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Achieve〜与えられた試練〜  作者: Tale Jack
●別章 【源家】
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5.襲撃


怠惰にもこれほどまでに次話投稿が出来ず、大変申し訳ございませんでした。深く謝辞申し上げます。それに伴って、本作を「お気に入り登録」して戴いている読者の方々、何卒御寛恕下さいます様お願い申し上げます。

 日が暮れようという時、雲翳うんえいの状態から暗雲が立ち込めるも、段々と雲が紫苑に一掃され、後に朧月夜となった。


 そんな情景を見ていると、雲懸かりの月に憧憬の念を覚える。


 ――――――秀麗


 暗二藍の天上、何かを護るベールのような雲、加えてあの儚げで、それでいて明媚な月が三位一体となっている。


 輝かしきものは未完成であるからこそ、美しいと思える。逆に言えば、未完成となる因子と完成された要素が融合することによって、調和がとれる。しかし、その未完成の因子が、完成された要素を穢してはならない。穢してしまうか、それを映えさせるかという線引きは本当に微妙な加減である。ボク達はその程度を弁えた上で、あの子を映えさせてあげなければならない――――――



 ◆◇◆◇◆◇


 平凡な一日は、父と会ったあの日を境に終わりを迎えた。いや、自ら幕を引いたと言った方が正しいかもしれない。それもこれも全ては、妹である理紗子の為である。彼女の幸せを守る為であったらボクは、自分さえも犠牲する事を厭わない。だからこそ今回の父からの要求を呑んだ訳だが、それにしても厄介な事になったものである。


 瞳を閉じて、昨日の父とのやり取りを思い起こす。




「つまり私がその奏応学園という所に編入すると」


 父は真剣な眼差しで、僕の目をずっと見据えている。眉間に刻み込まれた皺は、父が今まで深く悩んできた事を物語っているかのようだった。


「あぁ。早速だが明日、この書類を出しに学園に向かって欲しい」


 そう言って、自分の手に持っていた茶色い封筒をボクの目の前に差し出した。


 目の前のその封筒は異様な存在感を放っていた。厚さから言っても、オーラから言っても、もしも軽い気持ちで手にとってしまったらすぐに落としてしまいそうだ。


「い、いまさらながら、本気で仰っているのですか? お父さんからの先程の話によれば、その……」


 本当に言葉に出しづらい。どうしてもそれが声をついてでないのだ。お父さんの顔を一瞬見やり、顔を背ける。


「以前は女子高だった、か?」


 いざ明解な言葉で事実を突きつけられると狼狽うろたえそうになる。まさかこんな展開になるなんて思わなかった。予想だにしなかった、それが本音。


「なっ。そ、そうです。今となっては共学にコンバートしたのは分かりますが、それでも…」


 口に出したいのに、続きの言葉を紡げない。にも拘らず父は的確に局部をついてくる。そんなもどかしい思いをしながら、心の中で叫んでみる。


『本当に女子率8割の高校に通うのか!』


  別に前の世界・・に執着しているわけではないが、異質な世界・・に飛び込むとなると…。


 頭を抱える事態である。でもまずこれは不可避の事態なのだから、きちんと覚悟をしておかねばならない。さもなくば、自分の弱みを露呈してしまうやもしれぬ。しかし覚悟といっても、それに際して何をしてよいのか、具体的には何も思い浮かばない。女子に慣れればよいのか? なるほど、概念的には局所を突いているが、方法論として具現化できるのかが問題だ。そこで考えつく案として、自己の囲い込みである。平たく言ってしまえば、強制的に女子を自分の身の回りに置くこと。つまりは未来の先取りを、現在いま行ってしまおうと言う事だ。しかしながらここでの問題は、若干・・でも恥ずかしがった場合、見知らぬ相手に弱みを露呈してしまう可能性が挙げられる。そんな事をしようものなら、前もって女子に慣れるという行為自体否定しかねなく、意味を為さない。


  ここまで思い浮かんだところで思考を停止する。


  「息子にこのような事を強要するような真似、大変すまなく思っている。だが頼む、現状を打破する為にはあゆむの助けが必要なんだ。この通りだ」


 そう口語すると、お父さんはボクの目の前で座りながら頭を下げた。


 別にそういう意味で言った訳ではないのに、という思いよりも、自分の「父親」という体面プライドを落としてまでも頭を下げさせる自分が気に遣る瀬無い。


 ------使命感を尊敬の念が助長


「頭を上げてください。父が息子に頭を下げる等、威厳を失う事に繋がるかもしれませんよ」


 そう冗談めかして呟くと、


「元々父さんに威厳等持ち合わせていないのだよ。第一そんなくだらないモノを捨てる事で何とかなるのであれば、幾らでも捨てるさ。まぁ、一歩踏み出せない人間が偉そうに何を言ってるかと思うだろうが、な」


