師匠の行方
「ただいまー」
萌芽が家に帰ってくる頃にはすでに6時を回っていた。室内では皆が思い思いに過ごしていた。
百合果はテレビの前で体育座りをしながら夕方アニメを観ていた。タイトルは『マジカル刑事☆サトリちゃん!』。
ストーリーは、25歳の若手敏腕刑事・華菱サトリがある日『1年以内に1000人の犯人を逮捕できなければ一生婚期を迎えられない』呪いにかかり、その呪いを解くためにマジカル刑事☆サトリちゃんとなり、魔法で次々と証拠を発見・入手して犯人を逮捕していくというものである。
フリルで全身をコーディネートしてあり、パンツがギリギリ見えないスカートを着用。Dカップのサトリちゃんの胸部も限界に挑戦しており、下乳が拝み放題である。
大きなお友達にも大変人気で今年で3年目に突入する。
幼女は真剣な面持ちでアニメに見入っている。幼女は涙を流している。最近の小学生の間でブームとなっているそうだ。
百合果が静かに泣いている後ろのソファーで、リベルナさんはいびきをかいていた。この猫耳の女性はずっとここで寝ていたのだろうか。
百合果とリベルナさんの間にあるテーブルでは、一人の成人男性が黙々とパソコンのキーボードを叩いていた。
30歳後半程の、茶髪で無精髭を生やしたこの人はドォルマ。有名な作家さんで、何度も賞を受賞している。1年で3冊は出版していると以前聞いたことがある。
「ドォルマさん、お飲み物何か汲んできましょうか?」
「…………」
返事がない。これはかなり集中しているようだ。
「……あのー、お茶で良いですか?」
「……オレンジジュース」
手を休めることなく、私を一瞥して一言ハッキリ答えた。
「あっ、オレンジジュースですね! 分かりました、今汲んできますね」
私が冷蔵庫からオレンジジュースの入った1.5リットルのペットボトルを取り出してコップに注いでいると、2階から眼鏡をかけた少年が階段を降りてきた。
「おかえり、きざめ。いつもより帰りが遅かったじゃないか」
「すみません幹冶さん。話が盛り上がってしまいまして……」
百合果とそんなに歳の離れていなさそうな、この黒髪の少年は幹冶。魔導士専門の本を取り扱う図書館の司書を勤めている。
「今日は上でずっと仕事していたんですか?」
「ああ、新しく入荷した魔導書のチェックをしていたんだ。一万冊くらいあったから今さっき終わったところだ」
「そんなにあったんですか!? 食事とかはどうしたんですか?」
「カップ麺で済ませたよ。あんな手頃で美味しいものがあるなんて、こっちの世界は素晴らしいねぇ」
「今から私夕飯作りますからもう少し待っててください。何かリクエストとかありますか?」
「そうだな……ではカレーを作ってもらえるかな?」
「分かりました! できたら皆さんに声をかけますね!」
龍樹家では、朝食は百合果ちゃんが、夕食は私が作ることになっている。昼食は各自で取っている。
「そういえば、師匠の姿が見当たりませんが、どこかに外出したんですか?」
「すまないが、私は部屋に籠りっきりだったから知らないね」
「そうですか……皆さん師匠がどこに行ったか知りませんか?」
私はテレビがある部屋の3人に声をかけると、一斉に私に注目を向ける。
「アタシ知らないニャー」
「僕も家に帰ってきたときにはもう居なかったから分からない。ごめんね お姉ちゃん」
「……ビル」
眼鏡をかけたオジサンがボソッと何かを呟いた。
「ドォルマさん、師匠の居場所分かりますか!?」
私はつい彼の元に駆け寄った。甚平姿のドォルマは、私が勢い良く急接近すると体をビクつかせたが、ゆっくりと口を開いた。他の皆も彼に注目する。
「……昼になる前、アイツは『ビルに魔力を感じた』って言って出掛けた。だから多分廃ビルにいる……」
彼が言い終えるのと同時に、家の電話が鳴り出した。近くにいた幹冶さんが受話器を取る。
「もしもし、なんだ鱗葉か。萌芽が心配してるぞ、早く帰ってこい。ん? ……分かったよ」
眼鏡の少年は私に受話器を手渡した。
「萌芽、お前の師匠からだ」
素早く受話器を受け取ると、すぐさま呼びかける。
「もしもし! 師匠ですか! 今何処にいるんですか!?」
『ちょっと迎えに来てもらえないかな? ビルから出られなくなっちゃって』
「何か魔法が作用してビルに閉じ込められたんですか?」
『そうそう、鋭いね萌芽。廃ビルに魔導士の影が見えたからコッソリ潜入してビルの地下に入ったんだけど、どうやら罠だったみたい。俺を捕らえるのが目的のようだ』
『まあ、そんな訳で俺は内側からは出られないから、外から封印解いてくれない? 多分俺が地下に入ってすぐに地下の扉に魔法かけたと思うから、それ破壊して』
「分かりました! 今すぐ向かいます!」
そのまま電話を切ると、私は私服に着替えて玄関へと向かう。
「一人では行かせられないよ」
幹冶に声をかけられる。
「大丈夫です。最近私も気配消しの魔法師匠から教えてもらいましたから!」
「そういう問題じゃなくて。彼ほどの強力な魔導士を閉じ込める魔法を有する魔導士がビルに潜んでいるとは考えないかい?」
「確かにそうですけど……」
思わず玄関に立ち尽くす。確かに私一人でその魔導士と対立するにはあまりにも力量不足かもしれない。
「アタシが一緒に行ってあげるニャ」
リベルナがやれやれといった感じで立ち上がる。
もう外は真っ暗闇で街灯に光が灯り始める。ドォルマは仕事中だし、百合果が外に出るには遅い時間帯だ。幹冶も先程までずっと仕事していて疲労が溜まっているはずだ。
どうやら、この状況ではリベルナしか適任はいないようだ。
「お姉ちゃん、今日は僕が夜御飯準備してるね。今日だけ特別だからね」
「百合果ちゃん、ありがとう。なるべく早く師匠を連れて帰ってくるからね」
「二人ともビルに着いても警戒を怠らないように」
「分かってるニャ。アタシだって元傭兵ニャ。おねーさんを侮ってもらっては困るニャ」
「では皆さん、行ってきます!」
「お姉ちゃん行ってらっしゃい」
「……気をつけて」
「油断するなよ」
皆に見送られて、私たちは廃ビルへと師匠を迎えに行った。