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三十二話 「新天地へと」

「……やっと、思い出したんだね」


 ジェリエナの耳に入ったカルテの言葉は、懐かしさと慈しみを持った声だった。


「えぇ、思い出したわ。全部ね」


「あはは、全部かぁ。君らしいや」


 カルテは涙を拭い、ジェリエナに向けて口を開く。


「昔も今も、エナには弱いところを見せてしまって申し訳ない。自分が情けないよ」


「そうね。私よりも年上の男が駄々をこねて城をめちゃくちゃにするなんて、聞いたことがないわ」


「……ごめん。耳が痛いけど、僕もまだまだ子供なんだなって思い知らされる。――ありがとう」


 カルテの笑顔はとても暖かいものだった。彼の怒りや憎しみが浄化された気がして、ジェリエナはなぜか泣きそうになる。


「そんなことないわ」


 昔の自分を救ってくれたカルテに感謝を込めて、ジェリエナは微笑んだ。


「私の心を溶かしてくれてありがとう」


「なっ!? そ、そんなこと言われたら本気で好きに――!?」


 カルテの驚きようにジェリエナが振り向くと、そこにはラパンと手錠を持ったヴァイオレットが、圧力をかけながら笑顔を振りまいていた。


「ガキが調子乗ってるんじゃねえよ」


「お熱いですねー、そこのお二人。気に入らないので逮捕しますねー」


 そう言うや否や、ヴァイオレットは本当にカルテに手錠をかける。


「は……!?」


 そこにいる誰もが驚いた。一瞬の間で和やかな空気が凍りつく。


「ヴィオさん、急に何するんだよ! いくら『警察官』だからって、こんな」


「そうよ、本気にすることないじゃない。大人げないわ!」


 ジェリエナとカルテの訴えに、ヴァイオレットは心底呆れてため息をついた。


「その『警察官』だから言ってるんですよ。ボクの職業は、魔法使いを取り締まる類の警察官です。ろくにコントロールもできないお子ちゃまなんかは特に」


「あ……」


「分かってくれましたか? これはボクの仕事です。早とちりしないでくださいよねー」


 ヴァイオレットの対応に、ジェリエナは顔が燃え上がりそうなほどの恥ずかしさを覚えた。周りが笑わなかったのが唯一の救いである。


「わ、悪かったわ。仕事なら何も言えないもの」


「そうですよねー。王子……いえ、王様には悪いのですが、一晩だけ大人しくしてもらいましょう」


 ヴァイオレットは抵抗させずにカルテを魔法で眠らせて、そのまま部屋のベッドに移動させた。


「カルテに聞かれちゃ、都合の悪いことでもあるわけ?」


「それは当然ですよー。伝わる順番は遅れますが、それだけで少しは楽になるものです」


「……どんな内容なの?」


「ボクがこの国に来た本当の理由と、我らがクリーク帝国の思惑です」


 ジェリエナとラパンに緊張が走る。ジェリエナは無意識に(つば)を飲み込んだ。


「改めて言うと、ボクはクリーク帝国の皇子に仕える従者です。皇子である坊ちゃんから最初に言われたのは、ラパン君の監視でした」


「ラパンの?」


 ジェリエナがラパンに視線を向けると、ラパンはうなずきながら口をこぼす。


「確かに、お前がハイドを殺した時に言ってたな」


「あれは緊急事態でしたよ。まさか悪の根源とも言われた彼が()()生きていたとは。

 ……話を戻しましょう。ボクがこの国に来たのは、お姫様とラパン君がどうなっているのか監視するために来たのです」


「監視……」


 ジェリエナが呟くと、ラパンが忌々しく言葉を吐き出した。


「……あぁ、そういうことかよ。お前ら帝国は、あの時の戦争を引きずっているのか。わざわざ従者(お前)まで使って」


「ご名答。しかも、お優しい坊ちゃんは招待状を貴方達に用意してくれているんです。今までの彼なら考えられないことです」


 ジェリエナにはラパンとヴァイオレットが話していることは理解できる。


「あの時の戦争って言うのは、私が元々いた国とあなた達の国との争いのことよね?」


「何を今更……。そうに決まっているじゃないですか。貴女と坊ちゃんとの婚約を、ヘンリー王子が取り消しにしたんですから。まさか。覚えていない、などと言うわけじゃありませんよね?」


「念のための確認よ」


「そうですか」


 ジェリエナは悟られなかったことに安心し、ヴァイオレットの話に耳を傾ける。


「話がずれてしまいましたね。坊ちゃんは、血を流さずに貴方達を帝国へ招待すると言っているのです。そこで貴女の答えも聞かせてもらいます」


「拒否権はありません。出発も準備ができ次第、すぐに行きます」


 ヴァイオレットは間を空けて、優しげな口調で微笑んだ。


「坊っちゃんは待たされるのが嫌いですから」



◇◇◇


 程なくして、ジェリエナ達のもとにシリアーバとラネオンが駆け寄ってきた。そんな彼らを見て、ジェリエナは開口一番に問う。


「あなた達、怪我はないんでしょうね?」


「はい。僕も師匠も、ほとんど無傷です。アリス……いえ、ジェリエナ姫もご無事でなにより」


「きゅ、急にかしこまらないでよ。調子が狂うわ」


「会話が聞こえていたもので……つい」


 しばらく苦笑し、シリアーバは一歩前に出て表情を改めてこう言った。


「改めて、僕はアリスに約束したいことがあるのです」


「――次に貴女と出会う時は、アリスを守れるくらい強くなります。だから、待っていてください」


 風が舞い踊り、雲の割れ目から日差しが降り注ぐ。ジェリエナはふっと微笑んで笑ってみせる。


「えぇ、待ってるわ。ありがとう、シリアーバ」


 二人の間にラネオンが入り、聞こえるような声で小言を呟いた。


「商人くんは育てがいがあるからね……。ついていきたかったんだけど、商人くんがうるさくて」


「ラネオン師匠……! 貴方、『霧の森でずっとひきこもってるんだ』、とか言っていたじゃないですか!」


「……だって帝国怖いし。まぁ、アリスも死なない程度に頑張って。本当にヤバかったら少しは考えとくから」


「ありがとう。シリアーバもラネオンも、元気で」


 ジェリエナが手を振り、ラパンとヴァイオレットのもとへ向かう。記憶が戻ったおかげか、足取りは軽かった。


「……あれで良かったのか」


 と、ラパンの言葉にジェリエナは笑みを(ほこ)ばせて、


「良かったのよ。一生会えないわけじゃないんだから」


「……。準備が出来たようなので、帝国に行きますよ。ボクの方に寄ってきてください」


 ヴァイオレットに言われて、ジェリエナとラパンは歩み寄る。


「――私、ラパン(あなた)に出会えて本当に嬉しい」


「……俺もだ、エナ」


 ふとジェリエナが言いだして、本当に夫婦のような会話を交わす。


 それを皮切りに、ジェリエナ達は敵の本陣とも言えるクリーク帝国へと転移していった。

2019年もありがとうございました! 次回から新章となります、2020年もよろしくお願いします…! 2019.12.31

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