☆番外編 「人間になった日」
無事に3周年を迎えることができました。ありがとうございます! 2020.6.26
――フリーデン王国の庭で空を見上げていた。
何が起こるわけでもなく、レクス・アルザスは低い声で呟く。
「今日は来ないんだね。約束したのは君のくせに」
途端、風が吹いた。
リボンで結った白い髪がはためき、花は揺れ、手入れの行き届いた草木がさざめきあう。ごうごう、という音と共に遠雷も落ちていく。
その一瞬の間。レクスの目の前に、赤いインナーで黒いローブの青年が現れた。
レクスの首めがけて剣を振るう、赤い髪の男が。
「あぁ、やっと来てくれた。でも遅刻はダメだよ、ヴィオ」
「ちょーっと遅刻しただけで雷を落とす人に言われたくないですねー。すねる規模が違いますよ、本当」
「ふふ、これなら君が気づいてくれると思ったんだ」
命を狙われてもなお、レクスは平然と笑う。
ヴァイオレット・ノワールは敵であるクリーク帝国の従者だが、休戦してからは定期的に交流しあう“親友”だ。
「あのですねぇ……貴方にもしもの事があって、国を滅ぼすものなら殺すよう言われているのはボクなんですよ? そのための『兵器』だというのに、もうお忘れで?」
呆れて剣を下げるヴァイオレットは、大袈裟にため息をつく。
「まさか、忘れるわけないよ。僕は国を救う『英雄』に育てられ、君は国を壊す『兵器』として育て上げられた。本来なら戦争で、君は僕に殺されるはずだったのに……。何かの手違いで生き延びてしまうなんて。ご愁傷様」
親友に向けるとは思えない言葉を、レクスは淡々と吐く。その表情はさながら弟のようにも見えて。
「貴方が皮肉を言うなんて珍しいですねー。呪いでおかしくなったんですかねぇ?」
「呪い? もしかして、フリーデンの外に出られないってやつかい?」
なんて、わざとらしく首をかしげてみせる。
「それ以外に何があるって言うんですか。本当、貴方もよく耐えられますよねー。こんな広い城に一人ぼっちだなんて、普通なら発狂しますよ」
びくり、と身体が反応する。
普通なんてモノは手放したはずだ。少なくとも産まれた時から。
「捨てたよ、普通なんて。人間味なんてとっくに欠けているし。僕がおかしいのは当たり前じゃないか。今更それを確認しに来たの?」
「ヴィオは僕を分かってくれる、唯一の人だと思っていたのに。
酷いじゃないか……」
病気でもないのに心が締め付けられるのは初めてだ。
だって、こんな事は今までなかった。自分の思いを吐き出すなんて筋違いだったはずなのに。
「え……すみません。そこまで言うつもりはなかったんです、本当ですよー」
「……君の言葉は嘘くさい。いつもそう思ってたんだ」
「うわっ、悪口は弟さんそっくりですね! さすが兄弟と言うべきか、真似事というか」
「そうさ、僕ら兄弟は足りないものを真似事で補う。それが感情であれ、能力だろうと関係ない。双子より性質の悪い人間だよ、アルザスは」
「恐ろしい兄弟ですね、貴方達って……」
「ふふ、恐ろしいは褒め言葉さ。ありがとう、ヴィオ」
言って、レクスは心の底から微笑む。少し吹っ切れた気もするけれど、それは気にしないことにした。
◇◇◇
「そういえば、エタンセルで近々クーデターが起きるらしいね。ヴィオも派遣されるんだって? 風の噂で聞いたよ」
「あぁ、その話ですか……。ボクはまた王子の面倒を見なきゃいけないし、坊ちゃんからの命令で、お宅のお姫様と弟さんの監視も任されているんですよぉー」
ヴァイオレットは考え込む素振りをした後、懇願すると言わんばかりに手を合わせて
「お願いします、お仕事代わってください!」
「残念だけど、代わることは出来ないよ。僕は国の外に出られない呪いにかけられているし、君の言う王子……。カルテだっけ? ソミュールの子供に嫌われているんだ。ごめんね」
「……。いったい何をやらかしたんです?」
ふくれっ面でヴァイオレットが問う。レクスは頭をかき、苦々しい顔で答えてみせた。
「初恋の邪魔、かな? それこそ戦争が始まる十年くらい前に」
「……何してくれるんですか!? そりゃあ歪みますよ! 貴方のせいで王子が面倒くさいガキになったのも同然です!」
「そうかい? ごめんね、いつか会ったときに謝っておくから」
「貴方の“いつか”は信用できません!」
顔を合わせてヴァイオレットと笑いあう。
――本当に親友みたいだ。と、他人事のように思えてしまった自分がいて。
「確かに。でも、いつかは会ってもらわなきゃ困るよ。カルテ王子も、ラパンもね」
そんな平和な日が来てほしいと、願ってしまったのだ。