 虚空を見ながら、遠めでそんな事を言う父。父の今考えている事は理紗子との一件であろう。同じ加害者のボクは、父のそのさぞ辛い心中だと察する事が出来る。だからこそ、ボクが背中を押す媒介となりたい、いやこれは与えられた使命なのかもしれぬ。


 一歩踏み出せない人間、そう父は口語するがそれは否である。父は一歩踏み出そうと努力をしている、それが手伝ってボクの決意に加圧が為されいるのだ。


 ------「そんな事はないよ、お父さんは頑張ってきたよ」等は口が裂けても言うまい……


「お父さん、もう惑いません。ボクはその奏応学園に編入します」


 心とは裏腹にそんな言葉が不意に出てきた。いやしかし、これは今言わなければならない言葉なのだ。心中惑いつつも、結果的にどうにかしないといけない。だからこそ表面的にはしっかりとしておかねば。


 それを受けてお父さんはその後口を開いた……


 ◆◇◆◇◆◇



 それから数日が経ったある日、ボクは奏応学園の1F事務室を後にした。


 書類を提出して直ぐに学園を後に出来るかと思っていたが、実際違った。やれいきなりの編入試験だの、終われば学園指定の誓約書だの、アンケートだの、何だかんだで3時間くらい掛かってしまった。

 

 一息つく暇もなく過ごした3時間は、非常に凝縮した濃密なものであった。すべてを終えた時点で、肩が凝ったような感覚がやってくる。思わず、両肩を上下させて肩を解す。しかし、思いの外肩が解れず残るのは徒労感のみ。溜息を零す。今日の予定は此れでお仕舞い。これから、父の命令で宿泊しているホテルに戻り、ベッドに横たわろう。そう思い本館を出て、もと来た桜並木のある中央玄関に足を向けた。


 外に出ると大きな噴水と、規則的に植えられた色とりどりの花壇、そしてそれらを取り囲む植林が視界に入ってくる。規模的に常軌を逸しているそれらは、決してこの学校の雰囲気にそぐわないという事はなく寧ろ自然ともいうべきであった。中央本館と噴水や植林、花壇等の関係はどこかヴェルサイユ宮廷をモチーフにしていそうである。勿論、本館がヴェルサイユ宮殿のような造りをしている訳ではないのだが、その他の大庭園がそっくりであった。


 加えて時は夕暮れ。空が紫苑一色になりかけ、大庭園の至る所からイルミネーションが輝きを放つ。自然と光とのコラボレーション。


 言葉も出ないほどに美しいその光景は、帰ろうと思っていた心を簡単に捻じ曲げた。


 ------少しだけ見て回ってみよう


  そう思い立って、大庭園の方に足を向け歩き出した。


  石段を下ってゆく最中、両脇に淡い紫の絨毯ともいうべき、菫が所狭しと植えられている。そこに地面のどこからかスポットライトで照らしているのだから、感嘆してしまう。こんなトコ、自分がいた故郷せかいにはなかった。そう思うだけで、これからやってくる生活に少しだけ勇気が持てた。父に言ったあの言葉にも、可笑しな話だが信憑性を持つ事が少しだけ出来る気がしてきた。それだけ今、自分が見ている景色に心が揺れ動いているのだ。


 石段を下り終えた所で大きな噴水が見える。水受けが三段あり、下に向かってその面積が大きくなっている。一番上の段には、石像が水瓶をもった天使が水を流して、それが上方二段の水受けを一杯にして、下の大水受けに流れつとう。そしてそんな大噴水で桃色・緑色・濃青色のイルミネーションが踊るように水面を揺れ動く。


 ボクは近くまでゆき、大噴水の縁淵に腰を下ろしてその光景を眺めることにした。


 暫くして不思議な事が起こった。なにやら自分がさっき下ってきた石段を、人の大きさのウサギが下っているのである。どう見てもあれは着ぐるみである事は分かるのであるが、如何せん何故それがこの時間、しかもこの場所にやってくるのかが全く分からなかった。


 ------何かの催しモノか?


