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アリスは外の世界へ行きたいようです  作者: 吐 シロエ
過去編 狂ったお茶会編
17/62

☆番外編 「泡沫のまどろみティータイム」

アリ外1周年おめでとう! 2018,6/26

「嫌なことは数えても減らない」


 ラパンが実家のアルザス家に身を寄せていた頃。彼は口癖のように言っていた。


 そう言うと決まってラパンの兄、レクス・アルザスはこう返す。


「ラパン、君はね。嫌なことをいちいち思い出すより、自分が幸せになることをゆっくり、じっくりと考えて、それを探せばいいんだ」


 ラパンはため息をつき、光を灯さない目でレクスを見つめ返す。


「それができないから、兄さんに相談してるんだろ。兄さんは何でもできる。剣術も、勉学も。そして社交場の付き合いやダンスだって」


「それに兄さんは俺とは比べ物にならないくらい、何もかもが勝ってる。親の七光りっていうのは、こういうことを言うんだな。『英雄』さん?」


 ラパンは皮肉まじりに笑うと、レクスはそれが当然だと言うように、あっさりと言い放った。


「あぁ。そうだね、ラパン。確かに僕は才能があり、適性がある。僕は恵まれている」


 レクスは赤いリボンで()った、長くたおやかな白い髪を手で軽く振り払い、幼い子供を(さと)すかのように、優しくラパンに言い聞かせた。


「けれどね、ラパン。人には適材適所と言うものがあるんだ。例えそれが、人を殺すのが得意だとしても。僕みたいに表立って活躍できなくとも。

 君を必要とする人は必ずいる。それは、案外近くにいたりしてね」


 レクスはラパンの頭を白手袋越しにポンとなでると、チリンチリンとベルの鳴る音が、かすかに中庭に響いた。


「ほら。噂をすれば、だ。君の大事な『お友達』の皆が呼んでる」


「そうだな。俺のことを『家族』とも言ってくれた」


「へぇ、良かったじゃないか。王族のエトワール家やサングリア家のお気に入りだなんてね。僕はなぜか毛嫌いされてるから」


「ふっ」


 ラパンはかすかに笑みを浮かべて鼻で笑い、レクスを馬鹿にする。


 レクスは笑われたことは気にしてはいなかったが、ラパンを穏やかに指摘した。


「そういうところだよ、ラパン。君は鈍感すぎる」


「どういうことだ?」


 ラパンの問いにレクスは口もとに指を軽く当てて、いたずらっぽく微笑んだ。


「自分の力で気づいてみせなよ。どんなに遅くても、ね」


 ラパンを急かすように二度目のベルが鳴った。一度目よりも少し乱暴に鳴り、ラパンは呼び出した『友達』のもとへ足早に向かった。


「ふふ、懐中時計なんか握りしめて。まるで『白ウサギ』のようだね? 僕の可愛いラパン(うさぎ)ちゃん」



 ラパンがベルの鳴った薔薇(ばら)の庭園を着いた頃には、午後の四時を少し過ぎていた。


 暑すぎず心地よい日差しがさす庭園は、『お茶会』をするのに打ってつけの場所だ。


 アルザス家が所有している中庭から少し離れていて、まさに知る人ぞ知る『秘密の楽園』と言った所だろうか。


「おい、遅いぞ! ラパン・アルザス!」

 

 天然パーマな黒髪の青年が、ラパンに噛みつくような荒々しい言葉を放った。


 彼はディリット・サングリア。圧倒的な戦力と軍事力を誇る、クリーク帝国を統べる皇帝の一人息子。


 『カラス』のような黒い髪に、鋭く黄色い瞳。軍服を身にまとい、黒く濃い眉毛が特徴的だ。


 皇帝である父親に似たのか、必要のないと判断した者は文字通りすぐに切り捨てる、恐ろしく冷酷な性格だという。


「すまないな、ディリー」


「おまっ……! てめぇ、ラパン……! そのあだ名で呼ぶなって言ってんだろ!」


 ディリットは頬を赤く染め、勢いよく椅子から立ち上がった。

 

