11.加勢
木野城とかいう人の車の後に続いてボク達の車も校門の前に止まった。そしてボク達より先に校舎に入っていき結局その日の昼休みまで会う機会がなくその日はもうあの顔は見ないかと思っていた。
そのとき4時間目終了の甲高いチャイムが後者中に鳴り響いた。
「はい、ここまでにしとこうか。ホントは区切れのいいところで終わりたかったけど目が血走ってる人が男子大半に見受けられるので仕方ないわね。じゃあ、号令っ!!」
4時間目の物理担当の女の先生はそう言って学級委員の方に視線を送った。そう、確かに血走っているといっても過言ではないと思う。大体正面を見てる人なんか男子にほとんど見受けられない。かろうじてボクと後ろの手塚くんが向いてるくらい。あとの大部分の男子は足を真横に出して向いてる方向は出入り口付近。おそらくというか絶対に近いんだけど皆お昼ごはんの確保に必死なんだと思う。でもそんなに大変なのかな。そんなに菓子パンやおにぎりとか供給がないのかな。そんなハズはないと思うんだけどな……。
「起立、先生に礼!」
ボクはちゃんと礼をした。完全に無視パターンだよ。皆先生に礼なんかしてない。学級委員の言った事なんか耳にも入ってないんだろうね。ご苦労をお察ししますよ、眼鏡が特徴的な学級委員君。と同時に名前を知らなくてゴメン。もっと周りの事を知っておくべきだね。
なんて数秒の間に色々考えていた。先生が教壇から降りて教室のドアに手をかける瞬間には教室の中には女子と一部の男子以外は蛻の殻だった。このスピーディーさは一体なんだろう。アメフトもしくは陸上部・短距離担当的な瞬発力の凄まじさ。正直圧巻だった。
「終わったなぁ〜」
後ろの手塚くんがそうボクに投げかける。ボクはその声を受けて後ろに振り返る。
「そうだねぇ……、なんか疲れちゃったよ」
「俺も同感。しかし物理っていいと思う。なんでも女の子に置き換えてみれば楽しくなるしな」
意味が分からない。正直回答の意図が読み取れません。
「どういう事」
ボクは詳細を聞く事にした。それの内容がどうとは知らずに……。
「例えば今日の摩擦の問題の時は物体を女の子に置き換えてみれば問題を解くことが面白くなる。まぁ例えばあゆむの斜め前の女、志倉などを毎分5キロメートル毎秒で斜面40度の部分から50メートル滑り……」
それから5分間止め処なくこの意味の分からない理解不能な説明を受けた。聞かなきゃよかった……。でもぶっちゃけて言うとこんな事を物理の時間に考えて授業を受けてるかと思うと鳥肌が立つよ。将来二つの輪っかに腕を通さなければいいけど……。
「手塚くんってさ、いつも授業中そんな事考えてるの?」
ふと口からこぼれ出てしまった。
「まぁ……そうだな」
「で今日は志倉さんの話をしてたんだ」
「そいういうことになる。俺個人の気持ちとしては本望ではなかったんだが……」
肯定するんだ。ボクの背筋に若干震えが走る。斜め前の志倉さんに目を向けてみる。お昼なのに何も口にせず机の上には物理の教科書とノート加えて文房具が出たまま、志倉さんは窓から遠くの方を見ていた。
「志倉の人気性からいって男の中でもMの奴らが支持しているらしい。知っているか? この世界の7割の人間がMな事を! つまりこの世界は”Mの世界”と言っても過言ではない。しかし残念ながら俺はどちらかと言えばSだからそんな奴らの仲間入りなどは果たしていないわけだ、悪しからず」
確かな情報なの、それ?というか勝手に自分で世界に命名を施さないでよ。地球も人間も可哀相だよ。しかも手塚くんのSかMかなんて他者にとってみたらどうでもいいことだから『残念ながら』という言葉は使わないでよ。ボク達はおそらく君に期待を抱いてはいないよ。
大体こんな勝手な事をこの人は話していていいのかな? 後で絞め殺されてもボクは知らんプリでもしようかな。そんな話を聞いていたのか否なのか分からないけれど徐に席を立ってボク達のすぐ横を通ってゆく。その時に志倉さんはボク達を一目睨んでいった。
やっぱりボク達の話を聞いてたのかな。ボクの額からは冷や汗がジトーっと染み出ていた。
「やっぱりマズかったんじゃないの」
