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破滅のレギオン  作者: 陰松蓮
EPISODE 1:崩壊する塔
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シロアゲハ

 午後6時頃、夕日が町全体をオレンジ色に染めている。夕飯の買い出しから帰宅する主婦や仕事帰りの公務員の姿が見える。

 蔵森駅の騒動のお陰で、サラリーマンやOLたちはわざわざ蔵森駅から東に5キロメートル離れた蔦渦つたまき駅まで行く羽目になった。


 「……やっぱり蔵森駅と廃墟ビルの建設地は警察に押さえられてるな。駅の方に用はないがな」


 龍樹鱗葉たつきりんばは蔵森駅と倒れたビルの建設地の両方を見渡せる建物の屋上にいた。

 彼は双眼鏡で双方の警察の動きを12時から1時間おきに確認している。観察していた結果、先程大まかな現場検証が終了したようで、今は数人の警官が現場周辺に位置している。


 「夕飯食べてから調査するか? いや、暗くなる前に乗り込んだ方が良いか。皆に心配かけたくないし」


 双眼鏡を腰のポシェットにしまうと、数歩後ろに下がると、


 「じゃあ行くか……せーの!」


 助走をつけて屋上の手すりに乗って、勢い良く跳躍した。

 彼の体は蔵森市全体を見回せるほど上空に浮かび、やがて徐々に加速しながらビルの建設地目掛けて落下する。

 だんだんとビル跡が目前まで迫ってきて、そしてビルの入口付近に激突して彼の四肢が付近に飛び散る――ことはなく、滑らかに着地した。靴の微かな音が響いて入口付近の左側の警官が目の前の音の発信源の方向を注視する。

 彼にとっては警官に見られていることになるが、警察からは彼の姿は見えていない。

 今の彼は気配を遮断する魔法を発動させているため、普通の人間には察知することができない。

 落下の衝撃も大部分を逃がしているためダメージを負うことなく着地することができた。物音に反応するものの、警官は再びぼーっと立っているだけの簡単な仕事を続ける。


 (……ふぅ、潜入成功。スリル満点でいつやってもたまらないな。滅茶苦茶楽しい)


 今回倒壊したビルは利用されなくなってから相当な時間が経過してるらしい。内側も外側も結構ボロボロ。

 両脇に棒立ちの警官がいる入口から堂々と侵入すると、鱗葉は2階から上が解放感のあるビル跡の地下へ続く扉を探していた。


 ビルに変化が訪れたのは午前6時頃。ビル全体が微小な振動を始めて、それから5分後程でビルが毎秒数センチメートル単位で蔵森駅の方に傾き始めたそうだ。

 傾き始めてから30分後、2階と3階の間がへし折れて3階から12階までの部分が駅に倒れた。しかも一気にじゃなくてスロー再生のように。

 ビルの倒壊過程を知ることができたのは、普段から日常的に不法侵入している自称廃墟マニアの方の存在が非常に大きい。

 調査に協力してくれたのは、自称廃墟マニアの神沢亮太さん(28)。毎年超難関大学の受験勉強をなさっているらしい。よく飽きが来ないものだ。

 彼の部屋の机には数冊の赤本と使い込まれた大量のノート、そして棚に丁寧に収納してある色とりどりの同人誌。モチベーションの維持には息抜きも重要だ。

 ――俺は神沢さんに塾の講師をオススメしたい。大学に行くより親孝行できるんじゃないかと個人的にそう思った。

 神沢さんは土日限定で趣味の廃墟巡りをしていて、特に家の向かい側に建つビルは鑑賞用に24時間ビデオを回していたそうだ。

 朝珍しく早起きした神沢さんは、何気なく向かいの廃墟ビルの様子を伺うと、ビルから粉が出ていることに気づいて、それから倒れるまでずっと観察し続けたそうだ。

 彼によると、『あの倒れ方はおかしいよ。まずあの廃ビルは全体的にかなりボロかったんだ。指で触っただけで削れてしまうほどに。倒れる前に、謎の振動か傾いてる途中でビルがその場で崩落してしまうはず』らしい。


 (……お前が指で触ったから倒れたんじゃないのか? だとしたらお前犯人確定だぞ?)


 一応、警察は神沢家を訪問し近所で噂になっている亮太さんに事情聴取したそうだが、彼はその時軍手をはめていたらしく、また指で触ったことを警察に言わなかったそうだ。

 もし彼が犯人だったら警察に突き出してやるところだが、どうやら真犯人がいるようだ。入口から魔素まその集合が道のようにどこかに続いている。今回の犯行は魔導士によるものだとすぐに分かった。

 魔力は魔法を使用する時に必要なエネルギーだ。普通は人間の目には映らない。霊能力者や超能力者が見えているのは魔素であり、霊とかは人間の残留思念、記憶の欠片が魔素と反応して魔力が働いて人の姿を映し出す。

 魔素は大気中に存在している。魔法世界の方が濃度は高いが、魔法を使うには多すぎるほどだ。人間界の濃度が丁度良い。

 魔素ロードを辿っていくと、魔法で地下への扉が隠されているのを発見した。どうやら当たりのようだ。

 地下へ続くだろう扉には、大量の白くて大きな羽の蝶がびっしり止まっていた。勿論、この蝶も警察には視認できない。


 (うわっ、気持ち悪! 一匹だったら綺麗かもしれないけど、これ触りたくないなぁー)


 扉についている白い揚羽蝶は、その大きな羽を輝かせ、まるで月夜に空を舞うペガサスを思わせるような美しさだった。


 (久しぶりにまたペガサスの肉食べたいなー)


 と感傷に浸りながらも扉の模様に見えてきた蝶の大群に左手をかざした。


 (さて、焼却処分するか。上手に焼けるかなー?)


 徐々に左手の掌が翡翠の光をまとい、やがて緑色の焔を生み出した。メラメラと辺りを照らしながらバレーボールサイズの火球を形成する。

 扉の蝶に動きはない。魔力を検知して襲ってくるタイプではないようだ。俺はともかく、警官が襲われたら後々面倒になる。

 鱗葉は火球を掴むと、蝶たち目掛けて思いっきり叩きつけた。

 ボウッと全ての蝶に燃え移り、飛んで逃げることすらできず、一瞬で塵になって霧散した。

 入口の警察に目を向けるが、気づいていないようだ。


 (……一応封印解いたし、地下調べてみるか)


 あまり気乗りしなかったが、鱗葉は地下への扉を自ら不可視にして警察の侵入を防いだ後、廃ビルの奥底へ歩みを進めた。ビル倒壊の犯人を見つけるために。

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