十九話 「追走劇Ⅱ」
「ねぇ、どこまで逃げるつもりなの?」
エメラルド色の純粋な瞳で問うアリスに、ジャックは笑みをこぼしながらも真剣な様子で答えた。まるで自分が本当の王子様だと言うかのように。
「君のためなら、どこへだって行ける」
「……嬉しい。私、そんなこと言われたの初めて」
アリスは頬を赤く染め、年相応の乙女らしい顔を見せる。
アリスの表情を見て、ジャックはついアリスを抱きしめたくなったが「まだそのタイミングではない」と、なんとか我慢した。
そんな葛藤があったにも関わらず、ジャックは平然を装って心からの笑顔を作る。
「僕も嬉しいよ、アリス。
さぁ、早く行こう。そうでもしないと、奴らに追い越されてしまう」
「なぜあなたは、私を……」
『なぜ自分を連れ出してくれるのか』。アリスが言い終わるよりも先に、ジャックはアリスを精神魔法で眠らせた。
アリスがすやすやと眠っている隙に、ジャックは告白の言葉を呟く。
「……君が好きだから。なんて、理由にはならないかな。――さて、行こうか」
楽しそうに、不敵な笑みでジャックは颯爽とどこかへと去って行ってしまった。
ジャックがアリスを抱えて追走劇をしている頃。うっそうとした森の中をラパン、ラネオンが走り、帽子屋のシリアーバがすがるようについていく。
「まっ、待ってくださいよ! 白ウサギも眠りネズミも早すぎではないですか……!」
「お前の足が遅いだけだろ」
息も絶え絶えに口を開く帽子屋に、ラパンは冷たい言葉を投げかけた。
「酷いですね!?」
「うるさいぞ」
半泣きになる帽子屋に、ラパンは毒を吐いた。
何はともあれ、先程ラパンは帽子屋へ自身の過去を話したのである。
白ウサギの本名。自分がもともと暗殺者だったこと。眠りネズミであるラネオンとは幼馴染なこと。
ルアやカルテという存在が、『アリス』を狙っていること。
それ以上の過去をラパンは言わなかったが、帽子屋はそんな彼を口には出さずに心の中で心配していた。
「にしても、白ウサギが暗殺者だったとは驚きです。あ、『白ウサギ』よりラパンの方がいいですか?」
「もちろん、眠りネズミも」
声をかけられるとは思っていなかったので、ラネオンはあくびをしながら寝ぼけたように口を開く。
「んん~……。君の好きに呼んでくれて構わないよ……?」
「本当ですか!? では、師匠と呼ばせてください!」
目を輝かせ、なぜかラネオンを師匠と呼びたい帽子屋にラネオンは快く答える。心なしか、ラネオンの顔にも笑みが浮かんだような気がする。
「師匠? うん、いいよ。君には色んなことを教えたいし、それに……。君とは親近感が沸くからね」
親近感が沸くのはなぜだろうと心の片隅に置いて、帽子屋は笑顔を咲かせた。
「ありがとうございます!」
嬉しそうな帽子屋とは裏腹に、その様子が気に入らないのかラパンは悪態をつく。
「そいつの銃の腕は確かだが、人間の肉を食うぞ」
「ええ!?」
「眠って起こそうとしたら、やけにくっついてきて離れない」
「ああ……」
先程師匠だと仰いだラネオンを少しだけ……いや、かなり見損ない、帽子屋はため息をつく。
「むう、シロも大概でしょ」
子供のようにすねてふくれっ面になるラネオンを見て、ラパンはじとりとした目で呆れた。そして、長年気になっていたことをついに吐き出す。
「お前……。昔から思っていたが、そのシロって呼び方はどうなんだよ」
「ん~……とね。初めて見た時、白くてペットみたいだなーって」
「お前今までそんな理由で俺のことを呼んでいたのか!?」
ラパンは「殺す!」と威嚇する猫のように息巻くが、帽子屋の「まぁまぁ」というたしなめる言葉でなんとか落ち着いた。
……ストレスで貧乏ゆすりをしていたが。
話もほどほどになった頃合いに、ラパンは急に立ち止まった。帽子屋とラネオンは不思議に思いつつも、同じように立ち止まる。
「どうしたんですか?」
「……静かにしろ。どうやら尾行されていたようだ」
「来るぞ!」
緊張感で帽子屋がごくりと唾を飲んだ。ラネオンは警戒して銃に手を触れ、ラパンは服の内ポケットから素早くナイフを取り出した。
「やぁ、久しぶり。初めましての人もいるね」
声の主は言わずもかなジャックだった。人の良さそうな笑みを浮かべ、アリスを大事そうにお姫様だっこしている。
「ハイド、お前だけは……!」
「許せないって? よく言うね、その口で」
笑顔を歪ませるジャックに、ラパンは一瞬の間を取って帽子屋に支持を出した。
「……シリアーバ!」
「いきますっ!」
帽子屋は目で追えないほどの猛烈なスピードでジャックを蹴り飛ばし、周りの木も衝撃波でいくつかなぎ倒されていく。普通の人間ではできない芸当だ。
「で、できた……。身体強化魔法!」
とんてもない芸当を成し遂げた帽子屋は、初めてこの魔法を成功できたらしい。努力の結晶で完成させた賜物である。
服についた葉や土ぼこりを掃うジャックは少なからずも傷を受けていた。そして理由は不明だが、抱えられているアリスはなぜだか無傷であった。
「へぇ、随分なごあいさつだね。じゃあ……」
ジャックが手をかざすと、素人でも分かるほど森の雰囲気が変わっていく。
空気が、魔力が、ねじ曲げられる。帽子屋は恐怖がつのり、ラパンとラネオンの二人はそれを無言で見つめていた。
ジャックは白い仮面を外し、その素顔を晒した。ホークアイのごとく黒く塗りつぶされた瞳があらわになる。
この状況を楽しむかのように、ジャックはあざ笑ってみせた。
「本気を出そうじゃないか」
今回はこれで書き納めということで、今年のアリ外執筆はおしまいです!来年には意外な人物の番外編を二話完結という形の書き初めをするので、よろしくお願いします!今年もありがとうございました…! 2018,12、29




