蝕む脅威
『もしもしー、鱗葉ー?』
「お、マルナか。死体の解剖終わった?」
『まあね、でもあんまり損壊してなくてちょっと面白味に欠けるかなー』
俺が男の遺体を彼女に転送してからまだ2時間しか経過していない。流石の腕前と言うべきだろうか。
マルナは人間世界では解剖医をしている。まだ24歳で俺と同い年なのに、大学で講義を開いている。
マルナとの出会いは、まだ俺が一人で悪事を働く魔導士を倒していた頃、死体の処理に困っていた所にばったり出くわして色々と手伝ってくれたのがきっかけだ。
魔法世界では墓守をしていたらしいが、この世界で彼女のある能力は大きく発揮される。
「お前の感想はどうでもいいの。で、その男の身元とか分かった?」
『コイツの名前はクワトル・バネット。魔法世界では《蝶律の指揮者》の二つ名で通っていたみたい。人間世界でも殺し屋稼業を営んでいたみたい』
マルナは死体から記憶を読み取る能力がある。これは魔法とはまた別に存在する《ガルナ》と呼ばれるものだ。
《ガルナ》は自分の意志に関係なく発動する能力だ。魔法ではないが、魔導士のルーツに関係しているという研究結果は魔導学会で挙げられている。
彼女の場合は近くに死体があると、知りたくなくても勝手に記憶が頭に流入してくるそうだ。もう本人曰く『慣れた』そうだが。
「そいつがビルを崩壊させたのか。なんでそんなことしたんだろうな。お前なら分かるだろ?」
『……分からないわ』
マルナはハッキリ答えた。
「分からない? ふーん、珍しいな。お前にも読み取れない記憶があるんだな」
『いいえ、記憶が読み取れない訳じゃないの。誰かに記憶を消されてるみたいなの』
「……どうやら、その男の裏には黒幕がいるみたいだな」
『どうしてそんなことが言えるの?』
「きっとその男は使い捨ての駒として利用されたんだ。その黒幕の目的を果たすために」
『その目的って何よ』
「分からない、でもこの町にこれから良くないことが起こりそうなのは何となく分かる」
『そう……まあ何かあっても貴方達が何とかしてくれるんでしょ?』
「……まあな。ここは凄く住み心地いいからな。何としても護り抜くよ」
『ふふっ、頼もしいわね。私も安心して暮らせるわ』
「そういえば直接戦った訳ではないが、かなり高度な魔法使ってきたぞ? 戦闘力はどんくらい?」
『うーん、貴方となら比較にすらならないけど、中級魔導士くらいの強さかしら?』
「じゃあBランクくらいか。あんまり強くねぇな」
俺は深く溜息をつく。
『当然よ。貴方が相手だったら、3秒で消し炭にされるわよ』
魔導士の階級は初級から上級まで存在する。だが、これは魔法世界で真っ当に暮らしている人たちの階級を表すものだ。
それとは別に下からD・C・B・A・S、そしてXのランクが存在する。このランクは単純に『魔法による最大破壊力』でランク付けされる。
その中でもXランクが意味するものは、『測定不能の破壊力』。
Xランクの魔導士は何人か知り合いがいるし実際に実力を知っているが、あれはもう概念的な破壊だ。もし敵に回したらまず生き残れないだろう。
因みに、俺はSランク。……まあ普通だな、魔法世界なら100人くらいいる。
『でも、近頃DやCランクの魔導士を見かけないわね』
「ふーん、それってこの町に限定した話だからじゃないのか?」
低ランクの魔導士は自分の次元魔法を使って人間世界に行き来することが出来ない為、魔導転移装置を利用することでしか交通手段がない。
『いいえ、今からちょうど1年前くらいから|こっち(人間世界)に訪れる魔導士の数が激減しているの』
マルナによると、1年前の4月から魔法世界から人間世界への次元魔法を使った移動がしづらくなっているそうだ。
2つの世界を行き来するのには次元魔法以外の手段は存在しない。次元魔法自体は2年ほどかければ大抵誰でも修得できる。
行き来しづらいだけで、Bランク以上の魔導士であれば自力で魔力不足を補えるので難なく移動できる。
「その原因とかは判明してないのか?」
『今の所は音沙汰無しね。アルディス国の上級魔導士が中心となって原因究明に勤しんでいるみたいだけど』
「俺は全然困ってないからどうでもいいな」
『他人事みたいに言ってくれるわね。私は貴方から預かった魔導士の死体を向こうに送りたいのに!』
マルナの声に苛立ちが混じる。早々に話を切り上げるか。
「――もう夜遅いし、また何かあったら頼むよ」
『……しょうがないわね、分かったわ。そっちからも連絡しなさいよ』
マルナは溜息を一つ吐くと、俺との通話を終了する。もうスマホの時計は深夜の2時を指している。
枕元にスマホを無造作に放り投げると、俺は静かに瞼を閉じて考え事を始める。
(マルナの話が本当なら、これからは今回のビルの件も含めてBランク以上の魔導士を相手取ることになるのか)
俺一人ならどうにでもなるが、萌芽の実力はせいぜいCランクだ。彼女が一人の時に出くわしたら危険が及ぶ。
他の龍樹家のメンバーもAランク揃いだからあまり心配することはないが、それでも今後はもう少し慎重に動くべきだろう。
(明日辺り皆に注意喚起を促しておくか。何か嫌な予感がする)
彼はそう思案している内に睡魔に襲われた。
◇
翌日、朝のニュースではもうすでに倒壊したビルの瓦礫の撤去作業が開始されていることが報道されていた。作業は駅に積まれている瓦礫を優先的に撤去して電車の運行を早急に再開する方針だ。
鱗葉は皆が家を出た後、魔法世界から定期的に送られる魔導新聞の見出しに目を通していた。
『狂喜に満ちた災害、テミーレ国襲撃。1時間で領土を更地に』
ヴァルガッテは構成員が全員魔女で構成されたテロリスト集団だ。メンバーひとり一人が国一つを容易く滅ぼせる程の力を有しているという噂だ。
「『遠距離からの魔導砲撃と、上空からの紅い巨竜の火炎の息吹で魔法障壁も意味を成さず』、か。竜がいるっていうことは、アイツらしかいないな……」
鱗葉は過去にヴァルガッテのメンバーと殺り合ったことがあった。その時のメンバーに竜に変身する魔女がいて、その魔女は常に他の二人の魔女と3人組で行動していた。
「一度魔法世界に出向く必要があるな」
鱗葉は魔導新聞を折り畳むと、コートを着て外へ繰り出した。