☆番外編 「アンハッピーな誕生日」
ラパン誕生日おめでとう! 2019,5月20日
緑の生い茂る深い森の奥に、木で作られた家があった。そこに一通の手紙がラパンの元へ届いた。
差出人の名前はない。美しい筆遣いで、封筒には「招待状」とだけ書かれていた。中身を見ても便せんすら入っていない。
「兄さんだな……」
ラパンには嫌でも分かってしまう。これが実の兄である、レクス・アルザスからの手紙だと。
「これでも伝わると思ってるのか? 嫌味にしか聞こえねぇ」
この時のラパンは家出をし、かくまってくれたラネオンと『チェシャ猫』の家に居候していた。城から離れ、『英雄』の弟で王家の従者という、重苦しい責任から逃げたのだ。
「シロ、どうしたの……? 請求書なら、ごみ箱に捨てておくけど……」
ラパンの唯一の友人であるラネオンが、リビングからやって来る。眠たそうな目をこすりながら、寝ぼけて嘘か本当か分からないことを言った。
「あぁ、捨てておいてくれ。たちの悪い物だから、シュレッダーにかけてくれてもいいぞ」
「そんなの、この家にはないよ……。普通に捨てる……ていうかシロ、どこかに行くの?」
「そうだな。ちょっと城に行ってくる」
「シロが城に……。ふふっ」
「笑うなよ……。まぁいい。兄さんからの手紙だ。どうでもいいことで呼び出されるんだろうな」
早々に城へと行こうとするラパンが、玄関を出ようと歩み出そうとする。その手をラネオンはとっさに掴んだ。
「待って、シロ」
「なんだよ」
「無理はしないで。あと……」
「あと?」
「いいや、シロが帰ってきてから言うよ。あと、なるべく遅く帰ってきてね」
「はぁ? 分かった、行ってくる」
ラパンはラネオンの言葉を不思議に思いながらも、王国の城へと足を運んだ。
◇◇◇
王国の城では、レクス・アルザスが秘密の花園の手入れをしていた。軽やかで歌い出すかのように、誰もいない庭で独り言を呟いていく。
「今日もいい天気だ。小鳥も庭の花達も元気そうで……。
こんな日はゆっくりお茶でも飲みたいなぁ」
ラパンはレクスを見て心底呆れた。出会うたびに思う。良くも悪くも、自分の兄とは思いたくない。
「やぁラパン、こんにちは。その様子を見ると、誰も君の誕生日を祝っていないみたいだね」
「あぁ……。というか、朝からエナ達の気配が全くないんだ。兄さん、お前……何かしただろ」
ラパンは疑いの目でレクスを睨み付けた。ラパンはいつもレクスに意地悪されてばかりいて、今回も何をしでかすか分からない。過去でもかなりの苦労人であった。
「いいや。特にこれと言ったことはしていないよ。
僕にとっては、ね」
レクスが薄く微笑み、口もとに人差し指を立てた。もうすでにラパンをからかっているのだと、言わんばかりに。
「……。手を出したりしていないだろうな?」
レクスがからかいではない笑みを浮かべた。その様子を見たラパンは居心地が悪くなり、今すぐこの庭から逃げ出したくなる。
「まさか。僕はエトワール家直属の従者だよ? 手を出す理由なんてない。それに気配を消すようにしたのも、ジェリエナ姫とヘンリー王子がお願いをしてきたからなんだ」
ラパンはわざと強めに。嫌味たっぷりにレクスに毒を飛ばす。
「それもそうだな。最強で『英雄』とまで称えられた兄さんが、国を裏切るわけがないもんな」
「うん、そうだね。僕が国を裏切ることは絶対にありえない」
レクスがあっさりと受け入れ言い放つ。受け入れるというよりも、特に気にしていない。そんなレクスが気に入らないのか、ラパンはそっぽを向いた。
「……。少しばかり、気配を消した種明かしをしよう。今日は君の誕生日で、姫様と王子様は君を驚かせようとしている。そこで兄である僕が、時間稼ぎをしに来た……。僕の弟なら分かるはずだよね?」
レクスはなんてことない普通の剣を出現させ、突き放すようにラパンに問う。さらに一気に間合いを詰めて、剣を振るうふりをした。
その瞬間を見逃したラパンは、一直線に吹き飛ばされていく。芝生がクッションになり、なんとか大事には至らなかった。
