番外編 「幸福すぎるバースデイ」
ルア誕生日おめでとう! 2019,3月5日
時は数年前。まだ暗殺と争いが絶えなかった日。
孤児の少年ルアが、何気ない日常とかけがえのない幸せに触れた話である。
「ねーぇ」
「ねぇ、兄さんってば!」
ルアは相変わらずラパンに声をかけていた。ルアは彼と出会った時からラパンのことを『兄さん』と呼び、なついている。
そんなルアを物ともせずに、ラパンはうたた寝をしていた。
季節は冷たく寒い冬。天気はあいにくの雨で、唯一の救いが今日は仕事が無いことだった。
「何だよ、もう……」
せっかく心地良く寝ていたのに、ラパンの目は覚めた。
ルアはいつもラパンの邪魔をして、ストレスを溜め込ませる。本当に仕方のない子供だ。
「勉強教えてよ。ぼく、全然分かんないんだもん」
「あー……? 見せてみろ……」
ラパンは寝ぼけた目をこすりながら、ルアが解いていた勉強ドリルを見た。
内容は至って簡単で、幼児でも解けるような問題だ。
今日で九歳を迎えるというのに、この程度の問題も解けないのかとラパンはため息をつく。
「やっぱり、ぼくってダメな子なのかな……」
ルアの赤い瞳が涙でにじんだ。やがてルアは大粒の涙を流し、一人ですすり泣いた。
「あー、くそ……。分かった分かった。俺が教えてやるから」
ラパンはすすり泣くルアの頭を少し乱雑に撫で、ペンと適当な紙を何枚か用意していく。
「本当……!?」
「あぁ、今日は非番だしな。特別だぞ。だからもう、自分をダメな子だなんて言うんじゃねえ。今度言ったら、もっと難しい勉強を出すからな」
「うん……! 兄さん、ありがとう!」
ルアは満面の笑みを浮かべ、ラパンは仕方なく一時的な家庭教師となった。
◇◇◇
その日の深夜。あと数ヶ月足らずでルアの誕生日だと気づいたラパンは、毛糸と裁縫セットを用意した。
何を作るのかはさておき、ラパンにも少しは優しさと言うものが芽生えていたようにも見える。
「くそ、なんで俺が子守りをしなきゃいけないんだ……」
ラパンの呟きは吸い込まれて消えていく。一方、ルアはラパンのベッドで眠りについていた。
ラパンはそれでも都合がいいのだが、眠るルアの周りにはぬいぐるみがところ狭しと並んでいた。若干の恐怖すら感じる。
「そもそも、俺はあいつの世話なんてしたく無かったのに……。あいつらが、勝手に……」
ぶつくさと愚痴を言いながら、ラパンが裁縫道具で何かを作っていく。
何だかんだ、ラパンの性格はかなり丸くなっていっているようだった。
言うならば、『優しさのナイフ』がラパンを変えたのだろう。
言葉は凶器であり、人を傷つけることもままならない。しかし、ラパンはそれを変えてしまったのだ。
無意識にも、ラパンは少しずつ成長しているような気がした。
数ヶ月後。暗殺者の施設に、少しずつ春の訪れが舞い込んできた。
日差しは暖かくなり、廊下には申し訳程度にイースターの卵が置かれている。
「これ、なあに?」
「イースターの卵だ。絶対に割るなよ」
「はーい」
色とりどりの模様が描かれた卵は、人や職場をカラフルに染め上げる。心なしか、ラパンの心も少しだけ軽くなったように思えた。
「……。そういえば今日は、お前の誕生日だな」
「うん! どんなプレゼントが来るのか楽しみ!」
ラパンは手間暇かけて暖めていたプレゼントは、滅多に使わない引き出しの奥に入っている。
彼の手帳には、ルアの誕生日に印をつけていたほどだった。忘れないためか、楽しみにしているのか。それはラパンにしか分からない。
「やぁ、お前たち。兄弟ごっこは順調なようだな。微笑ましくて何よりだ」
そんな時、上司であるメルロー・シュトルツがヒールを鳴らして歩いてきた。
長い金髪をたなびかせ、薄いピンクの瞳と口紅が麗しい。
「今日はルアの誕生日だと聞いてな。指揮官である私が直々にプレゼントをあげに来たのだ。感謝しろよ?」
「本当!? やったぁ!」
ルアが胸を弾ませていると、メルローは廊下に置いてあるイースターの卵を手に取り、ルアに渡した。
「これが私からのプレゼントだ」
「でも、これって……」
「いいや、お前の物だ。中を開けてみろ」
ルアは言われるがままイースターの卵を開けると、そこには小さなアクアマリンのブレスレットが入っている。
「わぁ……! きれい!」
「だろう? 三月の誕生石で、愛をもたらすとも言われている。お前に似合うと思ってな」
「メルロー姉さん、本当にありがとう……!」
ラパンは幸せな光景を見つめながら、プレゼントを渡すタイミングを考えていた。
「……して、お前からもプレゼントがあるんだろう? ラパン」
「はい、俺の部屋にあります。失礼ですが、少し歩くことになりますが……」
「構わない。今日は特別な日だからな。私自らが部屋に向かおう」
一行は部屋に着くと、ラパンは慎重に引き出しを開けた。
ラパンの手にはラッピングされた袋があり、かなり本格的である。
「……ほらよ」
ルアは瞳を星のように輝かせ、一心不乱に袋を開けた。
「ぼくと兄さんのぬいぐるみだ……!」
それは手作りと言うにはクオリティが高く、少し大きめのもので、幼いルアが抱えられるほどの大きさだった。
素材は毛糸。赤い瞳はボタンなど、暖かみのある物を利用している。
「……誕生日、おめでとう。ルア」
ラパンが照れ隠しで目をそらす。すると、ルアは嬉しさのあまりラパンに抱きついた。
「兄さん、ありがとう! ぼく、こんなに幸せなの初めて……!」
ルアが心の底から、こんな幸せがいつまでも続いてほしいと願った、忘れられない日だった。
次回は本編の続きとなります…!




