇◇◇
いつまで何を待っているのだろう。もう覚えてすらいないから、ここに来て何年経ったかも忘れてしまった。もう希望なんて潰えたも同然だ。
けど、今日は何かが違う気がする。少女は閉じこもるのをやめて立ち上がった。すると、
「――――!」
誰かがこっちに向かって何か叫んでいる。その人は足が潰れてしまいそうなほど必死に走って、抱きしめてくれた。
名も知らない誰かは泣いている。最初、その意味が分からなかったのだけど、自分のために泣いてくれているのだと確信した。
でも、こんな人は知らない。
「誰、あんた」
突き放すような言葉が相手に刺さる。相手の彼は目を見開き、酷く悲しそうな顔をして
「あぁ、そうか、お前は……」
「…………。ううん。何でもないよ、アリス。君に出会えて、本当に良かった――」
嬉しそうに、悲しそうに。涙を流しながら笑うのだった。




