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第一話 笑顔を皆に


 魔法少女になるにはどうしたらいいのか。かつて妹と約束をした彼は、七年間ただひたすらにそれだけを考えて生きてきた。

 どう足掻いても魔法は使えない。奇跡は起こせない。おまけに自分は少女ですらない。

 それでも佐雄也は決して諦めず、愚直なまでに魔法少女としての在り方を模索した。

 その結果がこれだ。

 魔法少女の格好をして奉仕活動をする。それ以外に彼が歩む道はなかった。

始めた頃は周りには嘲笑と好奇の目に晒され、何度となく否定されていた。

しかし、石の上にも三年と言うように、魔法少女活動も七年も続けていれば周囲の目も変わってくる。今ではこの夢見市では、ちょっとした名物キャラクターという扱いになっていた。

 道行く人も彼を変態的な格好を見て、指を差して笑い、野次を飛ばすが、否定的な目を向ける人間はほとんど居ない。

 中には気さくに挨拶を投げかけてくるものまで居るほどだ。彼はそれに反応し、元気一杯の挨拶を返して回る。

「お……あれは」

 彼は困っている人は居ないか、日課のパトロールをこなしていると、赤信号で横断歩道を渡っている老婆の姿を認めた。

 信号無視をして渡っているというより、足が遅いせいで渡っている間に信号が赤に変わってしまった様子だった。

 車道で停まる車は老婆に苛立つようにクラクションを鳴らし続けるが、逆にそれが老婆を委縮させ、横断を妨害している。その状況は魔法少女を自称している佐雄也には見過ごせない。

「大丈夫かい? 婆ちゃん」

 颯爽と駆けつけた佐雄也は声を掛ける。すると、老婆は振り返り佐雄也を見つめた。

「あ、マロンちゃん」

 佐雄也の顔を見て、腰を抜かすどころか、嬉しそうに顔を綻ばせる。日夜、魔法少女としての奉仕活動を続けているおかげで、彼の存在はほとんどの街の人物には認知されていた。

