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アリスは外の世界へ行きたいようです  作者: 吐 シロエ
4章 クリーク帝国編
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三十五話 「真実」

「あなたが、ロワ皇帝……!」


 驚くよりも、体は勝手に相手を睨んでいた。

 ――王国を滅ぼした元凶が、目の前に立っている。


「生身で会うのは何年ぶりだ? ジェリエナ姫。赤ん坊の頃に顔合わせをした以来だぞ」


「あ、赤ん坊⁉」


「今とは遠い昔話だがね。滑稽(こっけい)だと思わないか? 今やお前の家族は死に、片や兄は帝国のモノ同然だ。守ってくれる存在はそこの従者しかおるまい」


「それは……そうだけど、私はラパンと共にいることに決めたの」


「……理由を聞かせてもらおう」


 争わず、話し合う方向はロワも同じらしい。その事実にジェリエナは安堵し、飲み込んだ。


「理由なんて簡単よ。私とラパンは主従関係。昔は……その、家族みたいに思っていたんだから当然でしょう? ラパンと結婚することくらい、あなたなら」


「許さない。そもそも、私はお前達のことを認めていない。私を納得させる“何か”があれば、戦争の件や政略結婚のことも水に流してやろう」


「何かって、全部あなた達が仕組んだことじゃない! 尻拭いまでしろって言うの?」


「いいや、違う。帝国と王国の話し合いに、第三者がいたのを覚えていないのか」


「……第三者?」


「ハイド・カベルネ・ウィリアム。仮面の国出身の王子だ。私達とフリーデン王国の縁を結び、壊して戦争にまでこじつけた男の名だがな」


 思い出した。いつか自分を誘拐しかけて、殺されてもなお生き返った男だ。


 過去にはハイドに故郷を焼かれ、両親を殺された。因縁という言葉では片付けられないだろう。


「――あいつ、だったのね。確か、ハイドは『運命を与える』魔法をカルテのお姉さんに教えた。

 運命の魔法は危険なものだから、『死神』? とそこにいる『警察官』が部屋ごと燃やした、ってエタンセルの女王に聞いたけど」


「ボクでもそんな(むご)いことはしませんけどねー。お姫様、言っておきますがそれは間違いです。

 当時、ボクが駆けつけた時には遅かったんですよ。なぜか城の部屋が燃えていて、必死にカルテ王子が姉であるステラ姫を助けようとしていた。

 遺体は跡形もなく消えていましたよ。残っていたのは灰だけです」


「灰って……! 運命を与えられたのに、どうして灰にされるのよ!」


「お前が一番分かっていることだろう、ジェリエナ・エトワール」


「え……?」


 記憶は全部思い出した。戦争のことも、自らの国が燃やされたことも覚えている。

 

 そう、()()()()()()()()()だ。


「――レイ・エトワール。お前のもう一人の兄だ。運命に選ばれず、呪いに(おか)され灰になって死んでいった男よ」


「あ――」


 心が崩れていく。呼吸が浅くなっては視界がぐらつく。頭がサイレンを鳴らしているのが、自分にでも分かる。


 思い出すな、思い出してはいけない。

 内に秘めた心が閉ざしていたように、開いてはいけない扉を覗いてしまったのだ。


 炎の()ぜる音。大切な人の笑顔が張り付いて離れない。


『大丈夫、少しだけのお別れだ。……泣くのはお止め。お前の端麗(たんれい)な顔が台無しだよ』


 最後に触れた手は少し欠けていた。四肢(しし)の端から、灰が風に乗って消えていくからだ。


 大事なジェリエナを残して去っていった、可哀想な人。


「ショックで記憶が抜け落ちたのか? 何、混乱してもおかしくはない。今回ばかりは同情する」


 吐き出したい思いをこらえる。


「……記憶喪失になっていたの。戦争で逃してくれた日から、エタンセルのクーデターが解決するまでずっと」


「貴様ァ! 記憶が戻っていたのならいいもの、もし戻っていなかったらどうするつもりだった!」

 

 ディリットが吠える。父親のロワが言うよりも先に、ジェリエナが言葉を吐いた。


「馬鹿ね。そんなこと、全部ラパンに吐かせる腹積(はらづ)もりだったわ。もう少し考えてから言いなさいよ」


「はっ。エトワール如きが、オレをコケにして楽しいか」


 ジェリエナの前をラパンが通る。やはりこの男、殺しておくべきだったのか。


「――ディリット。それ以上の言葉は許されない。口を閉じろ」


「お前はいつもそうやってオレの意見をはねのける……! 従うことしか能のないお前が、オレを――」


「……あー、はいはい。二人ともお口チャックですよー。皇帝さまが怒らなかっただけマシです」


 ヴァイオレットが手をつまむような動きをすると、文字通り彼らの口はふさがれてしまった。お約束とも言える呆れる光景に、思わずため息が出た。従者とは言え、血の気が多すぎるのではなかろうか。


「話を戻すけど。戦争が起きたのはハイド・カベルネ・ウィリアムのせいで、彼の魔法が私のレイお兄様を殺したわけね。……一回殺したいくらい腹が立ってきたわ」


「――それに可愛い妹を誘拐しようとして、失敗した。その後レクスに殺され、最近だとヴァイオレットにも殺された。だけどなぜか生きてるみたいだし……。あいつ、人間じゃあないと思うぜ。お前はどう思う、エナ」