ボクは手塚くんにそう投げかける。手塚くんは両手の掌を上に上げた。
「本当の事だからいいだろう」
いやっ、本当のことだったら何でも言って言い訳じゃないんだよ。手塚くんは周りを見渡した。
「昼飯どうするか」
「どうしようね、ボクここでお昼ご飯食べるの初めてだし」
「まぁそれは昼飯はどうするっつっても購買部はもう売り切れだろうから学食しかないんだけどな、とりあえず行っとくか?」
「うん!」
ボクは首を縦に振って応答した。そしてボク達は立ち上がり教室のドアの方に向かった。前方には志倉さんがいる。足取りがゆっくりだ。
やがてドアから出た一歩目の所で志倉さんの足が止まった。どうしたんだろう……。ボク達は段々とその距離を詰めてゆく。
「志倉さんなんで止まってるんだろう」
「分からん。というか志倉なんて俺にとってはどうでもいい」
そのどうでもいい人の事を少なからず物理の時間に考えていたくせに! そしてボク達は志倉さんの真後ろで止まった。
「おっ、おい……」
隣の手塚くんが驚きの声を上げる。もの凄く図体がでかくて竹刀を肩に担いだゴツイ男達が何人も険しい顔をして志倉さんの前に立ち往生していた。
「おい女っ! これはどういう事だ!?」
その男の中の主格人物は右手になにか紙を持っていて指差していた。紙に目を向ける。男の左手には黒い鍔が装着されている図太い竹刀を肩に担いでいた。
なになに……『これから半年間当部活動への出入りを禁ずる、志倉 季節』これを志倉さんが書いたって訳ね。ところで志倉さんの所属している部活ってなんだろう。
「読んだままの通りだけど」
志倉さんはムスっとした態度でつまらなさそうに言った。
「俺達が何したって言うんだよ」
「何したですって!? 白々しい。そんなことも言わなきゃ分からないの。アンタ達が下級生である一年生や二年生に酷い事したからでしょ!」
「あれはただ下級生をかわいがってやっただけだ」
「自分達よりも実力が上の下級生に怪我を負わせたり、下級生の女の子にちょっかい出したくせによくそんなことが言えたものね」
志倉さんは両手を腰に当ててそういきり立つ。
「オマエはそんなに偉いのか? 部長でもない奴にそんなこと言われたくないっ」
「馬鹿じゃないの」
「なんだと!?」
その男の集団全員が顔を赤らめた。
「部長を始め部員全員そう思ってるに決まってるじゃない。アンタ等みたいな人間がいるから剣道部全体のイメージが悪くなるのよ。少しは自覚を持ったらどうなの!」
剣道部? 確か志倉さんと最初に会って聞いた時にはないって言ってなかったっけ?
「黙って聞いてれば好き勝手言いやがって! このやろぉ〜っ」
その主格は竹刀を振りかぶった。
「危ないっ!」
そう瞬間的にそう思い思わず声まで上げ、気づけばボクはいつの間にか志倉さんの前に立っていた。咄嗟の事で竹刀はターゲットを志倉さんからボクに変遷しボクの頭の前頭部目掛けて剣先辺りが襲ってきた。ボクはその剣先を片手で鷲掴みして軌道通りにそのまま下に手で押してやった。結果男は前につんのめった。
「なんだテメェは?」
声を荒げて今度はボクに罵声を浴びせる。志倉さんは目を若干見開いていた。
「やめてください!」
女の子にこんな暴力的な事をするなんて黙って見過ごす訳にはいかないよ。
「あァン? テメェには関係ねェだろ! 引っ込んでろッ!」
主格の男は竹刀を持ち直して思いっきりボクの頭に向けて振り下ろしてきた。ここは力ずくでも分からせるしかない。ボクは主格の男の懐に入り込み顎元を突き上げた。
「ハゥンっ」
男は勢いよく上に飛びやがて地面に叩きつけられた。
「やっ、ヤベェ」
「こいつ、できるぞ」
その男の取り巻きからそんな声が聞こえる。
「ここは一先ず退散だっ」
取り巻きの中の一人がそう言い気絶しているその主格の男を抱えて男達は走り去っていった。
「フゥー」
ボクから安堵の溜息が出る。ボクは志倉さんの方に振り返る。志倉さんは口をあんぐり開けていた。
「大丈夫?」
ボクは志倉さんにそう声をかける。
「べっ、別に一人でも大丈夫だったんだから」
「はい?」
「勝手なことしないで」
「えっ?」
「かっ、感謝なんてしてないんだから」
そう言い残して何処かへ消えてしまった。