 とりわけ、お年寄りや子供には非常に好意的に見られている。。

「あたしの足が悪いせいで、信号が変わっちゃってねぇ……」

「大丈夫だ、婆ちゃん! 俺に任せてくれ」

 老婆を軽々と背負うと、彼は横断歩道を即座に渡り終える。もちろん、背中に乗せた老婆に負担が掛からないように振動にも最小限に抑えての足運び。

 ただの歩きとはまた違う、引き締まった足腰のアンダーマッスルのみが為せる(わざ)だ。

「早いねぇ。それに全然揺れなかったよ」

「このくらいならお安い御用さ。せっかくだ。婆ちゃんが行きたい場所まで連れてってやるよ」

 ウインクをして、微笑む佐雄也。こういう細かい親切は欠かすことがない。

 老婆はその申し出に済まなそうにしつつも、孫くらい歳の離れた彼に優しくされたのが嬉しかったのか行き先を告げる。

「ここから少し行ったところに薬局なんだけど」

「ああ。そこなら知ってるから楽勝だ。任せてくれ」

 老婆を背負って言われた通り、佐雄也は薬局のまで連れて行き、そこで降ろした。

「ありがとね。マロンちゃん」

「いや、魔法少女として当然のことをしたまでだ。それじゃ、婆ちゃん。俺はもう行くよ」

 快活な別れの挨拶をした彼は、またパトロールを再開する。

 表通りから裏通りを走り抜けていくと、そこに佐雄也と同年代くらいの男がサラリーマン風の中年男性の胸倉を掴み、恫喝しているのが目に入った。

「そこで何をしているんだ!」

 佐雄也はそちらの方に駆け寄りながら叫んだ。男は彼の姿を認めると、乱暴に中年男性を彼へと投げ飛ばす。

「うわぁ!」

 投げられた中年男性はあわや佐雄也と正面衝突しそうになり、悲鳴を上げる。

 けれど、彼の身体はがっしりとした佐雄也の腕に抱き留められ、そのまま彼に何事もなかったかのように地面に降ろされた。

「大丈夫ですか?」

「……ああ。ありがとう」

 中年男性に外傷はないか確かめた後、佐雄也は暴挙に出た前方の男を見据える。

「お前、井上じゃないか」

 その男は佐雄也には見覚えのある顔だった。

 井上琢也(いのうえたくや)。佐雄也と同じ高校に通うクラスメイトだ。

 入学当初は成績のいい優等生だったが、徐々に成績を落とし、二年に進級した頃には素行も悪化して、最近では暴走族とつるんでいるなど噂されていた。

 井上は佐雄也を憤怒の表情で睨み付け、低い声を絞り出すように出した。

「栗山……そんなふざけた格好しやがって。お前も俺のこと馬鹿にしてんだろ……」

 凶相と言ってもいいほどに目付きが鋭くなった井上は佐雄也目掛けて殴りかかって来る。

 佐雄也は中年男性を庇うように前へ出ると、振り上げられた右腕の軌道を読み、難なく拳を掴み取った。

「落ち着けよ、井上。何があったんだ?」

「笑ったんだよ! あの野郎が俺を!」

 怒りの視線を向け、井上は佐雄也の後ろに居る中年を肩越しに睨む。

 佐雄也も横目で懐疑の眼を向けるが、中年男性は怯えた様子で大きく首を横に振った。

「確かに私は笑っていたが、別にそれは彼のことじゃない。久しぶりに娘からのメールが届いて、嬉しくて、それで……」

 佐雄也は井上の方へ振り返り、尋ねる。

「だそうだ。お前を笑ったんじゃないって言ってるぞ?」

「嘘だ。俺のことを笑ったに決まってる。どいつもこいつも俺のこと馬鹿にしてるんだ!」

 ヒステリックな叫びを上げ、井上は左の足で膝蹴りを佐雄也に見舞うがそれもまた彼に受け止められる。

「止めようぜ。誰もお前を馬鹿になんかしちゃいねぇよ」

 手のひらで押えるように膝を受けた佐雄也の動きは、自分への打撃を防ぐよりも井上に衝撃が行かないように配慮した受けだった。

 だが、返ってそれが彼のプライドを傷つける。

「お前もやっぱり、俺のことを馬鹿にしやがって‼ 俺はあの『ブージャム』に入ってんだぞ?」

 激昂しつつも後ろに一度離れて叫ぶ。

 『ブージャム』というのはこの夢見市で一番規模の大きな暴走族のことだ。

メンバーの中には少年院に入れられた経験もある人間も居り、警察ですら関わるのを嫌がる荒くれ連中の集まり。不良の中ではそこに入ることが、一種のステータスのようになっていると佐雄也は聞いたことがあった。

「馬鹿みたいな格好で駆け回ってるお前如きが、俺を見下してんじゃねぇ!」

距離を取った井上は喚きながら、回し蹴りを放つ。

 避けても、受けても角が立つだけだと判断した佐雄也はその一撃をわざと防がなかった。

 顔に飛び込んでくる衝撃は彼の頬に直撃し、彼の頭を僅かに揺らす。

 攻撃を当てれば、少しは相手の気も落ち着くだろうと思っての行為だが、勢いの乗った回し蹴りは彼の頑丈な頬骨に当たり、蹴った井上の方が痛みで(うずくま)る結果に終わった。