「……おにい、さま?」


 およそ十年ぶりの再会だった。麗しい黒髪に、同じアメジストの瞳。変わらずフリルがあしらわれた服を着て、彼は微笑んでいる。


「あぁ、そうさ。ヘンリー・エトワール、フリーデン王国の第二王子。ちょいと無理言って部屋から出させてもらった」


「ですよね? ロワさん。貴方にはお世話になりましたし、ここでようやく貴方への借りが返せるわけです」


「お前が父上に借りだと? どの口が言う! 相変わらずお前はおべんちゃらな奴だな」


「君は本当に変わっていないな、ディリット。俺はこの十年、ただ暇を持て余していたわけじゃあないんだぜ。

 俺は全部知っている。ハイドの計画も、『運命を与える』魔法のことも。今まで研究してきたのさ」


「なっ、どういうことだ! 父上、それは本当なのですか!?」


「……私がお前にヘンリーを捕虜にしろ、と言ったな。あれは今を見越して言ったことだ」


「お兄さ」


 ヘンリーが肩を軽く(つか)んで耳打ちする。


「――再開の言葉は後にしよう。今は大事な話がある。そうだろ、エナ。ゆっくりでもいいから、覚えていることを全部言うんだ」


「――はい、お兄様」


 二人とも微笑む。


 深く息を吸って、吐いて。ジェリエナから真実が語られた。


「……私は、約十年前に帝国の婚姻こんいんを受けたわ。けど怖くて嫌だったから、ヘンリーお兄様に断ってもらったの。その後、私のせいで戦争が起きた。でも、問題は争いが起きる前にあった」


 その日は今でも焼き付いて離れない。ことの発端(ほったん)は、カルテと同じく一つの火事から始まる。


「爆発音で目が覚めたの。最初は誰かが鍛錬で失敗したかと思ったけれど、そうじゃなかった。お兄様の……レイお兄様の部屋が燃えていて、城は当然大パニックよ。あの時は……そうね、ラパンがいなかったわ」


 いつか、ラパンの親友であるラネオンが言っていた言葉が心をえぐる。


 一番辛い時に、ラパンは傍にいてくれなかったから。彼の怒りは本当だったのだ。


「代わりにレクスが私を守ってくれて、部屋まで走ったわ。でも、着いた時にはレイお兄様は瀕死だった……。呼吸器官が弱い人だったから、なおさら酷い。しかも火と一緒にどろどろの黒い“何か”があって……。

 ()()()、何も出来なかった! わたしは『魔女』って言われていたのに、守ることすら出来なかった。魔力はあるくせに、素質がなかったから! レクスでも治せなくて。どうしようってなった時にあの人は、お兄様が……最後に、最期に――綺麗だ、って。それで、わたし」


 流した涙は悲しみではなく、後悔だった。


 クーデターの時、もう少しカルテと一緒に話せればよかったと心底思う。彼も同じ死因で家族である姉を亡くしてしまったのだ。


「――私、ハイドを許さない。あいつ、『運命を与える』魔法を解く気は無いの。魔法自体が役割を選ぶ化け物とも言っていたし。……そんなやつ、野放しにしておけるわけがない」


 ハイドの悪業は人の死に関わる。彼なら十年前に起こした非道をもう一度する、などと言いかねない。

 

 何か、取り返しのつかないことが起こるのは明白なのだから。


「その『運命を与える』魔法について、俺から話がある」


 ヘンリーの声で、この場にいる全員が息を呑んだ。


「言ってみろ、先読みの星」


 この時、ヘンリーの瞳が王族のソレに変わった。

 ジェリエナよりも前に立ち、兄の背中を見せる。


「アーシュ。かけた相手に直接干渉し、むしばむ呪い。運命を捻じ曲げられ、適応しなければ死ぬ。それが奴の操る魔法です」


「ハイドはラパン以外にこの魔法をかけました。とは言っても、戦争に関係のある人間――。私、ジェリエナ、レイ。レクス。ディリット、ヴァイオレット……そして、ロワ皇帝陛下。カルテとその姉、ステラも含まれていますが……彼らは戦争より前の別件です。どちらにせよ、奴は私達に呪いをかけた」


 城が静まり返る。

 魔法をかけられた覚えがある、ないに限らず、それぞれが事実をかみ砕いた。


「……わたしが記憶喪失になったのは必然だというのですか、お兄様」

 

「あぁ。遅かれ早かれ、呪いは進行する。大して変わらない人もいれば、別人のように変わる人もいるぜ」


 ヘンリーの答えが身に染みる。しがらみが解けたような気がして、笑みが綻んだ。


 誰よりも温かな、優しい笑顔を浮かべて。


「――わたしは、間違っていなかったのね」

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― 新着の感想 ―
[良い点] ダーク、ゴシックな世界感やキャラクターがとても好みです! この先の展開もどうなっていくか楽しみです。 [気になる点] 「」がたくさん使われているところで、キャラのセリフが終わったのかどうか…
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