二十八話 「新たなる王」
更新が遅れて申し訳ありません… 2019.10.16
「あんた、本当に大丈夫なの?」
珍しくアリスが心配した相手はラパンではなくカルテだった。アリスに臆病な一面を見られてしまったカルテは、吹っ切れた笑みをアリスだけに見せる。
「さっきも言ったけど、もう大丈夫だよ。見苦しいところを見せてしまってごめんね」
「いいのよ。こういうのは誰にでもあるわ。ねぇラパン?」
「そうだな」
アリスの嫌味が全くない問いをラパンは適当に答えた。過去の記憶で恥ずかしい思いをしたくないのだ。
「……ぷっ。あははは! ラパン、もしかして僕と再会するまでアレだったの? スピーチで晒し者にしたいくらいだ!」
「アレって何よ。まだ何か隠し事してるの、あいつ」
「アリスが思ってるよりずっと隠しているよ。ラパンが言わないなら、僕が全部教えてあげてもいいんだよ?」
「それじゃあ」
確かに隠し通すよりは包み隠さず話してほしいと、アリスはラパンに対して常に思っていた。
いい機会だとアリスが口を開こうとすれば、当然ラパンがカルテとアリスの間に割って入る。
「俺が直接話す。あの人に認められたらの話だが」
「ならせいぜい頑張ってね。お許しが出るとは思えないけど」
結局はぐらかされたまま、知らない話をされてアリスは拗ねた。炎の精霊と遊んで時間を潰す。
「ねぇ、そろそろ行かないとマズイんじゃないの?」
「そうだね。外の方も騒がしいし、急ピッチで行こう」
するとカルテが転移魔法を唱え、光とともに城の廊下から玉座へと移動する。その隙に、アリスはラパンの服を掴んで離さないでいた。
◇◇◇
エタンセル王国の象徴とも言えるレイナ城の玉座の間は、赤いカーペットが敷き詰められている。まばゆい黄金の玉座も見事なものだが、カルテはそれに負けない美しさを持つ。
城の入り口にいる国民達も、彼の顔を見上げては静かになるどころか余計に騒がしくなる。
「ここが玉座だよ。母さんは国を見下ろしてまで、自分がトップにいると思い込んでたみたいだ。……何してるの」
「べ、別に!? あのふわっとしたのが怖くてしがみついてたわけじゃないのよ!?」
「おかげで服がしわになったじゃねえか。お前のために新調したのに」
「うっさいわね! 今はそんなこと」
「……少し静かにして」
ラパンへ言い返そうとしたアリスに目を配ると、怒りでも魔法をかけられたわけでもないのにアリスが大人しくなる。
カルテの青い瞳には、嘘や他人を陥れようという気持ちが一切無い。決意と覚悟。そして冷静さと憂いを兼ね備えた絶妙な顔をしていた。
「……何よ、あいつの顔」
カルテの表情を見たアリスの頬は、ほんのりと乙女色に染まっていた。当の本人は気づきもせずに前を見据えて大きく息を吸い込んで、
「――聞け! この国に住まう民達よ! 君達に言うべきことがある! つい先ほど、女王は何者かによって殺された。殺したのは誰か? 僕だ。僕は君達と同じく、女王に支配されていた。だけどもう、僕達は女王に怯えず過ごすことができるんだ!」
彼の声、瞳、顔、美。全てにおいて人々は釘付けになる。アリスとラパンの二人でさえも、開いた口がふさがらないほどだ。
「我が名はカルテ・ソミュール。アムル女王陛下に変わり、エタンセル王国の王になると宣言する!」
その瞬間、世界が青に染まった。
カルテの演説に心を震わせた国民らは、歓声を沸きただせる。涙を流す者もいた。カルテは偽りの従者ではなく、王として生きることを誓ったのだ。
「すごい……」
アリスの口からは、この言葉しか出なかった。ラパンも顔を背けてはいるが、ほんの少しだけ憧れの眼差しを向けている。かつて兄にそうしていたように。
「そして……君達に紹介してほしい人がいる。おいで、アリス」
「へ?」
「紹介しよう! 彼女こそが僕にとって運命の人、アリスだ!」
「えっ!?」
突然のことにアリスも国民らも戸惑っていた。そしてその波はざわめきとなり、色恋沙汰だとか結婚するやら、飛び過ぎた憶測が独り歩きしていく。
玉座の階段を上りきったシリアーバも運悪く、苦い思い出が頭をよぎる。
「ちょっと待って。私、あんたにとってそれほどの人間じゃないんだけど」
若干驚きながらも、アリスは落ち着いてカルテを説得しようとした。だが、カルテはアリスへの愛が爆発して周りが見えておらず、普段の彼なら考えようもないことを言いだした。
「僕にとっては運命なんだ! 君が何も覚えていなくても、僕の心にはちゃんと刻み込まれてる。昔の君とは別人みたいだけど、もう一度会えるのを何年も待ってたんだ!」
「そ、そんなの私は」
「大丈夫だよ、忘れた分も埋め合わせするから。……アリス、僕と一緒に暮らそうよ! ラパンなんかより僕の方がずっと君を幸せにできる!」
ふとアリスが見れば、カルテのそばにいた炎の精霊がリンクするように炎の勢いを増していった。やがて炎はアリスとカルテ自身を包み込んで離さない。
「ね、僕に君の一生を捧げてよ。アリスが望むなら魔法でずっと若くできるし、立場だってあいつより悪くはない。顔も僕の方が美丈夫で、お菓子もお金も、好みの男達を君の従者にさせてあげる!
だからラパンじゃなくて、僕のお嫁さんになってよ!」
重すぎる愛を告白したカルテの笑顔はどこか歪んでいる。彼に隠されたもう一つの素性を知ったアリスは、いつの日かラネオンに言われた言葉を思い出す。
『ただのなぞなぞだよ。最も君を愛していて、嘘を吐くのが上手な人。……けど注意してね。その人の重い愛で、溺れ死んだら笑えないから』
カルテは嘘を吐くのが上手で、この状況だと炎に溺れてしまうかもしれない。ラネオンのことも気になるけれど、理解したアリスはカルテに言い放つ。
「……カルテ、私もあんたに言いたいことがあるの」
「うん、何かな?」
「私、あんたのこと好きじゃないわ」
「……。そっか」
アリスの瞳にはカルテが映っていたが、カルテの瞳にはラパンが映り、怒りと憎しみが向けられていた。