「あゆむどういう事だよ!?」
手塚くんはボクに顔を近づけて驚きの声を上げた。
「何が?」
「何がって、さっきあの図体の大きな男を一撃で吹っ飛ばしただろう!」
あぁさっきの事か。まぁとっさ的に出てしまったんだけどね。
「子供の頃から空手をやってたんだよ。最近はやってないけどなんか実践的になると不思議と身体が勝手に動くんだよね」
「あゆむ、凄いな!」
「あむむさんっ」
後ろから声がする。この優しい声は……
「雪穂さん」
そこには重箱らしき風呂敷包みを両手に持った雪穂さんがいた。
「どうしたんですか」
「お昼、ご一緒しませんか?」
雪穂さんはニッコリ笑ってボクに持ちかけた。廊下に真昼の太陽が差し込みそれが雪穂さんに当たってまるで雪穂さんが天使のように見えてしまった。
「はい、喜んで!」
後ろから強い視線を受けているような気がする……。ゆっくりボクは振り向く。手塚くんは目をボクに見張っていた。やがて……
「俺の事は気にするなよ。どうせ一人で寂しく学食でチョコンと座ってかけうどんでも啜ってるさ……」
そんな悲しげに言わないでよ。ひどく罪悪感、感じるんですけど。そして手塚くんは小走りでこの場を走り去っていった。
「なんか申し訳ない事をしましたね」
雪穂さんが俯き加減にそんな事をもらす。
「いえ、多分大丈夫だと思います」
ボクは雪穂さんに罪悪感を感じさせないために声にハリを持って言った。
「そうですよね、折角ですし……」
「ちょっと待った!」
またしても背後から聞いたことのある声が聞こえる。振り返るとそこには朝方に会ったあの男がいた。
「ご機嫌麗しゅう、雪穂さん。木野城 晴紀、只今参上仕りました」
畏まって木野城くんは雪穂さんに向かって一礼した。
「はい。晴紀さんもお元気でなによりです」
その社交辞令に一区切りつき今度はボクの方に向き直った。
「これはこれはMinamoto グループの御曹司の源 あゆむ君」
何か嫌味に取れるんだよね。
「木野城くん」
「おぉ、名前を覚えてくれていたとは光栄だねぇ〜」
君が印象深かったから覚えてるよ。木野城くんが右手を前に出した。ボクも右手を差し出し、握手した。握手をしたのはいいのだが若干木野城くんの握力が段々と強くなっていく。さっきあの主格の男の人を突き上げた時の拳が締め付けられてズキズキ痛む。やっぱ最近鍛錬を積んでないから鈍っちゃってる……。
木野城くんはにこやかに笑っているがよく見ると笑顔が引きつっている。次に木野城くんはボクの耳元まで顔を寄せ、そして小声でボクに囁いた。
「君だけに雪穂さんを独り占めにはさせないよ。ちなみに私はずっと前から雪穂さんを狙っていたのでね」
そう言って顔を遠ざけた。木野城くんはニヤリとボクの方に微笑みを向ける。しかし木野城くんの目は確実にボクを見下したような目だ。正直ボクの心は複雑だった。いきなり雪穂さんに好意を寄せる人がやってきてボクにその気持ちを打ち明ける、それって……。
「晴紀さんもお昼ご一緒しますか」
雪穂さんが木野城くんに優しく声を掛ける。
「ええ、是非ご一緒させていただきたい」
なんだか分からないけど非常に腹が立ってきた。折角雪穂さんが誘ってくれたのにいきなり割って入ってきて堂々として。こんな人に負けないぞっ! ボクの目は闘志の炎で燃えていた。
お読み戴きありがとうございました。
結構ストーリー性にスパーク的エッセンスが効いてなくて申し訳ない限りです。
これからのプロットですとおそらくスパイス的部分を増やせるかと思いますのでご了承ください。
さてこの場をお借りしまして読者の皆様からの数々のメッセージを賜りとても感謝、感激の極みなのですが読者様が折角送って戴いたメッセージに返信しようと致しましてもそれが出来ないといったような事態が生じております。ですのでお手数ですが今一度、御自分のアドレスに不都合な点はないか確認して戴ければ幸いです。
尚、皆様からの感想・ご要望・ご指摘等のメッセージをこれからも糧として参りたいのでよろしければ送ってください。
勿論評価をして戴いても結構です。
宜しくお願い致します。
それではまた次のストーリーを読んで戴ければ幸いです。