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アリスは外の世界へ行きたいようです  作者: 吐 シロエ
4章 クリーク帝国編
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三十六話 「救いを。」

お久しぶりです、約1年越しの更新です…!お待たせしました 2021.8.25

「――わたしは、間違ってなかったのね」


 胸を撫でおろし、ジェリエナは笑顔を浮かべた。


 本当は不安だったのだ。自分が変わってしまっているという焦燥感が、心の隅にうごめいていたから。


「あぁ、エナは大丈夫だよ」


 そう言って、兄のヘンリーも笑ってくれる。そうして、お互い皇帝ロワに視線を向けた。


「私達がハイドの呪いにかかっていると言うのか。ヘンリー・エトワール」


「はい。断言します」


「して、その証拠は? いくらお前でも場合によっては処罰を考えるが」


「……皇帝陛下は覚えていらっしゃらないのですね」


「何?」


「十年前、ハイドと接触した時から陛下はご様子が優れなかったようで。それが呪いで操られているとは、思いも知りませんでしたよ」


 ヘンリーの笑みが歪んだ。おかしいのは百も承知だが、心臓が浮いたような危うさが周囲に張り付いていく。


「私が今まで奴の操り人形にされていた、とでも言うのか」


「その通りです。と言っても、ハイドは戦争を起こすきっかけが必要だったみたいで。私と貴方の国が協力を結んだと同時に、彼は貴方に狙いを定めた。

――そう、私達が出会った時から始まっていたのです。今こうして敵対し、争いではなく対話で解決しようとしているのも、奴の思惑通りに沿っているのだと」


 城中が沈黙する。よほど事実とは受け入れがたく、呑み込むことができない。


――酷い夢を見ているようだ。


「それで、次はハイドの計画についてお話したいのですが。この話は妹に」


「――待ってください!」


 黒いローブが動く。ヴァイオレットだ。


「ボクがあの外道に呪いをかけられたのは覚えています。でも、ボクの信じる方が――ボクに人間性を教えてくれた方が、そんな」


「変わってしまうんだよ。自分一人を救ってくれても、大勢の他人を間接的に殺すくらいには」


 魔法の恐ろしさはそこにあった。ある時は国の発展にもなるが、同時に脅威へとなり得る。


 長年言われ続けた代償が、今になって降りかかってしまった。

 唇を噛みしめ、それきりヴァイオレットは口を閉ざした。


「……では、ここからは妹に話してもらいましょう。ハイドの計画について、です」


 ヘンリーがこちらを見てうなずく。『お前なら出来る』と言われた気がして、ジェリエナはうなずき返した。


「兄に引き続き、お話しします。ハイドの計画についてですが、彼は確実に十年前と同じことをするでしょう」


「ジェリエナ・エトワール、お前も憶測だけでモノを言うつもりか」


「いいえ。エタンセル王国でのクーデターで、わたしとラパンはハイドに出会いました。魔法を……呪いを解くつもりはない。そう彼の口から聞いたのです」


「ラパン・アルザス。この証言は(まこと)か」


「はい、従者として保証します。もし嘘があるのなら、俺達の結婚をあなたの権限で取りやめても構いません」


「ちょっと!? もしかして、あの人に認められないと駄目だって言ってたのは」


「あぁ。()()()()()()()


 ラパンの目がより一層鋭く細くなって、彼は言い切った。


「はっ、私に(ゆだ)ねると来たか。いいだろう、お前達を見定めるいい機会だ」


「ジェリエナ・エトワール。ラパン・アルザス。両者を私の名において、我がクリーク帝国と再び協定を結んでもらう」


「協定!?」


「そうだ。息子のディリットと従者のヴァイオレットを貸してやる。最終的に、お前達がハイドを殺せるようにな」


 ロワの提案で城にいる全員が息を呑んだ。いくら彼でも正気とは思えない。ジェリエナでさえも、開いた口が塞がらないほどだった。


「……それは、本当によろしいのでしょうか。提案はありがたいのですが、わたしは……まだあなたを信じることができない」


 震える手をジェリエナは握りしめる。うつむいたまま、十年前の炎が重なって動けない。


「わたしにとって、あなたは敵です。たとえハイドに操られていたとしても、あなたが今までやってきたことのせいで、わたしは過去を乗り越えられない。今もあなたと向き合えることは――あり得ない」


「あり得ない、だと? なら、お前でも分かるように教えてやる」


 なんとロワが玉座から立ち上がり、ジェリエナの方まで直々に降りてきたのだ。


 視線は交わらず、ジェリエナは震えていた。それを――


「ジェリエナ・エトワール。今のお前では、()()()()()()()()()()()()


「なっ……!?」


「お前を(かば)った兄達の約束を破るつもりなのかと言っている」


 ロワの眉間にシワが刻まれ、静かな怒りが浸透していく。


「もうこれ以上の慈悲は無いぞ。十年も経ったのだ、これでも私は丸くなった方だからな」


 吐き捨てるようにロワが言う。そして、ジェリエナに背を向けて再び玉座へと戻っていった。


「わたし、わたしは……」


 もし、ロワの言い分を守らなければ、兄であるレイとヘンリー二人ふたりを見殺し同然になってしまう。


 死んだ人間は帰ってこない。一度離れたらもう二度と会えるのかは分からない。

 ジェリエナはその事を一番理解している。その瞳で、見てしまったのだから。


「わたしは、あなたを信じます――ロワ皇帝陛下」


 涙でにじんだアメジストの瞳が光る。泣きそうな顔ですがるように、ジェリエナは一つ礼をした。

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