三話 「外の世界」
「……。そこまで言うのなら、ボクは責任を持って君を送り出す。あの人にも言われているからね」
「なら早く準備して。こっちは待ちきれないの」
「仰せのままに」
パチン。
白ウサギが指を鳴らすと同時に、視界が真っ白になる。あまりの眩しさにアリスはおもわず目を閉じた。
「ッ――!」
耳鳴りのような音が絶えず響き、気を抜けばこの世ではないどこかへ吹き飛ばされそうで怖い。けれど、我慢すればすぐに終わるはずだ。
「私は」
アリスは無意識に手を伸ばす。光の先に美しい世界が広がっていると信じて。
「私は、自分の目で確かめるの――!」
途端、急に視界が開けてアリスは外の世界へと放り出される。
「ひゃあっ!」
転んでいく形で世界はアリスを歓迎する。幸い怪我はなかったが、道が石造りなため危うく大怪我をするところだった。
「どうしたら放り出されるのよ、ったく」
土を掃って立ち上がると、そこは本の中でしか見たことのない世界が広がっていた。
周りには人で埋め尽くされており、商人と取引をする旅人や忙しく働く国民達。とにもかくにも人の賑やかさで満ちあふれている。
「エタンセル王国へようこそ。アリス」
アリスがアメジストの瞳を輝かせていると、白ウサギはアリスに向けて手を差し出し微笑む。
差し出された手に導かれ、アリスは白ウサギの手を取る。そして、駆け出すように白ウサギの隣を歩いていった。
◇◇◇
「賑やかで楽しそうね。お祭りみたいだわ」
「朝市と夜店が週に三回あるんだけど、ちょうど今が朝市の時間みたい。この街自体が観光スポットになんだって。あと、『旅路の噴水』っていうのが王都への目印……。
そうだ、アリス。この国には女王様がいるみたいだよ」
「女王ですって? それは本当なのかしら」
「本当だよ、ほら見て。”エタンセル王国の女王陛下、またもや従者を酷使! 住民の不安が募る”」
白ウサギが話題に出したのは、新聞にある記事の一つだった。大きな見出しと共に、女王に対する不安や怒りが書かれている。
「えー、何々……。”女王陛下は人の心が分からない鉄の女性。本当に人使いが荒く、過労死寸前だった”……。ふーん、相当な女王みたいね」
アリスは興味がないと言いたげに大きなあくびをする。それに負けじと白ウサギは大急ぎで話題を変えた。
「あっ! あと、この国にはスラム街もあるんだって。”食料や衣服の盗みが多発。寝る時にはご注意を”……。物騒な世の中だね」
「そうね。まぁ、私達には関係のない話よ」
アリスと白ウサギが話していると、店の中でもひときわ大きな人だかりと黄色い歓声が聞こえてきた。何事かと二人が見れば、少年が跪きながら女性達に薔薇をプレゼントしていた。
「親愛なるマドモアゼル達に、美しい薔薇を捧げましょう」
決め台詞とともに少年はにこりと微笑むと、女性達は笑顔に魅了されてため息をつく。一方、アリスと白ウサギは気に入らないのか、じとりとした目で少年を見た。
アリスと白ウサギの視線に気づき、少年は二人のもとへ近づいた。彼のファンである女性達はさっと道を開け、少年を通れるようにする。
「やぁこんにちは。小さなマドモアゼルとジェントルマン。冷やかしはお断りのシリアーバ店へようこそ」
少年はアリスにウインクし、薔薇をくわえて決めポーズをしてみせた。容姿に自信がなければ到底できないだろう。
「僕はただのしがない帽子屋の商人、シリアーバ・サヴィニー。気軽に『帽子屋』さんって、呼んでくれても構わないんですよ?」
『帽子屋』ことシリアーバの髪は茶色く切りそろえられ、フリルがついた長そでに革製の上着を着ていた。何より赤い宝石のネックレスが良く目立ち、裕福な家庭に産まれたのだとうかがえる。
「それは遠慮しとくよ。ボクは白ウサギ。そして隣にいる子はアリス。ボクの将来のお嫁さんなんだ」
「ちょっと、私でも自己紹介ぐらいはできるわよ! それに、あんたの告白なんてまだオッケーしてないんだから!」
「だってアリス友達少ないし、ボクとぬいぐるみ以外話したことなぶぅ!?」
「本当、白ウサギって余計な一言が多いのよね……」
アリスは白ウサギにみぞおちを食らわせ、伸びている彼をよそに横目で帽子屋を見る。すると、帽子屋は感動で打ち震えていた。
「美しい……」
「は?」
「貴女のような美しい女性は今まで見たことがありません! ぜひ、僕と付き合ってくれないでしょうか!?」
帽子屋はアリスの手を取り、跪きながら目を輝かせる。帽子屋の全力の告白に、アリスは一呼吸置いてきっぱりと言い放った。
「私は貴方の恋人にはならない。絶対によ」