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アリスは外の世界へ行きたいようです  作者: 吐 シロエ
4章 クリーク帝国編
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☆番外編 「少女、剣となりて。」

「一体、こんなところでどうしたのでしょう。もし、そこの貴女。起きていますか?」


 望月の国と呼ばれる辺境で、少女は気を失っていた。美しい藤色の髪は雨に濡れ、目の光はなく、体も芯の底から冷え切っている。


 そんな雨ざらしの中、ほんの気まぐれで皇子がやって来た。本来なら二度と会えるか分からない、少女の元に。


「……。女中さん。彼女を宮殿へ保護した後、風呂に入らせて適当な服に着替えさせてください。彼女には拾った恩として、私の従者にさせることを忘れずに」


 言われた女中は深く礼をし、少女を抱えて牛車へと乗せていった。


「身なりは良かったですが、この辺りだと貧民街の生まれでしょうか。私が言えた義理ではありませんが、出身というのは時に残酷ですねぇ」


 皇子は呟き、駕籠かごの中に乗って宮殿へと向かった。



◇◇◇


「……あれ、ここ、どこだろう……?」


 少女が目覚めると、そこは見慣れない部屋の中にいた。やけに寝心地が良い布団の上に寝かされていたようで、微睡んだ気分になる。


「……知らない場所。でもなんだか、落ち着くような……」


「――目覚めましたか、見知らぬ人」


「ぴゃあっ!?」


「あ――あ、ぁ、えっ? お、おお、おっ、皇子……様?」


「いかにも。望月の国の第一皇子、東雲家次期当主の東雲苗代(しののめなわしろ)とは私のことです」


「ひゅっ」


 心臓が止まりそうになった。ついでに目眩もしてきて、目の前の状況が理解できない。


「おや、気絶してしまいましたか?」


「しっ、してません! 断じてしてません! おお皇子様のご尊顔で目がやられそうになったのですっ!」


 我ながら酷い言い訳をついた。少女は苗代の細く美しい視線に(悪い意味で)負けそうになったけれど、何とか持ちこたえてみせる。


「私の視線に耐えるとはなかなかの手練れですね。私の瞳に射抜かれれば最後、耐えきれなくなって自白してしまうというのに。何か訓練でもされていましたか?」


「……いえ、特に何も。他人より忍耐強いのが私の取柄ですので」


「ほう……。これはこれは、私も面白い人材を拾ったものです」


「あの、それはどういう……?」


「はい、貴女には私の従者になってもらいます。拾った恩としては当然ですよね」


「えっ?」


「考える猶予は与えます。私はどこかの帝国の皇子じゃありませんから」


「え、えっと……」


 自分が皇子の従者に? とんでもない。他にも良い人は山ほどいるのに。頭の中がくらくらしてきた。軽い目眩すら覚えてくる。


 けれど、こんなチャンスは二度と訪れないだろう。これを逃せば一生地べたを這いつくばって、過酷な仕事に耐える日々に戻ってしまうから。


 ――それだけは、嫌だ。


「なります。苗代様の従者に。貴方様のためならば、私の力を全て捧げると誓います」


「いい返事です。では私の部屋に来てください。貴女を正式に私の従者であることを決めるので」


「は、はいっ!」


 立ち上がって苗代の後ろを歩く。謁見の間までの長い廊下は望月の歴史を思わせた。


「そういえば、貴女の名前を聞いていませんでしたね。名は何というのでしょう?」


「フミと申します。家は恥ずかしながら貧民街の出で、弟がいます。弟は私と違って賢いので。少しでも良い学校に通ってほしいと勉学もろくにせず働き通して、ついに倒れてしまい今に至るのです」


「そうだったんですか。しかし貴女の判断は素晴らしいものですよ。弟のために即決し、身を粉にして働いていたのですから。でももう無理に働く必要はありません。仕事にもよりますが、貴女は今より数段マシな地位に就く」


「拾っていただき、誠にありがとうございます。これ以上のご恩はありません」


 深く、深く礼をする。苗代はその心意気が気に入ったのか、フミの頭を撫でた。


「ひゃい!?」


「おや、驚かせてしまいましたね。そんな貴女もいものです」


「ひ、ひぇ……」


 頬どころか耳まで赤くなる。こんなに恥ずかしくて嬉しいことは初めてだ。素直に喜んでいいのか分からなくて、脳がぐらぐらする。


「話していたら着きましたね。では用意をするので少しだけ待っていてください。後で別の従者が知らせますので」


「わ、分かりました」


 そう言って苗代は黄金色の襖を閉めた。しばらくすると男性の従者らしき人がやって来て、


「どうぞお入りください。苗代様がお待ちです」


「失礼します」


 従者が襖を開ける。視界には見たこともない広大な畳と、その奥には上座に座った苗代がいる。彼は朗らかな笑みを浮かべて


「こちらへどうぞ」


 と、手招きしてきた。

 フミは近くまで歩き、跪く。


「この度は私を救っていただき、ありがとうございます。貴方様に拾われていなければ、私は息を引き取っていたことでしょう」


「ただの気まぐれですよ。ですが、優秀な人材を手に入れたのは喜ばしいことです。貴女は私の従者になることを誓いますか?」


「――はい、誓います。力の限り苗代様をお守りし、この国のために命を使い果たすと誓います」


「よろしい。では、貴女に渡したいものがありますので、これを受け取ってください」


「これは刀……ですか?」


「はい。名を『梅丸』と言います。東雲家から伝わる由緒正しい刀です。これは貴女に振るってもらわないといけませんから」


 重責に思わず生唾を飲み込む。東雲家に伝わる刀なら、相当な価値と力があるはずだ。――本当に、この方には頭が上がらない。


「……。私で、よろしいのでしょうか」


 期待に応えられるのかが怖い。恐ろしくて、申し訳なくて。声と刀を受け取った手が震えてしまう。

 背筋に汗が伝う。目が合わせられない。気が動転して変な笑みを浮かべそう。


 正直言うと、泣きたかった。逃げたかった。恥さらしと思いたくなくて、脳裏に切腹と言う文字が浮かぶ。冗談でもなく、本気で。


「私は、卑しい人間です。意地汚い人間です。今だって逃げ出したいくらい、怖いです。貴方様の期待に応えられるか不安で、もうどうしようもないのです」


 つう、と涙が流れる。笑うことさえ上手く出来なくて、下を向いてうつむいた。


「弟を、家を。国を、苗代様を。守るというのなら、この身が散ってでも死力を尽くします。ですが、今のままでは貴方に顔を向けることなんて出来ません。私、私は――」


「顔を上げてください、フミ」


「は――ぃ」


 顔を上げる。目と目が合う。吸いこまれそうな水浅葱みずあさぎの瞳に見初められて、息をのんだ。


「貴女は賢い。貴女のその判断力があれば、この望月の国を傾けることだって出来てしまいます。この国を守ることすら容易いでしょう。それほどまでに貴女は賢い頭と力を授かっているのです。不安がらないで。貴女は強い。

 貴女は芯のある強さを持っている。それだけは忘れないでください。そして、それを胸に刻み込むのです」


 それで、その言葉で、少女の肩の荷は降りた。


「――はい。忘れません。貴方のためなら死ぬことだって(いと)わない。この身を使い潰し、果たす時が来るまで、私は――貴方の剣となりましょう」

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