四十一話 「秘密の会議」
夜になった。振り子時計の時刻は十時を指している。
様変わりしたジェリエナへの反応は様々だった。それはそれで割愛するとして、今はディリットと話をしなければいけない。
「ラパン。ディリットとヴァイオレットを呼んで。これから話したいことがあるから」
「分かった。奴らを呼んでくるから、少し待ってろ」
そうしてラパンが階段を上がったのを、ジェリエナは見届ける。
――数分後。本当にディリットとヴァイオレット、そしてラパンが降りてきたところで宿の空気が変わった。
「約束取り来たが、こんな夜更けに話がしたいだなんて夜這いされたいのか? ジェリエナ・エトワール」
「一縷の望みであなたを信じようとしたわたしがバカだったわ。ラパン、殺していいわよ」
「了解した」
「待て待てオレなりの冗談だ。帝国なりのジョークだと思ってもいい」
「あなたはつくづく最悪な皇子様ね。ロワ皇帝が思い浮かばれるわ」
「……お前に父上の何が分かる。本当に今ここで組み伏せてもいいんだぞ。それとも、帝国の洗礼を受けたいか?」
睨み合うジェリエナとディリットの間にただならぬ因縁が穿たれた。その関係を中和するように、ヴァイオレットが口をはさむ。
「はいはーい、そんなお二人にはお口チャックですよー」
お決まりとも言えるセリフと共にジェリエナとディリットの口が魔法でふさがれる。けれどそれは一瞬のもので、一呼吸置いてからすぐに解除された。
「全く。この前の約束が全部パーになっちゃうところだったじゃない」
「それはこちらのセリフだ。冗談も通じない強い女だとは思わなかったぞ」
ふん、とお互い鼻を鳴らして顔を逸らす。似て非なる似た者同士。同族嫌悪のようなものだと、ジェリエナは勝手に決めつけた。
「……ディリット。こんな空気だけど改めてわたしから話があるわ」
「十年前と同じような姿をしてで……か。聞いてやろう。どんな話だ?」
「ハイドについてよ。情報共有はしておくべきだと思うじゃない?」
「その意見には賛成だが……。お前の大好きなフミやヘンリー・エトワールには言わなくていいのか? 主と従者の間だけで片付ける問題じゃないと思うが」
「それは後からわたしが簡単にまとめて話します。わたしは逆にあなた達だけにしか出せない情報があると思って、あえてこんな時間に話をしようと考えたの」
「ほう……なるほどな」
ディリットはあごに手を当てて考える素振りをする。と、何を考えたのか口角を上げて彼は笑った。
「納得していただけたかしら? じゃあ話を始めるわよ」
「俺は構わない」
「ボクもでーす」
「オレもだ」
ジェリエナはうなずき、一呼吸置いてハイドの話をし始めた。
「ハイド・カベルネ・ウィリアムは仮面の国出身の王子。外面は優しそうな紳士に見えるけど、外面は外道のクソ野郎。……これが簡潔なあいつの情報ね。で、ハイドの厄介なのは魔法の一点のみ、と言ったところかしら」
「待て、ジェリエナ・エトワール。奴の強みはもう一つある。それは巧みな会話術だ。あいつの舌から出る言葉は嘘か真か判別がつきにくい。それに、父上を手のひらの上に陥れた男でもある。油断は出来ないぞ」
「そうね。強さはたいしたことでもないのに、話術と強力な魔法のせいで私たちを欺いている。……ムカつくわ」
怒りでジェリエナの手が震えた。ハイドがやってきたことは心の底から許されないことだ。本来ならハイドには業を背負って罪を償ってほしいところだが、奴がそう簡単に『イエス』と首を縦に振るわけがないだろう。
「だからこそ、ボク達が協力してハイドを殺さなければならない。そういうことですね?」
ヴァイオレットが問う。ジェリエナは『当たり前よ』と返した。
「どんな手段を使ってでもハイドを倒さないといけない。あいつは下手したら国を滅ぼしかねない『災厄』へとなり得るわ。……というか、わたしの国を壊滅しかけたのはあいつと帝国のせいだけどね」
「……。それにしても、お姫様もよく耐えきれましたよねー。レイお兄様とご両親が火事でお亡くなりになった後、ハイドにさらわれかけて、終いにはボク達帝国が攻め込んで戦争にまで巻き込まれてしまったのですから」
「そんなわたしが悲劇のヒロインだって言いたいの? 確かにわたしは守られてばかりだけど、自分で自分を可愛がるようなことは一秒たりとも思ってない」
冷ややかなジェリエナの瞳と言葉に、一瞬の間だけ辺りが静まり返った。それほどまでに彼女の圧力がかかっていたのだ。
「あはは、お姫様もそんな怖い顔が出来るんですねー。今のをフミが見ていたら卒倒していたところですよー」
