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アリスは外の世界へ行きたいようです  作者: 吐 シロエ
過去編 狂ったお茶会編
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九話 「青年が見た夢Ⅱ」

 暑い、だるい、息苦しい。


 そんな不快感を味わいつつ、白ウサギは髪と体を汗で濡らしていては熱にやられ苦しんでいた。


 暑苦しい街の部屋に窓も開けずに寝るなんて自殺行為だ。窓を開けて夜風に当たって水でも飲もう。そう思って目覚めようとした時、ドアが開く音がした。


 誰かが部屋に入ってきた。勘付いた白ウサギは意図的に眠るフリをする。目は閉じているが、周りに意識を集中させる。いわゆる(たぬき)寝入りだ。そんな状態で白ウサギは周囲を見張る。


「探すまでに苦労したよ、兄さん」


 最初に湧き上がった感情は驚きだった。なんで自分を見つけられたのか。どうして居場所が分かったのか。白ウサギは冷や汗をかいた。


 次に湧き上がった感情は怒りだった。自分を酷い目に遭わせたのはお前のせいだ。あの時、同僚達からお前を預けなければよかったんだ。そうすれば、あんなことなんて起きなかったはずなのに。


 様々な感情が入り混じっている間に、白ウサギの鼻から()ぎ慣れた血の臭いがした。どうせまた、罪のないたくさんの命を奪ったんだろう。白ウサギはそれしか考えられなかった。

 

 あいつにとって暗殺は遊びだ。人が逃げまとい、命乞いする姿を面白いと思っている。


 苦痛に叫び、親を亡くした子供達の泣き声。子供の命だけは見逃してほしいと必死に叫ぶ母親の声。自分の命だけは助かりたいと、同族を売る人間。そして、自分を売った人間を恨む声。


 自分もその光景を何度も見てきた。かつては、白ウサギも彼と同じ暗殺者だったからだ。依頼を淡々とこなし、人間関係もまともに作らずに一人で過ごしていた。


 そんな時だった。同僚たちにあいつを押し付けられたのは。あいつなんか、いきなり駆け寄ってきて……。


 突然、腹に鈍い痛みが走る。はっと目を開け起き上がると、少年の姿がそこにあった。憎くてたまらない、奴の顔が。


「やっと起きてくれたね、兄さん」


「……あぁ、久しぶりに会った兄さんの腹を踏んでくれるとはな。『三日月ウサギ』――いいや、ルア」


「わぁ……! 久しぶりに兄さんがぼくの名前呼んでくれた!

 じゃあさ、じゃあさ……。ぼくも兄さんの名前呼んでいい!?」


 きゃいきゃいとはしゃぐルアは、白ウサギの許可なく満面の笑みでその名前を呼ぶ。


「ラパン兄さん!」


 名前を呼ばれた瞬間、白ウサギの時間は停止した。また意識がなくなる。夢の続きを見てしまう。


 耐えようとしたが、目の前が真っ暗になり意識が遠のく。


 突然、白ウサギは強烈な吐き気に襲われた。それは倒れるのに十分な症状でしかない。頭の中で何かがぷつりと切れたのを最後に、白ウサギの意識は完全に途絶えてしまった。



◇◇◇


 とある場所で、その施設はひっそりとたたずんでいる。人気(ひとけ)のないところで建築され、設備は万全。飢え死にすることはなく、むしろ快適に暮らすことができる。


 快適に暮らせるのはいいところだが、部下と上司の上下関係。社会には欠かせない人間関係。


 そして仕事の達成率で得られる報酬などで、ここで働いている人間達の立場は決まり、苦しみ、縛られている。もっとも、一人の人間を除いてだが。


 その人間は一人前にもテラスでたばこを吸っていた。たばこを口から離し長い息を吐けば、白い煙が空へと消えていく。


 青年の名前はラパン・アルザス。この施設に所属している暗殺者の中ではエリートの一人で、愛想が悪い。人間関係もまともに作らないが、同僚や後輩の一部では人気が高いらしい。


 服装は上下とも真っ黒で、ブレザーも長ズボンの色も彼の心そのものだ。おまけに、彼の白い髪の毛と赤い目は酷く荒れて(くま)ができている。


 ウサギのようだと茶化す者もいれば、ストレスできっと髪が白くなったのだと哀れむ者。血のように赤く、光を灯さない目を恐れ怯える者もいた。


 もちろん彼の髪は地毛で、目の色も生まれつき赤だった。


 ラパンは周囲の反応などには全く興味を示さず、風の噂で耳にしても傷つくことなかった。


 友人もまともに作らず淡々と任務をこなしつつ、たいして味のしない質素な食事を食べ、ソファの上で寝るという生活を送っている。


――そんな彼の日常が破壊されたのは、雲一つない晴天の日だった。


 暇つぶしに施設を散歩していると、数人の同僚達が突然押しかけてくる。

 彼らはやっと見つけたというような顔をして、息切れしながら走ってきた。


「なぁ、ラパン。こいつ預かってくんね?」


 唐突に何を言い出したのかと思えば、同僚の背中に隠れた一人の少年がいた。ラパンの顔色を伺い、少し怯えているようにも見える。


「ここは保育所じゃねんだぞ。こんな奴預かれるわけ……」


「一生のお願いだ! 頼む! 手当たりしだい探したんだが、皆こいつのこと怖がって誰一人預かってくれねんだよ!」


「俺らも我慢の限界だ! もう、こんな奴と一緒にいたくねぇ! じゃあな!」


 そう言って、同僚達は一目散に逃げていく。ラパンは半ば強制的に預かることになったが、仕方なく面倒をみてやろうと考えた。


 これからのことを少し考えていると、金髪の少年がこちらへ駆け寄ってくる。そしてラパンの服の(すそ)をつかみ、ついには涙目になる始末となった。


「……。どうした、何かあったのか?」


 ラパンが尋ねると、少年は嗚咽(おえつ)を漏らしながら涙を拭い、口を開いた。


「あのね、ぼくずっとね、皆から避けられてたの……。それで、この前さっきのお兄さん達に引き取られたんだけど……。ぼくのこと変だって……おかしいって。蹴られたり、殴られたりしたの……。

 ぼく、兄さんと一緒にいたい……。ねぇ、いいでしょ……?」


 兄さんと言われたのが少し引っかかったがラパンは事情を察し、断るにも断りづらかった。

 

「分かった。ただし、少しの間だけだからな」


 そして、のちにラパンはこの少年を預かったことに後悔し、深い心の傷を負うようになる。

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