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アリスは外の世界へ行きたいようです  作者: 吐 シロエ
過去編 狂ったお茶会編
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十三話 「青年が見た夢Ⅵ」

「は……? なんだ、これ……」


 先程まで自分を苦しめていた左目の痛みはなくなり、今度は焼けるように熱くなる。まるで炎の海に焼き尽くされているかのように。


 ラパンは手袋越しに左目だった『何か』に触れる。嫌な音が響いたが、ラパンの中ではそんな事はどうでもよくなっていた。


「ふふっ……ははっ……。はははははっ!

 あはははははっ! あははっ!」


「兄……さん……?」


 青年の右目から涙が、左目だった物からは血が溢れだす。ラパンの心は完全に壊れてしまった。その狂った光景に、ルアでさえ驚きを見せている。


「兄さん? 兄さんってボクのこと? ボクの名前は『白ウサギ』だよ! ふふっ、アリスを探しにいかなくちゃ。もうすぐお茶会が始まるんだ……」


 壊れたラパンは妄言を吐きだし、夢遊病のように(うわ)ついた体でどこかへ行こうとする。だが何者かの力で倒れてしまい、動きを封じられてしまった。


 その正体はラネオンだった。つまらなそうにあくびをし、流し目で冷静に判断を下す。


「なんとか動きは封じてみたけど、魔法の効力があんまり……。あ、シロが『災厄』だからか。そっか……うーん……。いくらシロでも、やっぱり『災厄』は眠ってもらうしかないなぁ。……永遠に、ね」


「兄さん!」


 とどめを刺されないようにとルアは勢いよくラパンの前に飛び出し、決死の思いで『兄さん』をかばった。


「……邪魔なんだけど」


 ラネオンは子供相手でも容赦なくルアに向けて銃を撃つ。いつもの眠たげな目はどこかへ消え去り、冷酷な瞳に変わる。


「ッ……!?」


 撃たれた銃弾はルアの右腕を狙い、血をまき散らしながら突き抜けていった。


「あぁ、誰かに似てるなぁって思ってたら……。そうか……。君、あいつの弟だったんだね……。君が『兄さん』に執着する訳だ……」


「なんで、ぼくの本当の兄さんを知ってるんだ!」


「知ってるも何も、おれの同僚だったからだよ……」


「……!」


 撃たれた右腕を左手で抑えながら、ルアはラネオンを憎悪の目で睨み付ける。


「なるほど……。ちょっと分かってきたかも……」


 ルアの赤い瞳を見つめつつ、何やらラネオンは納得したようだった。


「うるさい……黙れ……。

 お前にフレール兄さんの何が分かるって言うんだ!」


「僕もその意見に賛成だなぁ」


 怒り散らしたルアに同調するように突然現れた人物は、ルアより年上の十代中頃ぐらいだろうか。服装は黒いローブが全身をすっぽり(おお)っていて、誰かは分からない。


「誰だよ、お前……!」

「あぁ、ごめんごめん。悪かったね」


 謎の人物がルアに軽く謝るとローブを外し、その素顔を見せた。


「僕はカルテ・ソミュール。『アリス』とも言うべきかな。ルア……だっけ? 君のお兄さんにはとてもお世話になったよ」


 カルテと名乗った少年はにっこり笑顔で答えたが、首や両腕は包帯だらけでボロボロだ。左頬には四角い絆創膏も貼っている。


 ローブから見える衣服は白く、シンプルながらも高級な素材を使っていて育ちの良さが伺える。細い(ひも)状の青いリボンを(えり)に通し、ズボンは黒く彼の足首を隠すほどの長さだ。靴は薄茶のローファーを()いている。


 透き通った金髪と声。宝石のような青い瞳は、誰もが振り返られずにはいられない絶世の美少年である。


「お前が……お前が……。フレール兄さんを!」


「おっと。勘違いしないでほしいな。確かに僕は君のお兄さんを刺したけど、死んではいないよ。だって君のお兄さんの役割は『死神』だろう?」


「何の、話を……」


「まぁこの話は後でもいいや。白ウサギ、僕だ。『アリス』だよ」


 ルアを初めから眼中になかったかのように、カルテはラパンに向けて微笑んだ。


「アリス……! 良かった、無事だったんだね!」


「もう僕のことは大丈夫。心配かけてごめんね? さぁ、一緒にお茶会へ行こうよ」


「うん、一緒に行く!」


 二人はルアのことなど気にせずに、さっさと茶会の場所へ向かい歩いて行った。

 

「何だよ、それ……! なんで兄さんをぼくから奪うんだ! 兄さんは……兄さんは……たった一人の大切な人なのに……! 殺してやる……。アリスなんてやつは絶対に殺してやる!」


 憎しみと嫉妬で怒り狂ったルアの背後には、彼に似た青年がいた。


 ルアと同じ金髪で赤い瞳を持ち、腰のあたりまで三つ編みを伸ばしている。服装は黒ずくめで『死神』のようだった。


「やぁ、オレの愛しい弟。これも『兄さん』のためだ。やるべきことは分かっているね?」


 黒ずくめの青年は不適に笑い、口もとをルアの耳に近づけてささやく。


「……分かってるよ、フレール兄さん」


「兄さんは『アリス』が嫌いで仕方ないんだ。だから何回も彼に手をあげた。殺しかけたこともあった。今度はお前の番だよ、ルア」


「……うん」


 すると青年は態度が気に入らないのか急に弟の両肩をひん掴み、目を見開いて洗脳するように話した。


「『アリス』という存在を消せ。兄さんの邪魔になるものは全部壊して殺せ。オレからの命令だ。必ずアリスを殺せ。

 オレに服従しろ。兄さんのためなら血で手を汚したって構わない。この約束を頭に刻み込め。いいか、絶対に忘れるなよ」


「わ、分かったよ……」


 怯えきって涙を流すルアに満足したのか、またもやフレールの態度が急変し元に戻る。


「……いい子だね、ルア。じゃあオレは帰るよ。兄さんは、いつでもルアの心の中にいるから」


「……うん、またね」


 フレールは精霊と共に消えていき、その光景を見ていたラネオンはつまらなそうに帰っていった。


「ぼくがやるんだ……。兄さんのために……!」


 白ウサギと談笑しつつも一部始終を聞き逃がさなかったカルテは、ぼそりと言葉をこぼした。


「……役者は全員揃ったみたい」


「アリス、どうしたの?」


「ううん。なんでもない、ただ……」

「ただ?」


 壊れた青年に問われた『アリス』の少年は無邪気に笑い答える。


「これから皆が無様に殺されていくのが楽しみで仕方ないんだ」

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