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アリスは外の世界へ行きたいようです  作者: 吐 シロエ
過去編 狂ったお茶会編
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十四話 「青年が見た夢Ⅶ」

「ただいま~!」

「………」


 上司であるメルローの任務から笑顔で帰ってくるラパンと、対称的に暗い顔をするルアに周りの者達は驚きを隠せなかった。


 普段の彼らの態度はまるで逆で、今までのラパンでは笑顔の『え』の字も入らないような男だったからだ。


 ラパンは周りに笑顔で駆け寄り声をかけていくが、あまりの変わりように周りの者達は一目散に避けていった。


 そして遠目にいるラパンについての話をひそひそと声を殺しつつ、噂話を広めていく。


「お、お前達……いったい、どうしたんだ……?」


 その騒ぎを聞きつけた、指揮官でラパン達の上司であるメルローでさえも呆気(あっけ)に取られた。


 驚くのも無理もない。いつも仏頂面で不満そうな顔をしていた部下が、前髪で隠しているものの左目を潰され気がおかしくなり、今の状況に至るのだ。


「それは僕から説明します」


 この事態を収めるべく、やけに美しい金髪の少年――カルテが割って入って見せた。


「誰だ貴様は」


 警戒し睨みつけるメルローに物怖(ものお)じせずに、カルテは笑みを崩さず答える。


「僕はカルテ・ソミュール。彼らの友人です。以後、お見知りおきを」


「友人だと……?」

「はい、友人です」


「……。そうか。カルテ、お前は客人として扱うことになる。それでもいいな?」


「はい。そのつもりで来ましたから」

 

 カルテは笑顔を絶やさず、にっこりと答えた。


「変わった奴だ」

「よく言われます」

 

 と困ったように苦笑を交じらせ、やはり笑顔で答えるカルテだった。


「まぁいい。ルア、案内してやれ」

「……はい」


「その代わりだ、ラパン・アルザス。お前には任務の報告と別件で話がある。後で指揮官室に来い」


「分かったよ、『指揮官』さん」


「私語を慎め。私語を。……全く、何がどうなっているのやら」


 肩をすくめるメルローを歩きながら流し目で見つつも、ルアはカルテを客室に案内した。


 客室は空調も整っており、清潔でいてアンティーク調な部屋だ。壁にかけられている振り子時計は一時間ごとに音が鳴り、時刻を知らせる。


 ソファもベッドもふかふかで、テーブルの上には高級そうな洋菓子が皿の上に常備されており、なかなかの優遇対質な客室だ。


「ここがお兄さんのお部屋。何かあったら、メルロー姉さんかラパン兄さんに聞いて」


 と、ルアはぶっきらぼうに言った。カルテはベッドが気に入ったらしく、ベッドの上に座っている。


「あはは、何だか悪いなぁ。でも、なんで君には相談しちゃいけないのかな?」


「ぼく、お兄さんのこと、嫌い。それだけ」


 ルアはさっさと切り上げようと簡潔にはっきりと言い、カルテに背を向けた。


「あはっ、随分と嫌われたものだなぁ。僕、君に何かしたっけ?」


 ルアに自分の姿が見えないため、笑顔を歪ませる。人の見えないところで本性を現す、ずる賢い少年だ。


「お兄さんが『アリス』だから」


 目を見開き驚いた素振りを見せるも、カルテは不敵な笑みを浮かばせる。


「……。ふーん、そうなんだ。と言うことは、君……僕に嫉妬してるんでしょ」


 図星で体がびくっと震えたが、それでもルアは意地を張った。


「……してない」

「してる」


「……」


「それじゃあ、君にも分かるように説明してあげる。

 要は、『白ウサギ』が『アリス』……つまり、ラパン兄さんが僕にべったりしてるのが気に入らないんでしょ? そういうところ、君の本当の兄にそっくりだ。まぁ、兄弟だから仕方ないんだろうけど……」


 黙り込むルアを諭すように話すカルテは、丁寧な説明ながらもどこか悪意のあるものだった。


「そう、そうだよ。ぼくの兄さんを取っていい気になって。ぼくの兄さんを返せよ!」


「その言葉、そっくり返してもらうよ」


「姉さんを返せ。お前の兄が僕の姉さんを殺したんだ。この『アリス』殺しが」


 怒り散らすルアに、カルテは冷たい口調と目で言い放つ。


「ッ……! やっぱり……お兄さんのことなんか嫌いだ。大嫌い!」


「何とでも言えばいいよ。今度は僕が姉さんの仇を()つから。次こそ絶対に、君の兄を殺してやる」


 張り詰める空気を解くかのように、ちょうどラパンが客室のドアを開けて入ってきた。


「二人とも、ちゃんと仲良くしてる? じゃないとボク悲しいよ。悲しくて死んじゃいそう」


「仲良くしてるよ、兄さん」

「仲良くしてるよ、白ウサギ」


 同じような言葉と笑顔で答えるルアとカルテだが、先程のこともあって二人とも顔を背けた。


「わぁ、嬉しいなぁ。ボクは幸せ者だよ」


 白ウサギは相変わらずのニコニコ笑顔だが、何かを思い出したように急に手を叩く。


「あ、そうだ。聞いて二人とも! 明日のお茶会はね、眠りネズミも誘うんだ。いいでしょ?」


「うん、いいと思うよ。ルア、君は?」


 笑顔で先程のことをなかったかのように演じるカルテに怒りを覚えつつも、ルアはそれに応じた。


「ぼくも、兄さんのアイデアはいいと思うな」

 

 ルアも賛成するが、心の中ではある憎しみが積もっていた。

 

 なぜ自分の左目を潰した奴なんか誘うんだ。やっぱり兄さんはおかしくなったんだ。これも全部、眠りネズミのやつと『アリス』のせいだ。絶対に殺してやる……!

 

「じゃあ、一緒に行こうか。ボクは眠りネズミを呼んでくるから待っててね~」


「いってらっしゃい、兄さん」

「いってらっしゃい、白ウサギ」


 また先程と同じようなことになり、二人は顔を背けた。二回目だ。


 しかし、この時はルア以外の人間は思いもしなかった。これから悪夢が始まるということを。


 その悲劇の足音は、ゆっくりと音を立てて歩いて行った。

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