番外編 「魅惑と酩酊のミッドナイト」
酩酊……ひどくお酒に酔うこと。
ミッドナイト……外国語で真夜中の意味
夜もふけ、明かりが目立つ街の通りで、酔っぱらった女性とそれをお姫様抱っこする男性がいた。
女性は陶酔しきっており、同じような話を何回もしている。
「だーかーらぁー。待ち合わせは、一年前に行ったバーだ、って言ってるだろぉ。ラパァン」
「『指揮官』、お酒を飲み過ぎるのもよくありません。あまり同期や部下達にこの状況を知られたら……。アルザス家、末代の恥です」
ラパンと呼ばれた青年の言う通り、彼らの様子は少しばかり悪目立ちしている。
さらにラパンはただの暗殺者ではない。『英雄』がいる貴族の家系で、他国の王族達に一目置かれているアルザス家の一人なのだ。
ラパンは少し考えるそぶりをして、呆れたように口を開いた。
「……それに。メルロー指揮官の行きつけであるバーには、もう何回も行っています。あまりこのような事態が続くと、私が上層部の方へ連絡しますよ」
「それは嫌ぁ! 私が上司なんだからぁ、私の言うことを聞けよぉ~!」
金髪の長い髪の女性――。メルロー・シュトルツの声が通路に響く。
ラパンは一瞬だけ、仕事である暗殺業を辞めようとも考えたが、そう簡単にはいかない。
ラパンには闇に混じって人を暗殺する、汚れ仕事にしか向いてない。
もし道を一転し、昔のように従者として働いてもやることはほとんど一緒だろう。
「……今日だけは、貴女の言うことは聞けません」
そう言うと、ラパンはメルローに口づけをする。深く、なめ回すように。じっくりと。
二人の吐息が漏れる。舌と舌が絡み合い、糸を引く。
体が火照る。熱を帯び、もっと『したい』と思うようになる。
『ラパン』がこんな気持ちを抱いたのは初めてだった。
誰かに、何かに。欲や情を抱いたのは。
しばらくして、『ラパン』は口づけをやめてメルローの様子を見た。
「どうしたんです? シュトルツ様」
『ラパン』は余裕の表情を浮かべていたが、メルローは肩で息をして頬を真っ赤に染めている。
「ラパン……こんなことをして、許されるとでも……」
「いいえ。許されるとは思っていません。……ですが、今夜限りはお許しを」
そう言うと『ラパン』はゆっくりとメルローを下ろし、近くの壁に彼女を追いつめるよう、手を突き出す。いわゆる壁ドンというやつだ。
「ひぃっ……!?」
「大丈夫です。優しくしますから」
そうして、優しくも深い愛情がメルローに注がれていった。
少し離れた場所で、その様子を見ている男三人組がいた。
一人は黒髪にアメジストの瞳をした、穏やかだが奥手な男性。ヘンリー・エトワール。
「うわ~……。いつ見てもヤバイね。苗代のもてあそびっぷり。俺も女の子は大好きだけど、あそこまではがっつかないなぁ」
「ふっ。オレならもっと派手にいくぜ。手にあごを乗せ、見つめ合う……! そして熱いキッスを……!」
天然パーマな黒髪に鋭い目付きの男性、ディリット・サングリア。少し妄想癖が激しい。
「呪術を使って俺の体で遊ぶなよ……。今にも吐きそうだ……」
そういった経験は一切ない、白髪赤目の男性。ラパン・アルザス。
「ラパン、大丈夫か? 吐くならこの袋に」
「すまない……」
ヘンリーがラパンに茶色の袋を手渡すと、ラパンは今日食べたものを思いきり戻した。
ヘンリーがラパンの背中をさすりつつ、ディリットに話題を出す。
「にしても、本当に苗代って趣味悪いよなー。他人に化けてそういうことするって……。それこそ、『望月の国』に伝わる化け狐みたいだ」
「まぁ、俺はそういう伝承に一切興味は無いがな!」
「ディリット、お前……。よくそんなので皇子が務まるよな」
苦笑混じりにヘンリーが言うと、ディリットがカラスのようにぎゃあすかと反論を並べる。
東雲苗代。とある神を信仰する『望月の国』を統べる東雲家の第一皇子で、数年後には皇帝を約束されている。
普段は狩衣の白装束を身にまとい、右目を隠した水色の髪と瞳が特徴的な男性だ。
しかし男女の色恋沙汰には弱く、誰かに化けて手を出すというのは彼にとっては常習犯のようなもの。
今『ラパン』とメルローの間で行われているのも、もちろん苗代の仕業だ。
「東雲……。後でっ、覚えとけよ……」
まだ吐き気がおさまらないラパンは、口もとに手をそえながら呟いた。
数時間後。路地裏から苗代が帰ってきた。変化の術はしておらず、元の姿に戻っている。
「やぁ、三人ともお久しぶりですね。私のこと……覚えてます?」
まるで数年ぶりに会った想い人のように、にこりと微笑む。
水色で赤い紐で束ねられた髪と切れ味のある細い瞳。白装束につけられている梅と菊の結び目が、ラパン達の国とは違う異国の文化だと知らされる。
また、彼からただよう色気と、人を惑わすような笑顔は隠しきれずにいた。
「出た。苗代お得意の元カノのように振る舞うやつ。もっと可愛い女の子だったら最高なのに」
「そうだな。東雲苗代のようなみだらな男じゃなくて、麗しい女性がオレは好きだ」
「……自分の性癖を、暴露してんじゃ、ねぇよ……。うっ……」
吐き気のあまり、ついに茶色の袋を常備したラパンは、いつでも戻してもいいようにスタンバイしていた。
「そういうラパンはロリコンだよね」
「あぁ、ロリコンだな」
「違う……。俺は、エナが好きなだけ……」
「そういうのをロリコンって言うんですよ。ラパン」
「お前ら……。こういう時にだけは、意気投合するよな……」
三人の意見に押され、ラパンにはこれからの事はどうでもよくなっていた。
「まぁね」
エナを我が物顔で答えるヘンリー。
「そうだな」
得意げな顔で答えるディリット。
「そうですね」
混じり気のない笑顔で答える苗代。
すると、何を思い立ったのかヘンリーは突拍子にもないことを言い出した。
「じゃあ、四人でラパンの行きつけのバー。行っちゃいますか」
「いいな、それ。もちろん、ラパン・アルザスのおごりでな!」
話はラパンの了承もなしに、どんどん進んでいく。
「賛成です。体調が優れない彼には少し酷ですが、私の経験談も交えて談笑でもしませんか?」
「おっ、いいね。俺はぁ、元カノとの修羅場を含めた大長編で!」
「そうだな、オレは今まで口説いた女の数を……」
「ディリット、それ完全に黒歴史のやつだよね? そうだよね?」
「うっ、うるせぇぞ! ヘンリー・エトワール!」
いつも通りに『鳩』と『カラス』の喧騒が響いていく。
「……ラパン。夜はまだまだこれからですよ。へばっていては元も子もありません」
苗代が穏やかにラパンに指摘したかと思えば、ラパンに回復術を施していく。
「本当、お前らは……。仕方のないやつらだ」
本調子に戻ったラパンは、こんな日もいいかもしれないと、魅惑と酩酊に酔いしれる夜の町へと歩いていった。




