二十七話 「憎悪」
「女王陛下、例の娘を連れて参りました。『アリス』です」
カルテは女王陛下に跪く。カルテが女王のことをケバいだとかおばさんだとか散々な言われようだったが、アリスの目には美と色気が絶妙に噛みあった女性が見えた。童話に出てくるような恐ろしく、醜い人だと思っていたアリスのイメージは完全に打ち払われている。
「やっと連れてきたのね。ずいぶんと遅い収穫だったけど、許してあげる。顔を上げなさい」
「……はっ」
言われた通りカルテは顔を上げ、女王と目を合わせる。いや、合わせなければいけないのだ。数秒ほど見つめあうだけに見えるそれは、従者が女王への忠誠心があるかどうかを判断する絶対的な決まりである。
「もういいわ、下がって」
「はっ」
報告が終わると用済みと言わんばかりに、女王はカルテを冷たくあしらう。カルテも顔には出さないものの、ストレスから解放されて心の中でほくそ笑んだ。
「次は小娘、貴女よ」
「は、はいっ!」
カルテがかしこまっていたこともあり、影響されてアリスは妙に緊張する。緊張しすぎて声が裏返ったほどだ。アリスが恥ずかしさで頬を染めたのを、カルテは数歩後ろから盗み見ていた。
「私はアムル・ソミュール。このエタンセル王国の女王。つまり、私がこの国のトップ。お分かり?」
アリスはうなずくとアムルは満足げに笑い、話を続ける。
「それなら話が早いわ、さっそく本題に入るとしましょう。そこにいる彼から説明を受けたと思うけど、私は貴女の若さがほしいの」
アリスは若干のデジャブを感じながらも言葉を飲み込む。すぐに本題に入ろうとするのは、やはり親子だからだろうか。そんな思いもあり、アリスの口からはある問いが零れ落ちる。
「女王様。お言葉ですが、なぜ私なのですか? 私よりも可愛くて美しい人はたくさんいます。なぜ私にこだわるのです」
慣れない敬語で話すと、アリスの心がむずがゆくなる。あともう少しで何かが思い出しそうな気もするが、頭の中では霧がかかり晴れそうもない。
「肝心な理由は聞いてなかったのね。そうね……端的に言うと、貴女が『アリス』だからよ。貴女は選ばれたの」
「……選ばれた?」
「えぇ、そうよ。忌々しい娘が作ったある魔法で、貴女達は選ばれたのよ。本当に馬鹿らしい話だけどね」
ーーこれは思ってもみないチャンスだ。アリスのアメジスト色の瞳が色濃く輝き、途端に世界が広くなったような錯覚を覚える。けれど、それと同時に頭の中にある霧が一層深くなった。
「く、詳しく話を教えてくれませんか!?」
アリスの胸が高鳴る。心臓がはち切れそうで、酷くせわしない気持ちになってしまう。心の隅ではなぜか切なく息苦しい思いもあって、今まで経験したことのない思いが鐘を鳴らす。
「そこまで言うのなら教えましょう。全てはあの子……ステラが魔法を知った瞬間からよ。その日からあの子は魔法に没頭して、“運命を与える魔法”なんてのを考え始めたの。
私は魔法なんて物は大嫌いだから、一思いに幽閉してやったわ。そうしたらどうなったと思う? 『死神』と『警察官』が嗅ぎつけて部屋を燃やし尽くしたの! 娘や魔道書もろともね!」
女王アムルは声高らかに笑い、他人の心を踏みにじる。酷い話だ。母親は実の娘を間接的に殺し、今度は息子のカルテを精神的に押し潰すつもりだ。
「そんなことは」
アリスはカルテの思いを察し、彼が言うべきであろう台詞を言い切る瞬間だった。
「は、あーー。何よ、これ」
アリスの目に映る光景は、とても信じがたいものだった。なんと女王の体が氷柱に囲まれており、それをゆっくりと赤い炎が溶かしていく。ただの氷ではないドライアイスのようなそれは、確実に女王アムルを凍傷させた。
「だ、誰が私にこんなことをさせたの!? 首切りよ首切り! それとも地下牢送りに」
「ーー母さん、久しぶりだね」
「あ、貴方はカルテなの!? これをやったのは貴方なのね、そうでしょう? 今まで私が悪かったわ、全部お母さんの責任! 確かに魔法は嫌いだけど、貴方のことは大好きだったの。本当よ!」
アリスはただ見ることしかできなかった。糸がすりきるような親子を。直前で記憶の魔法を解いたカルテには、どす黒い感情があふれ出ている。
「僕のことは好きで、やっぱり姉さんのことは嫌いなんだね。もういいよ、今ので諦めがついたから。
最後まで嫌いだったよ、母さんのこと」
アムルが何か叫ぶがカルテは聞き耳を立てずに容赦なく氷漬け、氷で覆った。さらに足元から入念に炎で燃やし、灰すら残さず怒りと憎しみを母親にぶつけた。
「ぐっ!」
「ちょっと、あんた大丈夫なの!?」
カルテはうめき声をあげてそのまま硬い大理石の床に座り込む。アリスの声も届かないようで、浅い呼吸を繰り返すだけだった。寒いわけでもなく震えが治まらないカルテを心配し、アリスと炎の精霊は彼に寄り添う。
「アリス、僕は……。僕はもう――ダメだ」
「ダメって何よ、しっかりしなさい! あんたはまだこれからなんだから! この国の王になるって皆に言うんでしょう?」
「……僕みたいな臆病者には無理だよ。僕だけじゃ、ダメなんだ」
急に様子がおかしくなるカルテは縮こまっていた。いつも笑顔や冗談を浮かべている彼とは大違いで、これがカルテ・ソミュールの本当の姿なのかもしれない。
「少しだけ、手を握ってほしいんだ……」
「……。少しだけよ」
しばらくしてようやくカルテが発した言葉はただそれきりで、二人とも何も言わずに手を握り合った。
◇◇◇
「あんた、カルテには冷たいのね」
「昔、あいつに痛い目に遭わされたからな。子供のくせして悪魔みたいなやつだ。今も昔も」
「へぇ……」
一人にしてほしいとカルテに言われて、アリスは部屋の外でずっと待っていたラパンと話している。アリスはまだ、カルテの本性は直接見たことがない。美しい薔薇には棘があるみたいなものだろうと、アリスの自己完結で終わった。
「あんた、彼のことはどう思ってるの? 嫌いなのは分かってるけれど」
「地獄に落ちろと常々思っている。あいつも俺に対する殺意がダダ漏れだしな」
「前科の過去と今の態度なら、確実に地獄逝きね。あんたもカルテも」
「……そんな俺を地獄から救ってくれたのは、他でもないお前なんだがな」
予想外の言葉にアリスの頬は赤くなり、言葉が詰まってしまう。そういう台詞を言う時のラパンは、鈍感な振りをした男だと勘違いしてしまうほどだ。
恋人まがいの会話も落ち着くと、カルテが相棒とも呼べる赤い炎を連れてきて笑顔を見せる。
「お待たせ。もう大丈夫だから、スピーチの準備をしよう。僕がこの国の王だと皆に知らしめるんだ」
カルテの過去については→http://ncode.syosetu.com/n7638eb/25/
追記 お手数ですがURLをコピペして直接ググるか、番外編『偽りの愛と碧天の瞳』を読んでいただけるとより本編を楽しめます 2019.9.25




