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十八話 「追走劇Ⅰ」

 ほんのり明かりをつけた部屋で、アリスは眠りにつこうとしていた。だが、眠ろうにも眠れない。


 家族や思い出せない記憶で頭が混乱し、アリスはうっすらと涙を浮かべていた。


 アリスは涙を拭くと、眠りネズミが部屋のドアを開けてやって来る。


 そして、眠りネズミは優しくアリスに提案した。


「おれと一緒に寝たら……。寂しさが和らぐかも……」


 眠りネズミはベッドに腰掛け、アリスの華奢(きゃしゃ)で細い手を優しく握った。


 眠りネズミの手は暖かく、赤ん坊のようにやわらかい。


「本当……?」


「うん、本当……。シロも小さい時は、おれと一緒に寝てた……」


 眠りネズミは、ふっとため息交じりに微笑んだ。


「シロはああ見えてさみしがり屋だから、おれの服をつかんで寝た頃もあったなぁ……」


「へぇ……。白ウサギも、案外可愛い奴なのね」


「そりゃあもう……。食べちゃいたいくらい、シロが好き……」


 頬を赤く染める眠りネズミに、アリスは目を見開く。


 彼の思考は狂っているとアリスは察し、眠りネズミから少し離れた。


「……なんで逃げるの?」


 素早くアリスの腕をつかむ眠りネズミに、アリスは「ひっ」と小さな悲鳴をあげる。


「おれが怖い……?」


 首を左右に振るアリスだが、小刻みに震えていてアメジストの瞳には涙が()まっている。


「アリス、君は嘘をついている。おれはシロの嘘つきが分かるくらい、一緒にいるし……。

 それに、『アリス』の肉ってどんな味なのか気になってるんだよね……」


「……あの時は、食べられなかったし」


 アリスは自分自身の『アリス』という言葉を不思議に思いつつ、「まぁいっか」と眠りネズミは呟く。


「じゃあ、いただきまーす……」


 手を食べようとする眠りネズミにアリスは恐怖を覚え、目をつぶり涙をこぼした。


「……。ごめん、冗談だってば。

 だから、泣かないで……」


 その夜はアリスが泣きに泣いて、眠りネズミはアリスの背中をさすり、頭を撫でた。


 数時間後にやっと誤解は解け、アリスは眠りネズミの服をつかみながら浅い眠りについた。



◇◇◇


 夢か現実か分からない世界で、アリスはまどろんでいる。まだ眠りについている状況だ。


「アリス……アリス……」


 アリスは誰かから肩を揺さぶられている。それでも、アリスの意識は曖昧になっていた。


「アリス!」


 意識がはっきりとして、アリスは完全に目が覚める。


 目の前には美しい青年が立っていた。


 青年の髪は黒く、仮面からのぞかせる瞳も黒い。衣服とズボンは白く、ブーツと高級そうな服についているフリルは黒かった。


 青年は白手袋を身に付け、いかにも貴族や王子といった格好をしている。


「ここは……?」


「ここは『仮面の国』だよ、アリス」


「仮面の国……」


 アリスが周りを見る。すると住人達は皆、顔に仮面をつけていた。


 不気味な雰囲気を(かも)し出しており、アリスは少しだけ体がひるんだ。


「あなたは……?」


 おずおずと青年にアリスは尋ねる。青年は律儀に頭を下げて自己紹介をした。


「僕は『ジャック』。この国の王子さ」


「王子様……。じゃあ、あなたが白馬の王子様なの?」


「いいや、僕はアリスの王子様じゃないよ。けれど今日だけなら、許してくれるかもしれないな……」


 最後につれて声が小さくなるジャックに、アリスは首をかしげた。


「いいや、何でもない。今日だけは特別に、僕はアリスの王子様だ」


「本当……!?」


「さぁ、アリス姫。手を取って」


 優しく手を差しのべるジャックに、アリスは彼の手を握り返す。


「今夜限りの世界へようこそ、アリス姫……?」


 ジャックは色っぽく笑ってみせた。