 そう考えてみるも、不確実性を拭えない。


 ウサギ擬きはずっとこちらを見ながら向かってくる。


 そんなウサギ擬きが近づいてくるにつれて分かった事だが、片手に手提げ袋を持っている。中には何か重いものが入っている様な、重量感が伝わってくる。


 ------一体何が入っている?



 気になる、あの中身が……、何が入っているのかが気に掛かる。


 ボクは手提げ袋を凝視しながら、中身の事やウサギ擬きが何故にここに存在しているのか考えた。


 そうこうしている内に、ウサギ擬きは後数歩と言う所までやってきていて、驚き思わず顔を背けた。


 目だけウサギ擬きの足元を見ると、動きがちょうど止まり、つま先がこちらを向いている。


 ------立ち止まった?


 一体ボクの前に立ち止まって何がしたいのか。全く持って読めない。目の前の得体の知れぬ着ぐるみの放つ異様なオーラにおののき、戦慄わななきそうになる。しかし、誰に対しても弱みは見せないと決めたが故、考えなければならない。例え予想が出来なくとも。一体この「ウサギ擬き」は、ボクの目の前に立ち止まって何をしようというのだ。時期的に、一般教育機関的範疇内催事という線はあまり考えられない。すると可能性的に考えられるのは……一つだけ。


 ------誘拐


 源家継承権第一位である自分を誘拐し、自らの利益にしようと画策している輩に違いない。ウサギの着ぐるみを着ているのは、自らの顔を悟られない様にワザとそうしているのだ。この考えならば全ての辻褄が合う。では、それに際し自分は今如何するべきなのだろうか。あぁ、考えるまでもないか……。


 ------逃げるより他に道は無い


 そう頭に思い浮かぶ前に、ウサギ擬きに背を向ける様にして走りだした……が、ボクは一メートル進まない程度で棒立ちになった。


 ------脳天から爪先まで刹那の内に神経系を減耗させながら伝う感覚、迸る戦慄


 眼下には背筋が凍り付く程の衝撃を覚える様な「痕跡」が在った。


 火薬のような顔を顰めたくなる匂いが鼻をつく。


 それがなんなのか、考えずとも本能が理解していた。


 そう、自分を膠着させたのは紛れもなく「銃痕」であると……


 その事実を明解に認識した時には足が痙攣していた。


 ------思考停止


 何も考えられない。ただ分かっているのは、自分の身が危機に瀕しているという事。


 ------殺される……何か打開策はないのか、考えろ!自分ッ!!


 その自問自答のような問い掛けを自分に課すも、何も考えられない。せめても動こうと考えても、体も膠着状態を保ったまま。頭で考え、思考停止し、ただ動けと本能的に念じるという、全く無意味な無限ループを繰り返してしまう。しかし、ある所でふと歯止めがかかる。


 ------理紗子……


 誰に対しても弱みは呈さない。それは幼い頃に彼女にしてしまった罪をまどおうとした決意した事からの表れ。この罪の足枷の重みを、一生掛けて解さなければならない。ボクはまだまだ理紗子になにもしてやれていない、それどころか弱みを露呈して果てようとしている。愚かだ、許されようも無い事を仕出かそうとしていたのか……。


 ボクはポケットの中に手を突っ込んで、先程まで勉学の為に使っていたボールペンの背をノックする。そして今も尚痙攣が止まない足に突き立てるように、その切っ先を大腿部にあてがい加圧してゆく。


「……ぅっ……」


 思いの外衝撃が強かったので少し悶えたが、相手には聞こえていないし、表面には出さずに装う。「ここで気概を張らずにいつ気概を張るんだ! 満身創痍になっても信念だけは貫いてみせるッ」そう奮起させ、恐怖だった対象に向き直る。思い切り睨みを利かせながら歩み寄ってゆく。そして後数歩という所まで近づいた所で立ち止まる。


 視線を逸らさずにウサギ擬きを凝視していると、その内痺れを切らせたのか言葉を発し始めた。


「そんなに睨まれたら怖いですわ。源 あゆむさん?」


 女? ウサギ擬きの中身は女だったのか。てっきり男とばかり思っていたのだが……。しかしだからこそかもしれない。手の指先がこんなにも冷たくなってゆく。いや、血の気が引いてゆくといった表現の方が正しいか。今までに味わったことの無い感情、さらに状態さえ憶えさせる目の前の人間・・に吐き気さえ憶える。


