番外編 「月におぼれる兎の淡い恋心」
中秋の名月な番外編です 2018.9.24
ある日の深夜。眠れぬ夜を過ごしていたラパンは、空に浮かんでいる欠けた月を見つめていた。
「……綺麗だな」
ラパンは、今まで月を『綺麗』だなんてこれっぽっちも思っていなかった。その理由として、月は人を狂わせるという噂があったからだ。
「えぇ、綺麗ですね」
突然声が聞こえたと振り向いたら、それは苗代の声だった。
苗代はラパンとは古い付き合いで、ヘンリーやディリットのような悪友とも言える。
「またお前か……」
心底嫌そうに言うラパンに、苗代はくすくすと笑った。
「私は呼ばれてなくても来るのです。そう、まさに神出鬼没……とでも言いましょうか」
「もしかして暇なのか? カッコよく言い回しているつもりだろうが、俺にはお前が暇人にしか見えないんだが」
苗代は無言でラパンを見つめ、深いため息をついた。
「はぁ……。貴方は本当に痛いところを突きますね。友人と会うために、私の分身である形代をわざわざつけていると言うのに」
「本物のお前は、今どうしてるんだ?」
「はて……。どうしているのでしょうか」
わざとらしく言う苗代で、大抵のことを察してしまう。
「……。お前のことだ。また女をたぶらかしているんだろう」
「あらかた、そうでしょうねぇ」
そう言ってしばらくの間、苗代は月を眺めた。女性に手を出さなければ、顔も整っていて地位も約束されているいい男なのに。と、ラパンはつくづく思う。
「そういえば、もうすぐ中秋の名月ですね。準備はしているんですか?」
「いいや、エタンセル王国はそっちの文化とは違って、朝までどんちゃん騒ぎするらしい」
その話を聞いて苗代の口角が上がるのを、ラパンは見逃さなかった。
「お前、まさか……」
「そう、そのまさかです。七夕祭以来ですが、思いついてしまったものは仕方ありません」
不適な笑みを漏らし、苗代は月に向かって手をあおぐ。
「そうです! 我が国の文化をもっと知ってもらうためにも、望月祭を開くのです!」
「嫌な予感しかしねぇ……」
「さぁ、そうと決まれば飲むのです。酔いに任せてアイデアを生み出しましょう!」
どこからともなく杯と日本酒の瓶を出現させる苗代に、ラパンはげんなりした。
「やめてくれ、ほんと……」
思い返せば暗殺者時代、上司である指揮官には本当に感謝している。しかし、居酒屋やバーでの出来事はストレスと苦痛の連続だった。
頭を抱えるラパンを気にもせず、苗代は一人で酒盛りを始める。
そんなこんなで望月祭は計画通りに決行され、祭りが開かれることとなった。
「……ぎ。白ウサギ!」
少女の声に、白ウサギは勢いよく目を覚ました。白ウサギの目の前にはアリスがいる。
「あり、す……。……ッ!?」
頭が割れるように痛い。苗代が酔いの勢いで白ウサギに酒でも飲ませたのだろう。二日酔いなのか、頭痛が酷かった。
そして頭痛よりも厄介な症状が白ウサギを襲った。白ウサギの瞳はとろんとしていて、体が火照る。
惚れ薬というのだろうか。白ウサギは元からアリスのことが大好きなのだが、妙にアリスに甘えたくなる。
後で苗代をぶん殴ろうと決めた白ウサギは、アリスに抱き着いた。今までの上面だけの愛ではなく、心からアリスの愛を求めて。
「きゃっ!? 白ウサギ、あんたどうし……」
「少しだけ……。少しの間だけでいいから、甘えさせて……」
「わ、分かったわよ。本当に、少しだけなんだから」
いつもと様子が違う白ウサギに戸惑いながらも、アリスは白ウサギの頭を優しくなでた。
「あのー……。もうすぐご飯の時間なんですけど……」
アリスが白ウサギがリビングに降りてこないと心配した帽子屋は、なんとも言えない表情を浮かべていた。
その日の夜。白ウサギの二日酔いと惚れ薬の効果がとっくに切れた頃に、望月祭が開催された。
街の人々は月を見ながら団子を食べ、涼しい夜風に吹かれている。
帽子屋はこの機会を逃すまいと、いの一番に恋人探しへと駆けつけた。……結果は言うまでもないが。
二人だけになったアリスと白ウサギは適当な場所で団子を頬張りながら、大きな月を眺めている。
今夜は何と言っても中秋の名月だ。誰もが空を見上げ、月に見とれてしまう。
しかし、白ウサギは月よりもアリスに酔いしれていた。まだ惚れ薬の効果が残っていると思っていたが、ただの錯覚に過ぎなかった。
白ウサギはアリスが月を見ている間、アリスに何を言おうか考えていた。今日はいつものような言い回しや、気の利く言葉が言えないでいる。
しばらくして白ウサギは、苗代がある口説き文句を教えてくれたことを思い出した。ただ普通に、何気なく言えばいいと。
「……アリス」
「何?」
アリスと白ウサギは向かい合った。アリスの長くて黒い髪が月に照らされ、秋の風に吹かれてなびいていく。
白ウサギは一呼吸置いて、言葉を紡いた。
「……月が、綺麗だね」
その言葉を聞いたアリスは、少し月の方を見つめながら言った。
「えぇ、そうね。このまま時が止まればいいのに」
そして、彼らは秋の夜長を二人きりで楽しんだ。
月が綺麗ですね→「私はあなたのことを愛しています」
時が止まればいいのに→「今この瞬間が永遠に続けばいいのに」