 ラパンはちらりとディリットの方を見たが、特には動じず淡々と茶会の準備を進めていく。


「悪かった。……いや、エナがお前のことを知りたいと言っていたからな。お前が怖いらしい」


「エナ嬢がオレの事を!? マジかよ!」


「あはは~。ジュエリーがそんなこと言ってたなんてねぇ。ていうかディリット。ヤのつく職業みたいな感じで、俺のジュエリーを気安く呼ばないでほしいんだけど?」


 驚いているディリットをよそに、アホ毛が目立つ黒髪の青年が口を挟んだ。白いレースのついた上質な生地の衣服を身にまとっている。


 そのほとんどが白で形成されていて、瞳はアメジストのようにきらきらと光っていた。


「ヘンリー・エトワール……。お前も大概(たいがい)だろ! 何なんだよ、『ジュエリー』って! 大事な妹のジェリエナ・エトワールは宝石ってか? シスコンにもほどがあるだろ!」


 ぎゃあぎゃあとカラスのようにわめくディリットとは対称的に、ヘンリーと呼ばれた青年は冷静に対処する。


 ヘンリー・エトワール。平和主義の国、フリーデン王国の第二王子だ。彼は平和主義を謳う知的な王子で、そのさまは平和の象徴である『鳩』のようだと、国民達に浸透されている。


「そういう君はファザコンが過ぎる。まだあのテディベアを持ってるとは……俺も驚きだよ」


「もういっぺん言ってみろよ、平和の象徴『(はと)』さんよぉ?」


 ディリットはヘンリーを煽りつつも、手をポキポキと鳴らした。


「ディリット、君はもう少し理性を保つべきだ。いくら軍人国家の皇子であろうとも、少しは冷静さを……」


「ヘンリー! それ以上言うと、お前の国を壊滅させるぞ!」


 ヘンリーはフッと鼻で笑い、呆れたようなしぐさをする。


「はっ、ディリット。またお得意のパパに頼るのかい? 本気で言ってるようなら……」


 ヘンリーはあごでラパンに合図すると、ラパンはどこからともなく、ディリットの首元すれすれにナイフを取りだした。


「ディリット・サングリア。文字通り、君の首をはねることになる。平和主義の俺を怒らせるな」


「ぐっ……」


「俺も、その意見には賛成です。仲の良いお二人に戦争なんて、血なまぐさいは見たくないので」


「ほらね? ラパンもこう言ってる」


「あー……くそ。わあったよ。俺も頭に血がのぼりすぎた。すまない、悪かった」


 ディリットはガシガシと頭をかくと、落ち着きを取り戻したのか椅子に座った。


「それでいいんだよ。最初からそう言えば良かったのに」


「俺も……二人が和解できて何よりだ。茶会の準備、できたぞ」


 ディリットとヘンリーが喧嘩している間、ラパンは手早く茶会の準備を進めていたようだった。


 豪華な食器の上に、色とりどりの洋菓子が並ぶ。

 

 紅茶はもちろん、マカロンやケーキにパイ……。目もくらむようなスイーツの楽園だ。


「相変わらず、ラパンの作るもんは何でもうまいよなー。家庭力があるっていうか何て言うか……。あ、お袋の味……?」


 ディリットはフォークでマカロンを刺し、口に運びつつ言葉を並べる。


「え……? あの冷酷な皇子のディリットが人を褒めた……? これは、槍か銃弾の雨あられが降るかもねぇ?」


「文字通り、お前の家に銃弾をぶっ放してもいいんだぞ? んん?」


 そう言って、彼らは笑いあう。戦争が起きかねない冗談を言えるのは、この二人しかいないだろう。


「あぁ、兄さん……。兄さんが言っている意味が、ようやく分かった気がする……」


 ラパンは誰にも聞こえない程度に呟く。


 この先どんな辛いことや後悔があろうとも。今は、今この時だけは。


 平和な時間(ティータイム)がいつまでも永遠に続いてほしいと、ラパンは心から願ったのであった。

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