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三十話 「渦巻く感情」

「あんたは……!」


 アリスがヴァイオレットに目先を向けると、彼は柔らかな笑みをこぼして言う。


「ここにいては危ないですよ、()()()。早死にしたくないのなら早く逃げてくださーい」


「私はカルテに用があるの。あんたに関わってる暇ないから……きゃ!?」


 ヴァイオレットは放たれた破壊魔法から即座に反応し、武器強化魔法を施した銃でカルテの魔法をかき消してみせた。軍人の名家と名高いノワール家でも、特段優れた彼は指折りの魔法使いなのだ。


「他の男に抱えられるなんて、ラパン君に怒られても知りませんからねー。自己責任ですよ?」


「いいえ、あんたも怒られるべきよ」


「あははー。これは手厳しいですね」


 アリスはヴァイオレットに抱えられて浮遊魔法で空を飛んでいる。冷たい風が頬をなぞり、地上を見ると国民達が街へと避難しているのが見えた。後悔しても後の祭りで、彼らは新たな王を受け入れてしまったのだ。


 アリスとヴァイオレットの様子を見たカルテは殺意をあらわにして口を紡ぐ。


「アリス……君がそこまで薄情な女だったなんて……。君には幻滅したよ、もう容赦はしない」


「そう。それなら私にも手があるわ」


「何……っ!?」


 途端、カルテの右手が冷やされて氷の結晶が凍結していく。炎魔法で溶かそうにも簡単には溶けない。


 カルテは犯人であるヴァイオレットを睨みつけ、アリスは相対して叫ぶ。


「文字通り、頭を冷やしなさい! カルテ!」


「はっ、僕がなんだって? もう一度言ってみてよ」


「あら、聞こえなかったのね。私は頭を冷やしなさいって言っているの」


 カルテは吹っ切れた様子で笑い、本性をさらけ出す一歩手前で踏みとどまった。だがこのまま隠し通せるわけでもなく、『嘘』を取り(つくろ)う限界が来たのだと判断する。


「……そうだね。ありがとう、アリス。君のおかげで落ち着いたよ」


「お前が小言を並べてくれたおかげでね!」


 アリスの視界には、もう理想の王子様ではなくなった(カルテ)がいる。顔は相変わらず整っているが、そんなものはカタチだけだ。


「ちょーっと心を開いたからっていい気になってるんじゃあないわよ。こんなやつ吹き飛ばしなさい、ヴァイオレット!」


「分かっていますよー。坊ちゃんに似て人使いが荒いこと」


「うっさいわね!」


 アリスの怒りを無視して、ヴァイオレットは戦闘態勢に入る。


 流星のように降り注ぐ魔法を一つ二つと剣で弾き飛ばしつつ、お返しの魔法を繰り広げる。ぶつかり合う鉄の音が心地よく耳に残り、一種の音楽を奏でていた。


「そこよ、押し返して!」


「分かってます、よ!」


 ギィンと一際高く鈍い音が響く。アリスの指示で弾き返したそれは、武器強化を用いてもなお剣が悲鳴をあげる。


「助けてあげた恩を仇で返すとは……。ボクは貴方を悪い子に育てた覚えはありませんよ、王子」


 ヴァイオレットがあたかも教師のようにカルテを(とがめた。お互いを攻撃する魔法は、場所を間違えると家が飛びそうである。


「いいや、あるね。半ば『兵器』として育てられたお前に、僕の心は分からない!」


「はい、分かりませんよ。少しばかりの同情はしますけど」


 新しい剣を出現させて、ヴァイオレットは魔法も中傷すらも笑顔で受け流す。その様子は兵器というよりも機械のように思えてしまう。


「じゃあなんで僕を保護して魔法を教えたんだよ! 姉さんを救えなかった罪滅ぼしのつもり!?」  


「それは――」


 言葉を濁した直後、ヴァイオレットは宙に吹き飛ばされた。彼の一瞬の迷いがアリスを巻き込まれていく。


「きゃあああ!!」


 もう迷うことは許されない。瓦礫が目前に迫る中、ヴァイオレットは叫ぶアリスを手放して隣にいるべき人物に託す。


「無茶な要求しやがって……」


 それは休みを命じたはずのラパンだった。知らぬ間にお姫様抱っこされ、状況が飲み込めずアリスに衝撃が走る。


「ら、ラパン!? 休みなさいって言ったのに!」


「いいや、もう十分休めた。これ以上は体に毒だ」


 アリスはつい反論しかけたものの、ラパンの言うことも一理あって口を閉じた。


「ふん、まぁいいわ。今はカルテに集中して。あいつ、一発殴ってやらなきゃ気が済まないの」


「奇遇だな。俺もあいつの綺麗な顔をぶん殴りたいところなんだ」


「満場一致ね。気が済むまでぼこぼこにしてやりなさい!」


 アリスの言葉と共にラパンが土を蹴って屋根づたいに走っていく。ラパンの腕に抱えられるのも悪くない気がしてきた。


「跳ぶぞ!」


 強化魔法を使ったのではないかと疑うほどの脚力で、ラパンはカルテとの距離を縮める。純粋な身体能力で真下付近の屋根まで跳んでみせた。


「無駄だ! 空も飛べないお前らに僕を倒すことなんてできない。魔法の脅威を思い知れ!」


「いい加減に、しろ!」


 カルテが魔法を展開させるのとラパンが手を出すのがほぼ同時だった。しかし、魔法よりも素手で殴る方がわずかに早く、カルテの左頬に殴られた跡がはっきりと分かる。


「ぐっ、このっ!」


 カルテは体勢を整えるが、魔力を使いすぎた反動で糸で張られたように動かなくなる。


「加減も出来ないなんて、兄さんに一目置かれたお前も落ちぶれたな」


「僕は落ちぶれてなんかいない! 今に見てろ」


 言い終わる前にラパンの蹴りがカルテの顔面に炸裂する。直後、気絶したカルテのピアスが急に光を放ち始めた。


「何、なんなの!?」


「ちっ、吸い寄せられる……!」


 逃げても無駄だと言わんばかりに、青いピアスはアリス達を引き寄せる。持ち主に似て執着心が強いらしい。


「アリス、俺の手を握るんだ!」


 ラパンは飛ばされそうになるアリスに手を伸ばす。アリスも懸命にラパンの手を掴もうとするが、なかなか距離を縮められない。


「届かない……!」


 手を伸ばしても一向に掴むことができない。焦りも相まって余計に抜け出せずにいる。


 突然、昔にも同じようなデジャヴがアリスを支配した。記憶も浮き彫りになり、しがらみがほどけていく。


「私、あの時も――」


 けれど、漠然としたイメージが広がるばかり。当時の自分の姿や手を伸ばしてくれた人は全く思い出せない。


 記憶が掘り起こる前に、体はどこにでもない空間へと消えていった。

次回でクーデター編完結となります! 2019年11月20日

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