三十九話 「作戦会議」
ジェリエナ達一行は宿に泊まることとなり、その間に作戦会議を開く方針とした。きっかけは単純で、ただ単にこれからの情報整理とチームの統制は早いうちに越したことはないのだ。
「ということで、これから作戦会議と今後の方針を話し合うことにするわ」
「何が『ということで』なのか説明してほしいのだが。ジェリエナ・エトワール」
「そうですよーお姫様。ボク達を集めていきなり言われても困ります」
「うっさいわね。叩くわよ」
「ひゅうっ! さすが俺の妹。サディスティックな一面もたまらないぜ」
「な、やめてくださいお兄様。茶化されても何も出ませんからね」
「とっ、とにかく! ミーティングを始めてはいかかでしょうか! このような一介の軍人である私には何の権限もありませんが、早急に始めることを推奨しますっ!」
「ほら、あなた達のせいでフミを困らせたじゃない。特にディリットとヴァイオレット。あなた達のせいよ、謝りなさい」
「いっ!? いやいやジェリエナ様!? おお皇子様であるディリット様と直属の上司であるヴァイオレット様が虫けら同然の私に謝れと!? そそそそんなことをさせるくらいなら私が土下座します! 連帯責任です! よって一番身分が低いこの私めが罰を受けるのですぅ~!」
後半に限ってほとんど何を言っているのか分からないフミは、ジェリエナから見てもこの上なく慌てふためていた。そんな彼女に至っては、何度も土下座を繰り返す現代社会人と化している。
「もういいわ、フミ。こんな奴らに頭を下げる必要なんかないのよ。あなたは必要以上に頭を下げすぎよ。もう少し堂々と胸を張っていなさい。……って、わたしが言う義理ではないのだけれど」
「そんなことありますよジェリエナ様~! えぐっ、帝国の軍人として、ヴァイオレット様の部下として堂々と胸を張って生きていきますぅ~!!」
「え、えぇ。あなたの気持ちは十分に分かったわ、フミ。……さて、そろそろ話し合いといきたいと思っているのだけど」
「はっ! し、失礼しました。フミ、一生の不覚ですっ」
「それは言いすぎよ……」
言いつつ、ジェリエナはため息を吐いた。一瞬目をつぶって気持ちを整えて、改めて目を見据えて言う。
「さて、作戦会議と今後の方針といきましょうか。このミーティングについては両国とも平等に言語の権利がある。お互い口には気をつけて、平和に、争いなく話し合いましょう」
フミとラパン、ヴァイオレット以外の三人は全員椅子に座っており、フリーデン王国陣営とクリーク帝国陣営の二組に分かれて話し合うこととなる。
すると、ディリットは手を挙げて主張する。
「それはオレも同感だ。多々口を荒げたが、謁見の場と同じくあくまで平和的に話し合い、お互いの方向性へと羽ばたこうじゃないか」
「ディリットにしては良いこと言うじゃないの。わたしも平和の象徴として、ヘンリーお兄様のように尽力するわ」
「そこはお兄ちゃんって言ってほしかったけどな!」
「……お兄様が死ぬ前には言うことにしましょう」
「マジで!? さすが俺の妹」
「前言撤回といきましょうかお兄様ぁ~?」
「あっごめんなさいお兄ちゃんが調子乗りすぎました」
ヘンリーの謝罪で見納めと読んだのか、ジェリエナは話の続きを話し始めることにした。
「で。作戦会議といきましょう。現状はこの協定関係……もとい、協力関係を維持することに他ないわ。全ては最大の悪であるハイド・カベルネ・ウィリアムを殺すため。それ以外に異論はないわね?」
「無い」
「無いでーす」
「もちろん、ありません。でも、そのハイド? って、どのくらい悪い人間なんでしょう。望月の国に戦争の知らせはありましたが、主犯まで詳しく書いてなかったし……。そもそも私は戦争より後からこの国に派遣された人間ですので……」
その瞬間、宿の空気が変わった。厳密に言えば空気が冷たくなった。
心臓が浮つくような感覚が張り付いて離れずにいる。
突然のことにフミは戸惑い、皆の代わりにジェリエナが口を開いた。
「ハイドはわたしのもう一人の兄と両親を殺した張本人よ。しかもわたし達の国を、城を燃やして、レイお兄様すらも燃やして灰にさせて奪っていった非道な男。絶対に許さないんだから……!!」
ジェリエナのアメジストの瞳には復讐の炎が焚きあげられている。その炎は消えることなく、心の底から火上がる炎と化すだろう。
「エナ、奴のことは一旦忘れろ。この宿で休むことに専念して恨み言はなしにするんだ。お分かりさん?」
「あ――ぁ、ヘンリーお兄様……。でも、そんなことは一秒だって許されない。わたしはハイドを恨むことで、レイお兄様の仇を取れる気がするの。それは今も昔も変わらないわ」
「昔のエナはそんなんじゃなかっただろ? このお兄ちゃんに弱音を吐きなさい。そうすれば多少は楽になれるかもな。なんたって、俺はお前の兄なんだから。素を出していかないと、これから先……しんどいぞ?」
「お兄様……。ありがとうございます。そのお気持ちだけでも十分です。でも、弱音を吐くのは後にします。今は先のことを考えることが何よりも重要ですので」
「おう、分かった。後でお兄ちゃんに十分甘えて来いよ?」
ヘンリーの言葉には良い意味で思わず笑顔になってしまう。ジェリエナの隙を突くように、そのわずかな隙間へ取り入るように言葉を滑り込んでいく。
「ハイドはジェリエナ様のお兄様にとどまらず、城ですら燃やしてしまった極悪人なのですね……。恐ろしい男です。この私が身をもって断罪したいくらいです」
「フミになら出来るかもしれないわね。本気を出せば一撃で瞬きの間に倒せそうだわ」
「えっ!? え、えへ~。そっ、そうですかね!? そう言われたら私、張り切っちゃいます!」
むふー、と得意げに鼻を鳴らすフミは顔を綻ばした。そんなフミも十分に可愛いらしいが、いま目を向けるのはそれではない。
「それで、話の続きだけど。わたし達の作戦は協定関係、もとい協力関係の現状維持。そして今後の方針だけれども、何より関係を崩さないこと。この一点に尽きないわ。さらに言うなら争わないこと。軽い言い合いならいいけれど、せっかくロワ皇帝陛下が与えてくれたチャンスを溝に捨てるわけじゃないでしょう?
