二十二話 「少女の目覚め」
「あなたは、誰……? それに、ここはどこ……?」
カルテの腕の中で眠っていた少女、アリスはついに長い夢から覚めた。
それとは裏腹に、ラパンと帽子屋がカルテに対して怒りと混乱の声があがっていた。こんなのは聞いていないぞ、と。
けれどもカルテは男性陣の苦情を華麗にスルーし、口を開いた。
「僕はカルテ。君の王子様さ、仮面の彼とは違ってね」
アリスが何のことかさっぱり分からないという顔をしていると、カルテは怪しげな笑みでアリスに魔法をかける。
「アリス、君は本当におねむさんだね。覚醒魔法」
カルテはパチンと指を鳴らすと、アリスの断片的な記憶や意識が戻ってくる。
それと同時に、アリスの耳には喧騒が。目には見知った顔と、赤いインナーの黒いローブらしきものを着た知らない男性がいた。
「……降ろしてちょうだい」
アリスが言うと、カルテは手早く抱き寄せていた手を放した。すると、今までの混乱や怒りの声が静まり返る。
アリスは白ウサギや帽子屋などの男達を見渡すと、『眠りネズミ』であるラネオンの方に歩み出た。
「あの……眠りネズミ。あの時は、私を守ってくれてありがとう。本で見た騎士のようだったわ」
アリスが誰かにお礼を言うのはかなり珍しく、ラパンにすればそれはもう至極の時だ。
しかも、アリスはなにやら照れているようで、完全にアリスの目線が上目遣いのように見えてしまう。
「……あぁ、あのキザ仮面の時か。あれはちょっとだけ頭に血が昇っててさ。それに、アリスが望むのなら君の護衛をしてもいいよ。おれも、色んな人と戦いたいし……」
ラネオンもうっすらと微笑んでいて、嬉しそうにも見える。しかし、ラパンはそれを笑顔で流すことのできる男ではない。
「おい、ラネオン! 俺のアリスに手を出したらはったおすぞ!」
「えー。シロ、そんなこと一言も……って」
「あ」
ラパンとラネオンの声が同時に重なる。どう弁解しようにも、もう後の祭りである。
「やっと本性を現したわね、白ウサギ! 前々からおかしいと思っていたのよ。こいつには絶対、裏があるって!」
「あ~、あはは……。ボクね、最近サスペンス小説に夢中でさ。たぶんそれに影響されたんじゃあないかな~……」
「どんな言い訳をしたって通用しないわ。早く吐いてしまいなさい!」
アリスはラパンに詰め寄り、怒りの表情を見せる。
『白ウサギ』ならこの状況でもやり過ごせそうだが、ラパンは今はもう偽りの自分ではない。
「さぁ白状しなさい、白ウサギ! あんたのこと、包み隠さず話してもらうわよ!」
「分かったよ……アリス。本当のボクのこと、言える限りの範囲で話すよ」
アリスの威圧に負け、ラパンは過去の自分について白状する。
自分の本名や暗殺者だったこと、忌まわしい茶会での件は話したが、それより以前の過去は話さなかった。
「ボクは……ううん、俺は。お前にどう接したら、いいのか分からない。ずっと、隠してたんだよ。アリス……。お前に、嫌われないように」
ラパンの瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。
それでもアリスは動揺すること無く、ただ一言呟いた。
「……。そう」
「そう、って……。俺はお前を騙してたんだぞ!? 今のお前にとっちゃ俺は得体の知れない男だ。なのに、なんでそこまでっ……」
アリスはため息をついて、さも当然かのようにラパンに告げる。
「あんたが、私の従者だからよ。
言ってなかったけど……実は私、記憶喪失なの。けれど、自分が『アリス』ってことと、『白ウサギ』のあんたのことはかろうじて覚えていたわ」
ラパンは呆然として、アリスの話を聞いている。
「私が何も知らないのは事実。外の世界も、家族も……全部。けどね、これだけは覚えていたの。あんたが私の従者だって。なぜか分からないけど……ってきゃあ!?」
気づけば、アリスの胸の中にラパンが抱きついていた。彼女の胸の豊かさは決して大きなものではなかったが、ラパンは涙を流している。
「よかった、本当によかった……。これ以上アリスに拒絶されていたら、俺……!」
「あんたねぇ……。主人の私に泣きつくなんて、従者以前の問題よ!?」
「ふべらぁっ!?」
城の地下で、アリスが渾身のビンタを放つ。どこかでこんな光景があったかもしれないが、アリスはとっくに忘れていた。
「これでお相子よ。あんたは本当の自分を隠していた。私はあんたに記憶喪失とは言ってなかった。――皆、嘘つきね」
アリスの無邪気な笑顔が、ラパンの視界に広がる。
「あぁ。案外、やつらも嘘をついているかもな」
ラパンは薄く微笑み、アリスの頭を優しく撫でた。
しかし帽子屋だけは浮かない顔をしていたのを、『警察官』のヴァイオレットは見逃さなかった。
「……ねぇ、アリス。ちょっと話があるんだけど」
「何かしら」
ラネオンはアリスに近づき、誰にも聞こえないように耳打ちする。
「おれ、本当に君の護衛がしたいんだ。シロと一緒に足を洗いたい」
「……? どういうこと?」
「そのままの意味だよ。あぁ、足を洗いたいのは違うけど……」
「それくらい分かるわよ。で、まだ私に言いたいことがあるんでしょ?」
アリスがラネオンに問うと、一瞬だけラネオンは意味深に口角を上げる。
「……アリスは勘が鋭いね、その通り。ヒントをあげてもいいよ?」
アリスが眉を寄せると、心底楽しそうにラネオンは言葉を紡ぐ。
「”シロは言いました。『俺は正直者で、他の二人は嘘つき』だと。軍服死神は言いました、『私は嘘を言わない正直者。兎くんか王子が嘘つきです』”
”最後に嘘つき王子は言いました。『僕は嘘つきだけど、今回は正直者。ラパンが嘘つきだ』”」
「……何が言いたいワケ?」
「ただのなぞなぞだよ。最も君を愛していて、嘘をつくのが上手な人……」
「……けど注意してね。その人の重い愛で、溺れ死んだら笑えないから」
アリスは苦い顔をすると、ラネオンは笑みを残したまま帽子屋のところに行ってしまった。
「……。やっぱり、私の周りの人間って、まともなやつがいないわ」
「類は友を呼ぶってことわざ、知ってるか?」
ラパンがアリスの方へ歩み寄ると、アリスは顔を真っ赤にしてラパンに言い放つ。
「うっさいわね! またビンタされたいの!?」
「……すまない」
つくづくアリスの尻にしかれそうだと悟ったラパンであった。
最後のなぞなぞは作った私ですらも、正解の筋を通っているか不安です。教えて賢い方…。
次回も本編が続きます…! 2019,3月8日