「なっ、そこでフミの名前を出すのはやめなさい! あの子に顔向けが出来ないじゃないっ」
「例えですよ、例え。ふふ、お姫様の意外な一面が見れて嬉しいです」
「……で、話に戻るわよ。ハイドの魔法の復習といきましょうか。あいつの核とも言える厄介な魔法の名は『アーシュ』。対象の人物に直接干渉して蝕むタイプの呪い。あいつの言う役割に適応しないと灰に変えられて死ぬことになる。残酷な魔法ね」
「それに、奴の魔法の正体は俺とエナが見ている。端的に言うと、どす黒い得体の知れない化け物だ。武器や魔法が効くかは分からないが……どうにかなることを願おう」
「その辺に対しては本当に未知数ですからねー。ハイドの出方を待つしかありませんね」
「ふん。そんなもの、オレ達がいればどうとでもなる。ただ油断しないことだ。行き過ぎた過信は毒にもなるからな」
ディリットの言葉に誰もがうなずいた。その意見には全員一致らしい。
「戦いが始まるまでに各々の戦闘能力や実力を測りたいところだけど、簡単に分かる方法ってないのかしら」
「それが簡単に分かる施設があるんですよー、お姫様」
「って、あるの!? 言ってみなさい、ヴァイオレット」
「闘技場です。帝国は血に飢えてますからねー。血沸き肉踊る戦いを、国民達は娯楽として今か今かと待っているのです」
「ここの民達って恐ろしいのね……。まぁいいわ。明日の昼、その闘技場とやらに案内しなさい。あ、ちなみにわたしは戦闘能力なんて皆無に等しいから。見物人としてあなた達の戦いを観察しておくわ」
「オレもパスだ。帝国側が三人で、王国側が二人だと不公平だからな。それに皇子が手のひらの内を明かすなど言語道断だ。という理由、もとい言い訳でオレは棄権する」
「ということは、実際に戦うのは俺とヘンリー、そしてフミとヴァイオレットか。ヴァイオレットの危険度はまだ分かるが、問題はフミだな……。あいつは刀という見慣れない武器を持っているし、何より戦闘スタイルが謎だ」
「ボクが種明かししたいところですが、それだとフミが泣いてしまうのでやめておきますねー。明日を楽しみにしておいてください」
「話はここまでかしら? 今後の方針はこんな感じね。明日は各自の力量を測るために闘技場へ向かうこと。ハイド戦に備えての準備、と言ったところかしら」
「そうだな。フミとヘンリーには当日に言わないといけないが、仕方ないだろう。それに話し合いにも飽きてきたところだ。気晴らしに動くのも良いな」
「ラパン、あなたってば脳筋な一面もあったのね」
「あぁ、これでも元暗殺者だからな。久しぶりに動けるのは気持ちいい」
思えば、ラパンはクーデターの時からまともに戦っていないことをジェリエナは思い出した。元々戦うのが得意な人間からすれば、今回の闘技場の件は思ってもみない幸運と言ってもいいだろう。
「クーデターの時には全力を出していなかった、ということでしょうか? まぁ、明らかに消化不良と言った感じでしたもんねぇ。闘技場ではその鬱憤を晴らしてもいいんですよ?」
「そういうことなら全力でやってやる。お前とは一度本気で殺し合いがしたかったんだ」
「言いますねー。ならこちらも本気でいきますからね。魔法の制限もなしにしてやりますよ」
睨み合う大人二人の姿を、ジェリエナは肩をすくめて見ていた。
「いがみ合っているところ悪いけど、ラパン。あなた、ホットミルクを作ってくれない? もちろん、蜂蜜入りでね」
「……分かった。今から作るから少し待ってろ」
◇◇◇
「ほら、出来たぞ」
「ありがとう」
ラパンに渡されて、白いティーカップに注がれたホットミルクを口にする。牛乳と蜂蜜の甘さが絶妙に合わさって極上の一品となっていた。
「最高。さすがわたしのラパン」
「褒めていただき光栄だ。これ以上の幸せはない」
「らしくないことを言うわね。最近は微笑むのも多くなってきて、あなたの人間味が出てきたっていうか」
「……そうだな。そうかもしれない」
その時、ラパンは悲しいような嬉しいような笑みを浮かべた。何か良くないことを言ってしまったのだろうか。
「――俺はまだ、人間でいられるのかもしれないな」
「それ、どういう意味?」
「……。兄さんと比べたらって意味だ。あいつは実力も幸運も規格外だからな。化け物じみてる」
「確かに。レクスは良い意味でも悪い意味でも人間離れしているものね。わたしの従者があなたで良かったわ」
そう言って、二人で微笑み合った。その後はいつもより遅めの眠りについて、明日を待つのだった。




