十六話 「青年が見た夢Ⅸ」
お茶会の現状は、まさに狂気と憎悪に駆られていた。
ルアは自分の『兄さん』だったラパンを憎しみ、今にも殺そうとしている。
ラネオンは『アリス』であるカルテの血欲しさに、その血肉を貪り食べようと本性をあらわにする。
そして、突如として現れた『死神』の青年フレールは『アリス』を嫌い、憎み、『狂ったお茶会』を再開させた。
ルアは憎悪に当てられたのか、自分の武器であるジャックナイフを握りしめている。
「殺してやる……殺してやる……!」
ルアはジャックナイフで感情の思うままにラパンに攻撃したが、素早くラパンはかわす。
さらに、ルアに向けてラパンは容赦なく蹴りを入れた。
「ぐっ!?」
「詰めが甘い。隙がありすぎる。もう一度、俺との特訓を受けてみるか?」
ラパンは不適に笑って、余裕の表情を浮かべている。こんな状況に置いてまで、なぜか楽しそうに見えた。
「うるさい、黙れ! お前はもうぼくの『兄さん』でも『家族』でもないんだ!」
言い捨てるルアにラパンは一瞬だけ顔をくもらせたが、ルアに向けてハッキリと切り捨てる。
「……。そうか、やっと認めてくれたな。なら……。
お前は俺の『敵』ということだ」
まるで瞬間移動でも起きたかのように、ラパンは一瞬にしてルアを蹴り飛ばす。
「がはっ!?」
「……」
苦しむルアをラパンは、今までのストレスや恨みをこめて容赦なくルアを蹴り続けていった。
その光景を見ていたカルテは、二人の間に割って瞳をうるわせる。
「酷い……酷いよ……。白ウサギ……! 君は弟だったルアを殺すつもりなの……?」
宝石のような瞳から大粒の涙が流れ、カルテのすがり祈る姿に、ラパンは動揺した。
「ぐっ……」
ラパンは過去との自分がフラッシュバックし、ルアを蹴るのをやめた、その瞬間。
「なーんてねっ!」
カルテはラパンに向けて、手をかざしただけでラパンを吹き飛ばしてみせる。
「なっ!?」
「ふふっ……あはははっ! 白ウサギぃ……こんな僕の嘘を信じてくれたの? 君は優しいよ……。――本当に」
とどめを指そうとするカルテだが、その隙に躊躇なくラネオンは銃を発砲した。
「がっ……!?」
どんどん血であふれるわき腹を、カルテは死に恐怖せずに手で押さえていく。
「くそっ……。ラネオン……まさか君が、銃を扱えるなんてね……」
「うん……。意外でしょ……? だって……シロを守るのは、どんな理由であろうとおれの自由だから……」
ラネオンは、銃の手入れをしつつ答えた。
「……。あっそう」
そしてわき腹を押さえながら、カルテはもう片方の手で魔法陣を展開させる。
「……お前らなんて消えろ。存在ごと消えてしまえ!」
激昂するカルテは破壊魔法を発動させ、茶会のあらゆるものを破壊させていく。
「ふふっ……あはははっ! 壊せ、消えろ! 何もかも無くなってしまえばいいんだ!」
「……」
カルテをいつでも殺せるように、銃を構えるラネオンとナイフを持つラパン。
「待つんだ、『アリス』!」
だが、どこからともなく『死神』フレールがカルテの前に立ちはだかった。
「あはっ、自分から来てくれたんだねぇ!」
頬を赤らませ光悦するカルテだったが、急に声のトーンを落とし、
「嬉しいよ」
カルテは無詠唱で、フレールめがけて無数の刃を雨のように降り注がせてみせた。
「ッ……!?」
「あはっ! あははははっ! 死んじゃえ、お前みたいなろくでもないやつなんか死んじゃえ!」
「兄さんに……なんてことするんだ!」
いくつかのジャックナイフを、カルテへ向けて魔法で放つルア。
カルテは退屈そうに防御魔法を展開させ、ジャックナイフを跳ね返した。
「あのさぁ……ルア。そんな低級な魔法で、僕に敵うとでも思ってたの?」
「黙れっ! 兄さん、すぐに治すからね!」
「……」
傷と血だらけのフレールに駆け寄るルアを、冷たい目でカルテは見つめた。
「あぁ、ルア……。オレの愛しい弟……」
フレールはルアの頬を優しくなでようとしたが、上手く力が入らず尽きてしまう。
「兄さん! 待ってて……。だから、お願い……死なないで……」
ルアの赤い瞳から透明な涙がほろほろと落ちる。
そして、なんとかフレールに治癒魔法を施すことができた。
「兄さんは……。オレは、死なないよ……? ルア……」
フレールは震える腕で、今度こそルアの頬を優しくなでる。
「だから、心配……しないで……」
穏やかに微笑むフレールに対して、ルアは涙を浮かべていた。
「嫌だ……。行っちゃ嫌だ! 兄さん、またぼくを置いていくの……? またぼくを見捨てて、一人ぼっちになれって言うの……!?」
幼い頃の自分がフラッシュバックし、ルアは涙で視界が見えなくなる。
「いいや、違うよ……ルア。オレの愛しい弟……よくお聞き」
力を振り絞り、ルアの頭を優しくなでるフレール。
「兄さんは、オレは……。必ず戻ってくる……絶対に。
だから、それまで……幸せに、なって……」
フレールの腕がむなしくも垂れ下がり、彼の意識は途絶えて光となり消えていく。
「兄さ……」
その言葉を最後に、茶会にルアの悲しい叫び声が響いていった。




