二十四話 「記憶と銃」
「さぁ、着いたよ。ここがレイナ城だ」
カルテの浮遊魔法で、アリスは優雅に着地した。腐っても鯛とはこのことである。
「へぇ、これが噂のねぇ……。悪くないんじゃないかしら」
「そうかな? 乙女心というのは分かりづらいなぁ」
アリスはここですねるはずだが、カルテの美しい顔に魅了されて、そんな気は全く起こらなかった。相手の顔が整っていれば、大抵のことは許されるのである。
「それじゃあ、僕はそろそろ行くね。あぁ、心配しなくてもちゃんと魔法はかけてあるから」
カルテはアリスだけに「またね」と微笑んで、女王陛下のところへ行ってしまう。アリスとそれ以外の者達は、無駄に豪華な部屋に取り残された。
「おーおー、なんだよこれ……。選りすぐりの奴らが大集合とか、マジうぜぇんだけど」
突然の気配と声に、アリス達の全員が一斉に振り返る。ぼさぼさの黒い髪に黒の瞳の青年が、そこに立っていた。
アリスの第一印象としては、口が悪い、気が合わなさそう、暗そう、などといったマイナスなイメージしか沸いてこなかった。
「あんたがカルテの言っていた仲間かしら? 何者なのか、答えてほしいんだけど」
そう言われると青年は舌打ちをして、アリスに負の言葉をつらつらと並べて攻撃する。
「はあ? 自己紹介もしないで名乗れとか、ほんっとうにウザいんですけど。あれか、最近のガキっていうのは礼儀の一つもわきまえてねぇのかよ」
アリスが青年に指摘された内容は正論だ。しかし、改めて言われるとアリスは無性に腹が立った。
ならここはお上品にいこうではないか。そっちがその気なら、アリスはあくまで優しくふるまうことにした。
「……えぇ、ごめんなさいね。どうやらマナーがなっていないようなので、改めてご挨拶するわ。
私はアリス。ただのアリスよ。どうか、よろしくお願いしますね」
アリスには、光りが満ち溢れそうなほどの笑顔を放っている。が、しかし。青年には八方美人な笑顔は通用しない。
「お前って、ちょっと言われただけで態度変わるのな」
「はぁ!? あんたがそう言うから、ちょっと上品にしてあげただけじゃない!」
「ほら、すぐに化けの皮が外れる。まぁいい……。少しだけ認めてやるよ、高飛車女」
「た、高飛車女ですって……?」
アリスと青年の仲が良いのか悪いのか、よく分からない光景である。
「ま、まぁまぁ。二人とも、落ち着いてくださいよ。せっかくの仲間なんですから」
ここでもお約束とも取れる仲裁を、優しい帽子屋は割って出る。知り合いなのだろうか、青年は目を見開いて一つ呟いた。
「お前、スラムのガキの……」
それを聞いた帽子屋は一瞬だけ固まり、アリスは口を『への字』に曲げた。そう思うのも無理もない。何せ、帽子屋は裕福な商人の息子だったはずなのだから。
「……はは、ピッケさんには敵わないなぁ」
「はっ、何を今さら。俺とお前の仲だ。当たり前だろ」
「ちょっと! あんた……帽子屋! スラムのガキってどういうことよ。あんた、商人の息子じゃなかったの!?」
帽子屋が感傷に浸っているのもつかの間、アリスは夢中で首を突っ込む。アリスにとって、帽子屋が嘘つきになるのが嫌だったからだ。
「そ、それは……」
帽子屋は言いどもり、アリスから目をそらす。そして、怖じ気づいたのか少しだけ退いた。
一部始終を見ていたヴァイオレットは何かを知っているのか、笑顔ではない真面目な顔で帽子屋を諭す。
「今、あなたが吐けば逮捕しません。約束します。今回のボクの任務は、あくまでお姫様と弟さん……ラパンくんの監視なので」
「……分かりました。白状します」
帽子屋が言いかけて、口を閉じる。まだ心の準備ができていないのだろう。しかし、ここで言わなければ帽子屋は逮捕されてしまう。
数秒か数分の間が空いてから、ようやく帽子屋は口を開いた。
「僕が商人の息子というのは本当です。けれど……。先程も言いましたが、それと同時にスラムの出身でもあります」
「それってどういう……」
「あらかた養子だろ。拾われたんだよ、こいつは」
アリスが聞くよりも先に、ピッケが面倒くさそうに呟く。どうやらピッケは帽子屋とは古い知り合いのようだ。
「帽子屋……。あんた、元は孤児っていうこと?」
「……。当たりです。アリスには到底、敵いっこないですね」
帽子屋は困ったような、切なさが混じった複雑な笑顔を浮かべた。彼のすり切る思いがこっちにまで伝わってくる。
「僕は生まれてこの方、実の両親に捨てられたスラムの子供です。生きるためなら何だってしました。盗みや殺しだって」
帽子屋は手のひらを握りしめ、瞳には涙があふれていた。今までの苦労や葛藤。辛い出来事が、帽子屋を支配する。
「アリスはもう気づいていたんでしょう? 僕が護身術を身に着けているのは、その時の名残です。それに、ラネオンを師匠と呼んだ時も……」
アリスに全てのつじつまが合った時には、帽子屋の涙が頬をつたっていた。帽子屋が笑顔で涙を流している。
それは決して、微笑ましいものではなかった。帽子屋が自分の頭に銃を打ち付けていたからだ。彼の手は震えているが、最後まで笑顔を貫き通す。
「……これが僕にできる、ただ一つの償いです。
さようなら、アリス。貴女に出会えて本当に良かった」
アリスは懸命に手を伸ばす。昔、どこかで似たような台詞を聞いたような気もしたが、そんなのはどうでもよかった。
『大丈夫。少しだけのお別れだ』
あやふやな記憶とともに、一人の男性が炎の中で微笑んでいる。忘れてしまった、大切でただ一つの存在。
「またどこかで会いましょう、アリス」
『またね』
むなしくも、広い部屋に銃声が響く。今も、あの時も。アリスが最後に見たのは、忘れたくなかった笑顔だった。
新しい年号が発表されても書き続けます! 2019.3.31




