十七話 「青年が見た夢Ⅹ」
「兄さん……。なんで、なんで死んじゃったの……?」
泣きじゃくるルアに、ラパンとラネオンの間には何とも言えない空気が広がっている。声をかけようにもかけづらい状況だ。
「なんで……。なんで……?」
「ふふっ……ふふふっ。あははははっ!」
カルテの笑い声は茶会中に響き、素人でも分かるほどの魔力が溢れ出した。その影響で、並べられた食器が割れてしまう。
宝石のように美しい少年、カルテはついにその本性を現した。
「おかしいなぁ……。こんな感情は初めてだよ! ふふっ、笑いが止まらないんだ!」
カルテは魔法陣を展開させ、茶会の物をめちゃくちゃに破壊する。
ティーポットが割れた衝撃で紅茶はこぼれ、お菓子は散り散りになる始末だった。
「やめろ、カルテ!」
ラパンはカルテを止めにいこうとするが、それをラネオンがラパンの腕をつかんで彼を引き止めた。
「……何もしない方がいい」
ラネオンは目を伏せ、悔しそうに歯を食いしばる。拳に力が入り、ラパンの制服にしわが出来るほどだった。
「……。何でそんなこと言えるんだよ」
ラパンの表情はうつむいて分からないが、すぐに顔を上げ声を荒げる。
「あいつの、『家族』が! 死んだんだぞ!」
「……それが何……? 今まで散々、無感情に人を殺してきたくせにさ……」
ラパンはラネオンを胸ぐらを思いっきり引っ張り、感情のままに言葉を並べた。
「お前には分からないだろうな! 大事な人を、何も手を差し伸べられずに救えなかったことを!
これだから、あのおっさんに愛情を注がれたやつは違うんだ! 一人で甘やかされた気分はどうだ? お前は何一つ、あの頃から変わっていない!」
ラパンは一度少しだけ呼吸を止めて、言葉の波が余すことなく押し寄せる。
「孤児だからという理由で! 周囲から心配され、愛されたやつには、孤独の『こ』の字も知らないだろうな!」
それを聞いたラネオンは震えていた。悲しみではなく、怒りで震えている。
過去の記憶がフラッシュバックするが、それを何とか耐えてラネオンは一瞬でラパンに銃口を突きつけた。
「……ろよ」
「あ?」
聞き逃したラパンに、ラネオンは今まで半目だった眠たげな瞳を思いきり見開いた。
「もう一度言ってみろよ! 家とエナを捨てた半端者が!」
「あ……」
ラネオンから発せられた言葉に、ラパンは『あの時』の過去が頭に流れ込んでいた。
固まるラパンをよそに、ラネオンは先程の仕返しを八つ当たりのような形で、怒りをラパンに向ける。
「ラパン……。言われたことをそっくりそのまま返してやる。お前こそ、昔から何も変わっちゃいない!
貴族の名家に産まれたくせに、お前があの子にできたことは少ししかない! 恥さらしもいい加減にしろ!」
ラネオンは荒々しく呼吸をし、ラパンへ引き金を引く寸前だった。
「もうやめてよ!」
悲痛なルアの叫びが、茶会に反響する。
「やめて……」
ルアの赤い瞳から大粒の涙が流れていく。カルテのような演技ではない、純粋な悲しみだった。
「あぁ――ルア、悲しいねぇ。でも、僕には君が悲劇のヒロインぶってるようにしか見えないんだ」
カルテは口角を上げ、毒を吐く。よどんだ光を放つ宝石のような瞳には、闇と嘘が入り交じっていた。
「どうしてだろうね? 僕の目がおかしいのかな。いいや、違うんだなぁそれが!」
一人芝居のように、カルテはころころと声と表情を変えていく。
「……何が言いたいんだ」
ルアは静かに怒りを表し、拳を握りしめている。
「君はこんな展開がお望みなんだってこと」
笑顔を歪ませるカルテに、ルアは驚きで物も言えなかった。
「ほら、何も言えない。無言は肯定の意味ってことでいいのかな?」
カルテの問いが終わると同時に、突然カルテが切り傷だらけになった。
「は……?」
魔法によるものか、呪いによるものか。それは誰にも分からない。ただ、ルアの『赤い瞳』が影響しているのは確かだった。
「……みんな、死んじゃえ」
ルアの赤い瞳が、血のように赤く染まる。
「やめろ!」
ラパンがルアを止めようと手を伸ばしたのもつかの間、茶会に二度目の発砲音が響いた。
しかし、ラパンは負傷してもなおルアに手を伸ばす。もう、あの悲劇を繰り返さないために。
せめてもの罪滅ぼしで、ルアを救おうと決意した。
しかし、ラネオンに足と腕を撃たれたせいで、まともに歩くことすら許されない。
「『アリス』も、『白ウサギ』も、『眠りネズミ』も。みんな、みんな! ……死ねばいいんだ」
ルアの言葉を最後に、ラパンは切りつけられ倒れてしまった。
「アリ、ス……」
あの時のように、助けられない自分が本当に恨めしい。それでもラパンは、藁にもすがる思いで手を伸ばす。
『震えるあの子』を救えなかった償いすら、果たすことができない。体が思うように動かず、言うことを聞いてくれなかった。
その時、ラパンの瞳から初めて涙がこぼれた。視界がにじんでいく。
涙があふれて止まらなった。ラパンは嗚咽を漏らし、静かに泣いた。
「エ、ナ……」
薄れる意識でラパンが最後に見た光景は、涙を流しながら怯えているもう一人の『アリス』だった。




