二話 「接触」
「え……?」
「だから、恋人にはならないって言ってるの。聞こえなかった?」
「それは……」
「起きなさい白ウサギ! 私は地面で寝ろだなんて言ってないわ!」
アリスは帽子屋には見向きもせずに白ウサギを起こそうと奮闘する。しかし、揺さぶったり頬を叩いたりしても起きる様子はない。
叩かれた本人である白ウサギが若干嬉しそうにしていたのは気のせいだろう。
「もう、なんでこいつ起きないのよ!」
思い通りに行かないアリスは諦めて座り込んだ。頬を膨らませてご立腹である。
「いや、普通みぞおち殴ったら相当痛いですし……。この有様になるのも無理ないですよ」
帽子屋は赤く腫れた右頬を手でさすりながら、呆れた様子でため息をつきながら言った。
「ふん。白ウサギが勝手なこと言うからよ。嫁になるなんて一言も言っていないし」
「あれ本当だったんですか!? あ、だから断ったんですね。お幸せに」
「嫁にならないって言ってるでしょ!」
アリスの怒りが爆発して沸騰する。一番怒らせてはいけないのはアリスかもしれない。
「ひぃぃごめんなさい! そ、それでこの人どうしましょうか?」
「どかすに決まってるじゃない。あと、あんたが運びなさいよ」
「えぇ……」
か弱い乙女に運ばせるのかという無言の圧力で、アリスは帽子屋を睨み付ける。恐怖が染み込んだ帽子屋は絶叫する。
「ぼ、僕が運びます! だから命だけは!!」
***
「うーん……。どうしましょう……」
日差しが照りつける昼下がり。アリスを涼しい日陰で休ませて帽子屋は苦悩していた。
今の帽子屋には男性一人を担げるほどの筋力がない。魔法を使えばなんとかできるが、未熟な実力ではあまり使いたくはない。
最悪引きずってでも。と思った瞬間、突然帽子屋の前に人影が現れた。
「何か困りごとかな? 僕が手伝ってあげるけど」
フードを深く被っていて顔はよく見えなかったが、ちらりと覗かせる金色の髪は輝いていて声は宝石のように美しく、すらりとしていて肌も白い。抜群のスタイルだ。
ダイヤの模様があしらわれた青い貫頭衣は袖と裾が長く、右耳には青い宝石のピアスをしている。髪型は透き通った金色だ。こんなに美しい金色の髪を、帽子屋は今まで見たことがなかった。
性別はどちらか分からなかったが、多分女性だろうと帽子屋は考えた。
「え、えっと……。この人が倒れてしまったんです。それで、運ぼうにもどうにもできなくて……」
「そう、分かった。じゃあ僕が運んであげる」
「あ、ありがとうございます」
帽子屋は女性に人を運ばせるのも申し訳ないと心の中で反省する。勘違いで勝手に帽子屋が頬を赤く染めていると、金髪の女性(?)は店の裏の方へ白ウサギを担いでいく。
そして、影のある屋根の方へ向かっていった。
「これで大丈夫。あとは冷やしたタオルを額に置いておけば、もっと良くなるから」
「ありがとうございます」
帽子屋が金髪の女性(?)にお辞儀をすると、女性らしき人物は帽子屋が売っている品物を物色していた。
彼女は商品の指輪を手に取り、親指と人差し指でくるくると回しながら並べられた指輪を見ている。
「へぇ……面白いね」
やがてにんまりと微笑むと、転がしていた商品の指輪を買わずに、指環を元の場所に戻した。
「あれ、ご購入されないんですか? こちら自慢の一品でして……」
「いや、いいんだ」
「え?」
なんで買わないのかと尋ねる前にその人はもう背を向けていた。
「君の品揃えはいいセンスしてる。それと……そこの女の子にもよろしく言っといて。またね、帽子屋くん」
女性(?)は帽子屋に軽く手を振り、笑顔で楽しそうに去っていった。
「は、はい。またのおこしをお待ちしております」
そういえば、自己紹介と薔薇を渡すのを忘れていた。帽子屋は少し後悔していると、日陰で休憩していたお姫様がようやくお目覚めとなる。
「ふあぁ……。あぁ、やっと終わったのね。待ちくたびれて寝ちゃってたわ」
「アリス、君って本当に人のことも考えもしないで……」
はぁ、と帽子屋がため息をつくと、アリスは反論していく。瞬く間に賑やかな喧騒が街を包んだ。