 されど、これで相手を予測できると言う材料を得た。張りのあるアルトボイスの女。戯けるような事を平気で言える事から、気丈夫に振舞える性格の持ち主なのやもしれない。加えて自分の名前を知っていて、さらに自分を狙撃ライフルで殺させる事も出来るハズである人間がそうしない事から、、先程の自分の仮説はより正確性を帯びてきた。しかしながらそれは、ボクが要求を呑まなければいつでも始末するという意味でもあり、これからの対応が非常に重要になってくる訳である。


「何故私の名前を知っている?」


 いつもなら使う事がない一人称を口にし、精神を硬化させる暗示を掛ける。


「自らの恨みの対象である人間の名前くらい、知っていて当然じゃありませんこと?」

「恨みだと?」


 全く身に覚えがない。しかしながら、思い当たるもの、脳裏を掠める事がある事は周知の事実である。そう、「源グループ」という枠組みの中の中枢に位置する事になった、自分・・だ。先代や、先々代、もしかしたらもっと前に起きた事で、「源グループ」に恨みを持っているに違いない。


「そう、恨みですわ。貴方を殺めたくなる程に……」

「ならば何故殺さない? 正面の中央正棟の屋上に君の仲間である狙撃手を配備しているじゃないか、殺そうと思えばいつでもそうできる筈だ」

「そうですわね……。もしもそう出来たら、この恨情も少しは軽減できるのかもしれません。しかし、それでは意味が無いのです。生きたまま貴方を捕縛する、残念ですがそうせざるを得ません。あぁ、逃げようなんて考えてはなりませんよ。ご存知の通り、私には狙撃手スナイパーがいる。生きたまま、という条件であれば、貴方の足を打ち抜いて捕縛するだけですから」

「私を捉えて脅しの交渉カードにでも使うつもりか」

「ご想像にお任せしますわ」


 やはり誘拐という線だったか。ボクはこれからどう行動を取ればいいんだ。体は先ほどより動くようにはなっているように信じたいが、動いたとしてその先はどうなる。今、目の前の女が言っているように、ボクの足を打ち抜いて、捕縛されて結局お父さんや理紗子に迷惑を掛ける事になるに違いない。となると、残りの選択肢は二つだ。


 一つは話し合いによる解決策。つまり相手の事情を色々聞いて、穏和に相互で解決しようという事だ。……、しかしボクを恨んでいる以上、恨情を宥め且つ宥和してくれるなど有り得ようもない。となると……、残る選択肢は一つだけ……。


 ボクは掌を眼下に見据え、精神を集中させ熟考する。


 結局一番取りたくない策に打って出る事はあまりしたくはない……。しかも相手が女なら猶更である。しかしこのままいけばボクは身内に迷惑を掛ける事になる。躊躇の念が押し寄せるが、仕方あるまい。


 そう思い立つと、すぐさまにボクは身を捩り、体の上半身を傾斜させ右足を抱え込み右足側頭を女の脇腹に入れた。


「かはッ」


 女は脇腹を片手で抑え身を抱えようとする。ボクはその期を逃さず女の首元を左腕で挟み、右手に持ったボールペンの先を首元にあてがう。そして最後に狙撃手の配備している中央本館に体を向ける。此処までの動作に2秒も掛からなかったのは、思いの外であった。先程までの体の硬直が、嘘みたいに解放されていたのだ。


 ともあれ、これで迂闊に狙撃手も打ち込んではこれまい。そう確信した矢先だった……


「あ、甘いですわね」


 そうさらりと漏らすと、女は片手に持っていた手提げ袋を放して地面に落とした。


 ------カラン


 そんな甲高い音が鳴ったかと思うと、すぐさま白煙が辺りに立ち込め始める。何が起こったのかと上下左右見回している内に、次第に意識が遠のき始め、僕等は瞳を閉じてその場に倒れた。


 その後、黒いスーツを着た男達が目の前の二人の人間を抱えてその場を去っていった……






御閲覧戴き誠にありがとうございました。心より御礼申し上げます。


~Special Thanks~

●月奏様 ●ライクス様 ●神楽坂様


感想・御指摘、大変ありがとうございました。感謝申し上げます。


尚、近日中に活動報告欄に読者の方々に向けてのコメントをアップしますので、併せてご覧戴ければ幸いです。


それではまた次のストーリーも読んで戴ければ幸いです。

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