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☆番外編 「偽りの愛と碧天の瞳」

カルテ誕生日おめでとう! 2018.11.11

 およそ十年前のことだ。まだ魔法が世に渡りきっていない頃。


 魔法は呪いだ、恐ろしいものだと伝えられていた時代。


 とある少年は周囲のことなどお構いなしに、部屋にこもり魔法について没頭していた。


 絹でできた絨毯(じゅうたん)の上には魔導書が平積みされており、足の踏み場もない状態だ。


「なんで頭の固い連中は、魔法をひた隠しにするんだろう……。魔法は、素晴らしい可能性を秘めているのに」


 整った白い肌に、宝石のような青い瞳。金色の髪とまつげは長く、女の子と見間違えられてもおかしくはない。


 小さな国の王子、カルテ・ソミュールは魔法を研究していた。

 

「母さんは僕を部屋に閉じ込めて、何がしたいんだ? 姉さんのことだって……」 


 あの時の光景が脳裏に浮かぶ。姉を失ったあの日から、カルテの復讐心はやんでいない。


 それと同時に、奴の赤い瞳が大嫌いになった。

 真っ赤な血で呪われた、あの憎い目が。


 復讐が(つの)っていくうちに魔導書は宙を舞い、閉め切った窓はカタカタと音をたてて今にも割れそうだった。


「はぁ……くそっ。こんなところで、魔力は使いたくないのに……!」


 いっそのこと、消えてしまいたい。なぜ自分がこんな目に合わないといけないのか。思わず涙があふれてしまう。


 姉に魔法を見せて笑っていた頃が懐かしく思えた。人を喜ばせるために使っていた魔法が、今では人を怖がらせる。


 皮肉にもほどがあった。こんなことになるくらいなら、母親の『お人形』になった方がまだマシだ。


 そんな人生もいいかもしれない。そう思った瞬間、カルテの頬には幼い少女の手が添えられていた。


「大丈夫……? 苦しいの?」


 幻覚かと思ったが、目の前には少女がいる。肩まで綺麗にそろえられた黒い髪に、アメジストの瞳。


 しかし、少女の瞳には確かに闇があった。純白のドレスは死に装束のように思えた。


 顔は少しやつれていて、日頃食べているかどうか心配になる。


 少女を悲しませまいと、初めてカルテは嘘を吐いた。


「……うん、大丈夫。ありがとう」


 自身でも吐きそうなくらい明るい笑顔で、カルテは答える。


 これが『お姫様』との最初の出会いだった。


 カルテの魔力が落ち着いてからというものの、少女の方が涙でカーペットを濡らしていた。黒ずんだ白いウサギのぬいぐるみを抱きしめて。


「……わたし、逃げてきたの」


「逃げてきた? どうしてか、聞いていい?」


 少女はうなずいて、たどたどしい口調で話し始める。


「わたし、知らない人のおよめさんになるの……。おにいさまがわたしの代わりに反対してるけど、本人じゃないと、ダメって……。そしたら、その人……。無理矢理にでも結婚させるって、ことわったら戦争をおこすって……」


「……そっか。辛かったね……」


 カルテは震える少女の肩をさすり、優しい言葉をかける。


 その時、カルテの頭の中ではある国を思い浮かべていた。まだ自分よりも幼い子供に酷いことをする国は、一つしか思いつかない。


「ねぇ、『お姫様』」


「……なぁに?」


 少女がこちらを振り返ったタイミングで、カルテは(きら)びやかに輝く魔法を披露してみせた。


「わぁ……!」


 青、赤、黄色。色とりどりに変わる色彩の魔法は、少女を笑顔にする。


「とってもきれい……! ねぇ、もう一回やって……!」


 少女にせがまれるも、暴走しかけたせいでカルテの魔力はあと少ししかなかった。


「ごめんね、これでおしまい」


 カルテが少女の頭を撫でると、少女は瞳を涙で潤ませた。


「魔法、みたかった……」


「じゃあ、これならどうかな?」


 少女の周りに、カルテは青い星をちりばめた魔法をかける。


 そして魔法は少女にまといながら、やがて消えていった。


「君が素直になれるおまじない」


「……どうかな?」


 照れながら笑うカルテに、少女は笑顔の花を咲かせた。


「ありがとう……!」


「いえいえ」


 終始笑いあう二人の間に、どこからともなく白く長い髪の毛をした男がやってくる。


「姫様。お向かいに参りました」


「レクス……!」


 少女はレクスに気づくと、カルテの後ろに隠れてレクスの顔色をうかがった。


 レクスはそれを見ると、誰にも聞こえない声で呟く。


「……あいかわらずの嫌われようですね」


 そして、すぐに笑顔で白い手袋をした手を少女に差し伸べる。


「さぁ、帰りましょう。お兄様も心配されておられます」


「でも、カルテが……」


「カルテ? あぁ、先ほどから私を睨み付けている方ですね」


 レクスがカルテの方に近づくと、カルテは物怖じせずにレクスを睨み続けていた。


「赤目がお嫌いなようで」


「あぁ、嫌いだよ。お前が『英雄』だろうと何だろうと、僕はお前のことが嫌いだ」


 レクスは一瞬だけ悲しそうな顔をすると、すぐに笑顔を作る。


「そうですか。残念です」


 レクスは視線をカルテから少女に変えると、少女はびくっと肩を震わせた。


「姫様、帰りましょう。先程も言いましたが、皆様が心配なさっています」


「ですから……」


「いやっ!」


 もう一度差し伸べられた手を、少女は振り払う。突然の拒絶に、レクスは頭の処理が追いつかなかった。


「……申し訳ございません」


「エナ!」


 レクスが頭を下げると、ほとんど同時にレクスに似た男が走ってくる。


 その男も、血のように赤く光を灯さない瞳をしていた。


「ラパン!」


「エナ……」


 エナがラパンと呼ばれた男に抱きつく。微笑ましい光景だが、カルテにとっては憎しみにあふれていた。


 奪われた。奪われた。また赤い目をした奴に大事な人を奪われた。いいや、彼女にとってはそれが幸せかもしれない。


 カルテに憎悪と虚無が広がる。カルテは血がにじむほど(くちびる)を噛んだ。


 エナの嬉しそうな声が。ラパンの戸惑いながらも嬉しさを感じる声が、羨ましかった。


 この憎しみはカルテに一生焼き付いて離れないだろう。


「……。私たちはこれで失礼します。それでは、また」


 レクスの言葉を最後に、部屋のドアは閉めきられた。



◇◇◇


 現在、エタンセル王国にて。彼の過ごす日々は、過去に比べて楽しそうに見えた。


 仲間に恵まれ、カルテは彼らに日々ちょっかいを出す。怒られても暴力なんて振るわれないし、程度をわきまえれば簡単だ。


 カルテは今日も霧の森で、あの日に出会った『お姫様』を探している。


「ねぇ、エナ。君はいったい、どこにいるんだい……?」

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