二十一話 「下準備」
「ついてきてほしい場所だと?」
最初に口を開いたにはラパンだった。
彼にとっては何より、カルテがアリスを抱えているのが気に食わないようである。
「うん、そうだよ。今は昔のことを忘れて、話を聞いてほしいんだけどな」
変わらず笑顔でいるカルテには、虫酸が走る思いだ。
「だから、そのナイフを仕舞ってよ」
いつの間にかカルテの首元には、暗殺用のナイフがあった。
ラパンは怒りをあらわにして、無意識にもナイフを握る力が強くなる。
「……アリスを返せ」
「……。へぇ、まだ従者面してるんだ」
カルテの瞳が黒く濁った。この世の全てを諦めたような色をしている。
「君のそういうところが、反吐が出るほど嫌いなんだけどね!」
そして、カルテは踊るようにラパンからの拘束を解く。軽やかな動きは、ますますラパンの怒りを誘った。
「この野郎!」
ラパンがカルテに手をかけようとした瞬間、ヴァイオレットの仲裁が入った。
瞬時にラパンの両手が拘束され、ありえない力で抑えつけられる。
身体強化魔法を使っているのだろうが、油断すれば押し潰されそうな程だった。
「まぁまぁ、ここは平和にいきましょうよ。お坊ちゃんから貴方の監視も命じられていますし」
三人の様子を見ていたラネオンは「うわぁ……」と口をこぼし、帽子屋は生唾を飲み込んだ。
「……覚えておけよ」
ラパンは友人のディリットへ恨みをこめながら、捨て台詞を吐いた。
「まぁ、そういうことだから。最初から僕の言うことを聞けばよかったのに」
「てめえ……!」
変わらず歪んだ言葉を吐くカルテは、余裕だと言わんばかりの表情をラパンに見せつけている。
しかし、喧嘩が起こるまいと帽子屋は平和的に仲裁してきた。
「ま、まぁ落ち着きましょうよ。あまり怒ると体に良くないですよ」
「そうそう、シロのお肉がまずくなっちゃう」
ラネオンの衝撃的な発言に、帽子屋は思わず大声を出してしまう。
「え!? 今なんて言いました!?」
「気のせいだよー」
「そこうるさいよ。……転移魔法」
二人の会話に聞く耳を待たないカルテが魔法の詠唱をした。
途端、周囲はまばゆい光に覆われて世界は白くなった。
◇◇◇
ラパン達が目を開けた先は、薄暗い光と煉瓦に囲まれているトンネルのような物だった。どうやら、どこかの地下らしい。
「ここは……地下か?」
ラパンが尋ねると、カルテは平然とした表情で答える。心なしか、彼の表情は暗く見える。
「当たり。ちなみに、レイナ城の地下だから騒がないでね」
レイナ城と聞いて、真っ先に反応したのは帽子屋だった。
「えっ、レイナ城ですか!? 貴方はいったいなにも……むぐ!?」
「悪い子はお口チャックですよー」
ヴァイオレットが、魔法で文字通り帽子屋の口をふさぐ。
ヴァイオレットにとっては慌てている帽子屋が面白いようで、幼い子供のような笑顔を浮かべていた。
「それで、カルテ。今のお前はいったい何者だ?」
気の緩んでいる彼らに呆れつつ、ラパンはカルテに質問をする。
目が笑っていないカルテには、密かな狂気が隠されている。少なくともラパンには、そう思えた。
「……エタンセル王国の王子。女王陛下、レジーナ・ソミュールは実の母親さ。まぁ、今の僕の立場は陛下の従者ってことになっているけど」
「どういうことだ」
カルテは簡単な魔法を見せると、出現させた星くずごと握りつぶす。
「話せば長くなるから簡単に言うけど、母さんに僕の関する記憶をほとんど消した。そうしたら面白いことに、他人みたいに接するんだよ。その方が僕としても気楽だからね」
それが当たり前だと話すカルテに、ラパンの何かが切れる。そして、カルテの頬を手ではたいた。
「……は?」
カルテもこれには予想していなかったらしく、彼の心に怒りと驚きが混ざっていく。
「何。また僕に君の気持ちを押し付けるの? そういうところ、本当にだいっきらいなんだけど」
カルテは貼り付けの表情を崩し、死んだ目でラパンの心を踏みにじる。
ラパンは反論せずに、ただ一言呟いた。
「……家族を大事にしろ」
「あっそう。あんなクズおばさんを大事にする精神なんて、さらさらありませんけど」
険悪な空気に気を失いそうな帽子屋を抱えながら、ラネオンは挙手する。
「はいはーい。宝石くん、質問なんだけど」
「何かな? 僕で良ければ答えるよ」
ラネオンの眠たげな瞳が、カルテの笑顔に突き刺さる。彼の瞳に不思議な力があるかのように、初めてカルテが観念した。
「はぁ……。分かったよ。どいつもこいつも執着心がありすぎて、こっちが疲れるよ」
「王子も人のこと言えませんけどねぇ」
カルテが整った顔からは想像できないほどの表情をしたが、ヴァイオレットは持ち前の笑顔で流すことにした。
「ヴィオさん、さすがに怒るよ?」
「ボク個人の見解ですが、王子のコミュニケーション能力に問題ありですね」
「……うるさいなぁ。ヴィオさんが僕の従者だったら、首をはね飛ばしていたところだよ」
笑顔と煽りがぶつかり合う二人を止めたのは、今までカルテの腕の中で眠っていたアリスだった。
「……何の話をしているの?」
アリスの手は、しっかりとカルテの服をつかんでいる。
アリスはまだ眠たいようだった。とろけそうなアメジストの瞳が、カルテの心を弾ませる。
「おはよう、僕の『お姫様』。今からこの国をぶっ壊して、クーデターを起こそうとしていたところなんだ」
カルテは頬を赤く染め、どこか高揚しているような笑みを浮かべて言った。
「アリスも協力してくれるよね?」




