三十一話 「記憶」
ヴァイオレットさん誕生日おめでとう! 2019,12,18
アリスとラパンが目を開けると、そこは小さな映画館のような空間が広がっていた。大きなスクリーンの前には人数分の椅子が用意されている。
「これは……」
「精神魔法だな。この類は別世界……カルテの内面がそのまま映し出されたってところか」
「あいつ、芝居が好きなの?」
「ある意味そうだな。息をするように嘘を吐くし、躍らされてる人間を見るのが好きなんだ。あいつは」
アリスは「趣味が悪いわね」と呟いて劇場用椅子に座ると、ラパンは無言で腰を下ろす。
すると自動的に映写機が反応し、スクリーンに五秒前のカウントダウンが流れ出した。魔法にしては準備が良すぎる品物である。
「ポップコーンとか無いのかしら」
「無いだろ」
アリスのないものねだりが届くはずもなく、二人とも行儀がいいとは言えない態度で映し出されるのを待つ。
ビーという音で映像が流れ始め、ぼやけた画面がはっきりと映し出された。そこに映っていたのは幼いカルテと、彼に似た美しい少女の微笑ましい光景だった。
『姉さん、見てて』
カルテが手をかざすと、小さな星が現れては消えていく。素質があるカルテにとっては初歩的な魔法に過ぎない。
『どうかな?』
『とても素晴らしいわ。さすが私の弟ね』
『当然だよ。なんてたって、僕は姉さんの弟だからね』
カルテと少女の仲は慎ましく見ていて心地いいものだった。アリスも悪い気はしておらず、画面越しに見ても姉弟仲がよく分かる。
「彼女はステラって言うんだ。もう死んだけど」
「なっ!?」
「お前は……!」
「やぁ、久しぶりだな。撃たれてもなお生き返る『ジャック』ことハイドのご登場さ」
なんと死んだはずのハイドがアリス達の前に現れた。以前アリスをさらった仮面の王子である。
驚くアリスとラパンは何が起きてもいいように構えた。
「どういうことだ。確かにお前はヴァイオレットに撃たれて死んだ……。絶命しない方がおかしい」
「残念。頭の悪いお前には分からなかったみたいだから教えてやる」
流暢だが粘りつくような話し方は聞いていて鼻につく。ハイドはアリスとラパンに近づき、棘のある言葉で毒づいた。
「俺は悪魔なんだよ。分かるだろ?」
「分かるわけないでしょ」
「やぁアリス姫。最初に出会った頃と違って随分な挨拶じゃないか」
「あの時は寝ぼけてたのよ! それにあんた、人によってあからさまに態度変えるの良くないわよ」
「はは、これは痛いところをつかれてしまった」
「……。で、カルテのお姉さんのこと、なんであんたが知ってるのよ」
アリスは意図的に話を逸らそうとするハイドの思惑を的確に突いた。それに気づいたハイドは、満足げに笑っておどけてみせる。
「早く教えなさいよ」
「せっかちで短気な女の子は嫌われるぜ?」
「私はそういう話をしにきたわけじゃないの! さっさと話せって言ってるでしょ!」
「ごめんごめん、分かったよアリス姫。特別に教えてあげるから」
そう言うとハイドは映写機に魔法をかけた。映像が切り替わり、カルテの姉であるステラだけが映る。
「なぜ僕がステラを知っているか? 答えは簡単。俺が彼女に直接会ったからだよ」
ハイドが指を鳴らせば、スクリーンにステラとハイドが映る。
「そして俺はステラに魔法を教えた。お前らが『運命を与える』魔法だと言っているアレさ」
「だが厳密に言うとそうじゃない。アレは唱えた瞬間、役割に見合った人間を自動的に探すんだよ」
「もっと端的に言ってちょうだい」
「アレはただの魔法じゃない。意思を持つ化け物さ」
アリスが見ると、ハイドの背後にはどす黒い得体の知れない何かが姿を表している。
「……あんた、何を飼っているの?」
「――底の知れない闇、と言ったら?」
この男からあふれ出る言葉に何も信じたくなかった。なぜ笑っていられるのか、疑問だけが生まれてくる。
そんなアリスを肩代わりするかのように、ラパンはハイドを掴んで怒りをぶつけた。
「いつか殺す。絶対に」
ラパンはこれ以上何もせず黙ってハイドを降ろした。不安になったアリスはラパンを見上げる。
「ラパン……?」
「アリス、こいつは――ハイドは。お前の故郷を火の海にした張本人だ」
「な――――」
ラパンの言葉を引き金に、アリスの記憶が一気によみがえった。城の瓦礫に燃え上がる火の粉に引っ掛かっていたのにも辻褄が合う。
全てを思い出してしまったアリスは、今までの自分とハイドに失望した。
「ハイド、あなた――最低ね」
「よく言われる」
「……。ここに用はないわ。私達を元の世界に帰してちょうだい。拒否権はなしよ」
アリスの要望にハイドは人差し指を差して笑みを浮かべて言った。
「その前に。一つ言いたいことがあるんだ」
「俺は魔法を解くつもりはない。解こうとも思わない。お分かり?」
アリスはため息をついてハイドの問いに答える。
「えぇ、手に取るように分かるわ。あの時の私じゃないもの」
◇◇◇
ハイドの転移魔法でアリスとラパンは再びエタンセル王国に足をつける。互いに視線は一つに定まり、同じことを考えている。
「ラパン、後でゆっくり話しましょう」
「了解した」
「さっさと起きなさい、カルテ」
アリスはカルテのそばに行き、軽く肩を揺さぶった。殴られて気絶していたカルテは魔力も切れ、疲れ果ててしまっている。
「う、僕は……」
「あんたのせいでろくでもない奴に出会ったのよ。これ以上、八つ当たりしないことね」
アリスの言葉には答えず、カルテは心の内に溜めこんで吐き出せなかった思いを口にした。
「アリス……僕は、ずっと君のことを探してたんだ。本当の君は泣き虫で臆病だから、僕が守らなきゃって。
けど探しているうちに国の政治はめちゃくちゃになるし、帰ってきたと思ったら嫌いな男を連れてくるし! 終いにはラパンと夫婦になる、だって!? ふざけるなよ! あいつなんかより、僕が。僕の方が、君を分かってあげられると思ってたのに……」
「あなたの心はそんなに脆いものだったかしら」
「え――」
「少なくとも、私の目には立派な王様に見えたわ。やりすぎなところはあったけれど、思いやりもあるし。ま、魔法で勇気づけられたこともあったし?」
「――忘れたなんて言わせないわ。こっちはようやく思い出したっていうのに」
「エ、ナ?」
「えぇ、やっと思い出せたわ。私はエナ。ジェリエナ・エトワール。あなたの『お姫様』だった人よ」
2019.12.22【追記】クーデター編の完結と言っていましたが、あともう1話続きます…!
アリスとカルテの過去は→https://ncode.syosetu.com/n7638eb/25/