特に帝国側のあなた達三人……ディリットとヴァイオレット、フミは貴重な戦力と知力だもの。その力、存分に引き出してあげるわ。エトワールの姫としてね」
「貴重な戦力と、知力――……。うっ、ぐすっ……ジェリエナ様、本当にありがとうございます! フミ、歓喜の涙です……!」
「あなたはそうやってすぐに泣かないこと。そんなのだからすぐヘタレだとか頼りないって思われるのよ。さっき言ってた堂々と胸を張るあなたはどこに行ったの?」
「だって、同年代と言えどここまで褒めてくれる上司……というか、上の立場の人なんていなかったですもん。ヴァイオレット様はたまに褒めてくれますけど……本当にたまにしか褒めてくれませんし。ディリット様なんかすぐ私を睨みつけてくるし、とにかく怖いんですよ……。もういっそのことジェリエナ様の陣営に加わりたいくらいです」
「フミ? 冗談でもやめてくださいねー?」
「ひぃっ!? はっ、はい! もちろんですヴァイオレット様!」
今まですんすんと泣いていたフミの涙が全部引っ込んだ。それほどまでの恐怖を知っている彼女にとっては、おぞましい気配を感じたほどだ。冗談といえどヴァイオレットを怒らせようものならどんな仕打ちが待っているのか分からない。仕事の量が三倍になるのはまだいいが、深夜の仕事は例え舌を抜かれてもやりたくない仕事ナンバーワンだ。
「ヴァイオレット、あまりフミをいじめないでちょうだいね? わたしのせっかくのお友達だもの。数少ない友人をいじめると、とっておきの蹴りを食らわせてやるんだからっ」
「ジェ、ジェリエナ様……」
「その様子だと元のお姫様に戻ったみたいですねー。ということは、お話はこれでおしまいでいいでしょうか? では、この後は各自自由行動ということでよろしくお願いしますー」
「あっ、今のわたしが言うところだったのに! 取らないでよ、ヴァイオレットの馬鹿!」
「馬鹿とはまた殺生な。お姫様がやけにフミの肩を持つからですよー。一応でも敵国というのに、危機感がないお姫様ですねー」
「敵国だろうがなんだろうが関係ないわ。戦いが終わったら、ラパンから話を取ってわたしの従者にだってすることができるんだから」
「ほう? そのような人脈が弟さんにあると? もしや……東雲様と直接のご関係が?」
「当たりだ、認めたくはないけどな。こればっかりはどうしようもない。エナが言うならフミを従者に加えてもいいが」
「じゃあ決まりね。戦いが終わったらフミをわたしの従者にする! うん、なかなか良い名案ね! 見直したわ、ラパン」
「別に……。というか、皇帝からも許可取らないといけないんじゃないか? 直近でいうとディリットにも」
「なんだ? フミをフリーデン王国の方で従者にしたい、という話か? ラパンの言う通り、それなら父上の許可を取らないといけないぞ。オレは形だけの上司だからな。指示することはあっても、絶対権はやはり父上にある。件が落ち着いたら聞いてみるのもありかもな」
「そうなのね……。分かったわ。作戦会議も今後の方針も言ったから、近いうちに話し合う予定を立てるとして……。うん、それならいけそうだわ」
「城に帰ったら女の子という名の花が一人増えるのか! やったぜ! 口説きまくってやるぜ!」
「お兄様? わたしのフミ、ですよ?」
「わたしの、は少し独占欲が多すぎるぞ、エナ。いっそのことエナとフミちゃんの間に入って両手に花築いちゃうもんね〜」
「お兄様ってば……。花の間に男が入るのは少々むさ苦しいかと」
「そこまで言う必要ある!? うぇぇ〜フミちゃん俺を癒やしてぇ!」
「は、はぁ……。ヘンリー様って少々悪癖というか、性癖が酷いですね……」
「はうぅっ!? フミちゃんまでそこまで言う必要ある!? 本気で泣いちゃうぞ、俺!」
そう言いながら笑い合い、ジェリエナは平和なひとときを過ごしていく。件の戦いである『その時』が来る日まで、彼女には少しでも安らぎの日々を過ごしてほしい――。
そんな願いが、フミとラパンによぎるのだった。