「ぐっ!」
だが、これだけではもちろん終わらない。抵抗する術もないラパンに向けて、レクスは無数の剣を雨のごとく降り注がせる。さすがにラパンも服の内ポケットからナイフを取り出し、ナイフ一本のみで数多の剣を弾き飛ばす。
「これが時間稼ぎってか……」
剣を避けながら、ラパンは尊敬と苛立ちを覚えながら呟く。レクスができて当然だと言わんばかりに技を繰り出す。そんな兄が羨ましくもあり嫌いだった。
「聞こえているよ。褒めてくれてありがとう」
「なっ!?」
レクスが突然ラパンの目の前に現れて、爽やかな笑顔を向ける。身体強化や幻術など様々な魔法があるが、レクスはどうやら転移魔法を使ったようだ。
「でもねラパン、その優しさが自分自身を殺すことになる。ほら、こんな風に」
ラパンは身構え周囲に目を凝らす。レクスが指を鳴らすと、そんな警戒もむなしいものにすぎなかった。
ラパンの脳裏におぞましい自分の死体が流れ込んでくる。精神魔法の一つだと思われるそれは、下手をすると心を病めかねない恐ろしい魔法だ。
「ほんっとうに、悪趣味な兄だな。兄さんは……!」
「……? ラパン、僕に特別これといった性癖はないよ。ただ君に、訪れるかもしれない現実を映し出しているだけだ」
レクスには自覚がない。天然なのか、ただ少しずれているだけなののか。ラパンは吐き気がするほど呆れたが、顔には出さないようにした。
「兄さん、それは単なる正当化だ。こんなことを続けるくらいなら、俺は兄さんを兄だと認めない」
「認めない、だって……? ラパン、それは本気で言っているのかい?」
暖かな日差しで、レクスの顔が見えなくなる。穏やかに吹く風が二人の髪を揺らす。
「あぁ、本気だが……!?」
心の底から怒っている兄を、ラパンは一度も見たことがなかった。レクスは口を開けば皮肉を言い、これ見よがしと壮絶な技を披露する。そんな兄が怒ってしまえば、この国もろとも破壊できてしまう。
「そうかい。じゃあ、時間稼ぎは止めるよ。兄弟の楽しいスキンシップ……兄弟喧嘩といこうじゃないか」
レクスの赤い瞳が光り、庭の大地がことごとく破壊される。すさまじい音だが、誰も来る気配がない。おそらく、庭の破壊とともにレクスが結界を展開したのだろう。
「はっ、兄弟喧嘩とはよく言うな!」
今のは序の口だったのかとラパンに悪寒が走ったが、兄に弱味を見せまいと強がり笑って見せた。
「本当ですよ。ボクが知ってるなかで、一番おかしい人なんです。この人は」
結界を破り、赤髪ですみれ色の瞳をした青年がやって来る。ヴァイオレット・ノワールだ。
ヴァイオレットはノワール家という貴族でかつ軍人の家系で、歴代の中でも特に異常な強さを持つ青年である。
現に彼はレクスの結界を破り庭に入ってきた。ヴァイオレットはレクスの友人であり、互角かそれ以上に戦える唯一の存在だ。
「あぁ、ヴィオか。今いいところだったんだよ。それなのに君という人間は」
「あー、説教ならお口チャックですよ。それに、弟さんの誕生日すら祝えないなんて……。やっぱり貴方、欠けてますね」
レクスは何か言いたげだったが、口を閉ざしヴァイオレットに静かな圧力を加えた。
「分かりましたよ。あとで貴方の愛を受け取りますから」
ラパンにはヴァイオレットの言う愛が分かる。レクスの愛は、暴力だ。彼にとって、自分の絶大な力を相手に受け止めさせることが愛情なのだ。
狂っている、人間味が欠けていると誰もが思うだろう。だが、レクスにはこの方法しか思いつかない。
「レクス……。貴方、言うことがあるのでは?」
「うん、そうだね。分かってる」
ラパンの近くにレクスが歩み寄る。ラパンは警戒して一歩下がろうとしたが、雰囲気が変わった兄を見てやめた。
「誕生日おめでとう、ラパン」
「初めからそう言えばいいだろ、バカ兄貴」
レクスは白手袋越しにラパンの頭をなでる。ラパンは初めて、レクスから本当の愛情をもらった。心がほんの少し、暖かくなったような気がした。
このあとめちゃくちゃジェリエナ姫やラネオンに祝われた