「大丈夫か? 井上!?」

「うるせぇ! うるせぇうるせぇ! 笑うな、俺を笑うな‼」

 喚き立てる井上は心配して、覗き込んだ佐雄也を睨み、押し退け立ち上がる。

 そして、傍に停車していたバイクに跨ると、逃げるようにエンジンを掛け、その場から去って行った。

「井上……」

 彼を見送る佐雄也は、蹴られた痛みよりも去っていた後ろ姿に心痛める。

 学校にもめっきり登校して来なくなっていたとはいえ、自分にも何かできたかもしれない。

 クラスメイトとして近い位置に居ながら、悩みを持っている彼に何もしてあげられなかったのかと悔やんだ。

中年男性に事のあらましを尋ねると、なかなか会えない娘からのメールに喜んでいたら、バイクで走っていた井上とたまたま眼が合い、因縁を付けられたのと話だった。

「とにかく、ありがとうございました」

「いえいえ、魔法少女として当然の行いをしたまでです。それでは!」

 お決まりの口上を垂れ、彼は中年男性と別れた。

井上のことも気になったが、街でのパトロールは彼のライフワークだ。

 それに今のままでは井上に話を聞くのも難しいだろう。

 両手では顔を叩いて、己を叱咤すると佐雄也は再び、駆け出した。

 彼は困難にぶつかる度に思う。

 ――魔法少女は難しい。

 何本も魔法少女物のアニメや雑誌などを購入し、日々研究を続けていても、彼女たちのように全ての人にはできない。

 所詮はフィクションと現実は違うのだと割り切ってみせても、本心では苦しみ、悩む人々を一人残らず救いたいと思わずにはいられなかった。

「駄目だな。魔法少女がこんな顔してちゃ……」

 皆を笑わせ、幸せにすべき魔法少女が暗い顔をしていては元も子もない。魔法少女は常に元気な笑顔でなくてはならないのだ。

 表情をいつものような笑顔に変えて、街でのパトロール兼ランニングを続けていた佐雄也はその時、視界の端に奇妙なものを捉えた。

 耳の長い、真っ白なウサギのような生き物が宙に浮いている。毛並みも本物のウサギと違い、デフォルメされたぬいぐるみような非現実的な質感をしていた。

 そう、例えるなら、それは魔法少女物のアニメ番組に登場するマスコット。

 目を見張らせて驚く佐雄也を尻目に、そのウサギのマスコットはすっと路地裏の角に消えていく。

 まさか、あれは……本物の魔法少女のマスコット!?

 古来より、マスコットと出会い、魔法の力をもらった少女が魔法少女となるのが、定番のお約束。

 佐雄也の中で沸々と情熱が湧き上る。

 ひょっとすればただの白昼夢や幻覚の類かも知れない。だが、彼にあのマスコットを追わないという選択肢は存在しなかった。

 全速力で駆け抜け、マスコットが消えた路地裏に飛び込むように足を踏み入れる。

 期待を胸に着いた先には――何の変哲もない行き止まりが待っていた。

 落胆があった。あり得ないとは分かっていたが、もしかしたらという希望が胸の奥で潰える。

「まあ、そうだよな……そんなうまい話がある訳ないか」

 自分の懐いた可能性に呆れ、とぼとぼと速度を抑えた足取りで進む。そして行く手を塞ぐ行き止まりの壁を眺めた。

 塀と塀がぶつかり合い、綺麗なコの字を書いている行き止まり。

 ひと昔前のギャグ漫画に出てくるようなその壁を何の気もなしに触れてみる。

 しかし、指先に当たるはずの壁の硬い感触は、彼には感じられなかった。

 彼の手は空を切り、まるで何もない空間に手を差し込んだような感覚さえする。

「何だ、これは?」

 驚愕に思考が支配されたが、次に脳裏に浮かんだのは先ほどの期待。

 今度は全身でその壁の中に進んで行く。すると、何の抵抗もなく、彼の身体は壁の中に吸い込まれていった。

 視界が黒に染まったかと思うと、すぐに見たこともない光景が佐雄也の瞳に映り込む。

 そこはまるで夢の中で見るような、摩訶不思議な構造をしている空間だった。

 巨大な卵の殻の内側。それが佐雄也のこの空間の感想だった。

 上部と下部がドーム状に展開しており、真っ白い曲線のみが周囲を構成している。

「……っおお」

 ゆっくり観覧できたのは一瞬。すぐに世界が重力を思い出したように佐雄也の身体が落下する。

 とっさに側面に身体を伸ばし、靴の踵を押し付けるが、到底その程度では落下による加速は止まらない。

 緩く曲がる側面に沿って彼の身体は、下へ下へと滑り落ちていく。

 しかし、下部に行くほどカーブが大きくなっていることもあり、次第に減速してスカートが捲り上げられ、下着が側面に擦り付けられるという悲劇に見舞われたが、何とか無事に降下することができた。

 佐雄也は手を臀部(でんぶ)に回し、パンツが擦り切れていない確認する。

「良かったぜ。流石に穴あきパンツは魔法少女的にもアウトだったからな」

 パンツの無事を認めると、捲れ上がったスカートの裾を直し、立ち上がる。

 改めて、周囲を見回せば中央に三メートルほどの物体に目が留まる。

 それは一言で表すなら、黒曜石を切り落として作った芸術品じみた猪。

 角ばったポリゴンのような外観のそれは生物のように荒い鼻息を立てている。

「……あいつ、生きてるのか?」

 現実離れした黒曜石の猪に気を取られていたが、よく見ればその猪の向こう側にも何か居た。

 さっき見たウサギのようなマスコットと中学生くらいの少女だった。

 カチューシャの付いた茶色い長髪をアップヘアーに束ね、赤茶色のエプロンドレスに身を包んでいる。スカートから伸びた足に白のハイソックスに覆われ、手には奇妙な先の丸まったステッキが握られていた。

 顔だちはまだ幼く、瞳も垂れ目で穏やかな印象を受けるが、それでも黒曜石の猪と対峙している彼女は凛々しく引き締まっている。

 その姿はまさしく、佐雄也が憧れていた魔法少女そのものだった。


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