 気が付けば、アリスの夢はそこで終わった。アリスは目を開け、重たいまぶたを手で拭う。


 眠りネズミは深い眠りについており、いっこうに起きる気配がない。


「夢、だったのかしら……」


 アリスはしょぼくれた。せっかく楽しい夢を満喫していたのに、肝心なところで終わっては意味がない。


「やぁ、おまたせ。アリス姫」


 アリスが窓の方を見ると、そこには月に照らされたジャックがいた。


 ジャックに美しい淡い月の光が差し込み、仮面が着いた優美な笑顔を見せる。


「待たせてごめんね」


 一人前にも、ジャックは最小限の動きで着地をする。


「そんなことないわ。王子様が私を迎えてきてくれるの、ずっと夢だったの」


「本当かい? まさか、そんな風に思ってもらえるなんてね。嬉しいなぁ」


 アリスの頬に触れようとするジャックの前に、眠りネズミは銃弾を放った。


「おっと」


「きゃあっ!?」


 ジャックは手早くアリスを自分の胸へ抱き寄せ、守ってみせる。


 アリスは先ほどの発砲に驚いて怯えていた。


「今すぐアリスから離れろ!」


 眠りネズミはジャックに向けてしっかりと標準を定める。寸分先も狂っていない。


「おー、怖いなぁ。けれど、お前は()を撃てない。分かっていることだろう?」


 ジャックが悪魔のような笑顔を見せた。


 一呼吸置いて、眠りネズミがジャックに問う。


「……お前は、何がしたいんだ」


「ははっ、笑わせてくれるなぁ。あの時できなかったことをするんだ」


「まさか……」


「あぁ、追走劇さ」


 大胆にもジャックはアリスをお姫様抱っこし、部屋の窓から飛び降りた。


「……! 待て!」


 眠りネズミが窓の外を見たときには、アリスとジャックはいなくなっていた。


「くそっ……。こうなったら……」


 眠りネズミは部屋から飛び出し、魔法が組み込まれた電話をかける。


「……もしもし」


『なんだぁ~、眠りネズミか……』


 眠りネズミが電話をかけた先はもちろん、白ウサギだった。


 白ウサギはベッドに横たわりながら、魔法で浮いている受話器に話しかけている。


『ねぇ、聞いてよ~。ボクさっきまで悪い夢を見てたんだ。本当に最悪……』


「その話はまた後で聞くから。シロ、大事な話がある。急いで片付けないといけない」


 片付けるという言葉を聞いて、白ウサギは本来のラパンに切り替わった。


『……あぁ? 何だ、また殺しか?』


「殺すかどうか分からないけど……。シロ、聞いて」


『何だよ』


 苛立(いらだ)ちを覚えるラパンを怒らせまいと、眠りネズミは単刀直入に告げる。


「君の大切なアリスが誘拐された。犯人は『ジャック』の異名を持つ、ハイド・カベルネ・ウィリアム」


『……。ついにやりやがったな。あのくそ野郎の道化師が』


「道化師なのはシロも一緒だと思うけど……」


『あぁ!?』


「……何でもない」


 ラパンの大声を無表情で回避した眠りネズミは、引き続きアリスが誘拐された経緯を話し始める。


『だいたいの事情は分かった。俺とお前でアリスを救う……。あぁいや、あいつも必要か……』


「あいつって?」


『アリスと俺の友人だ。居候させてもらっている』


「へぇ……」


『とにかく』


 ラパンはため息をつき、手際よく霧の森へ行く準備をした。


 昔と同じように銃とナイフを。そして、金色の懐中時計を服の胸ポケットに入れて。


『万が一。アリスに何かあったら、奴を殺す覚悟はできている』


「……おれも」


 眠りネズミもラネオンとしてのスイッチが入り、ベルトに銃とありったけの弾倉や手榴弾を詰めこんだ。


『行くぞ』


「分かってる」


 アリスをジャックから救うために、二人の暗殺者が立ち上がった。

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