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エピローグ 叶えた夢

 薄桃色の魔法少女の衣装を着込んだ青年・栗山佐雄也は今日も夢見市街道を駆ける。

 マリス襲来から、二週間が過ぎていた。街は元通りいつもの日常を取り戻し、あの一件があった痕跡はどこにも見つからない。

 佐雄也の知り合いの中には、マリシャス・ミラージュとして戦ったことを覚えている者も居たが、その誰もが夢だと思っている様子だった。

それでいいのだと彼は思う。あの出来事は一過性の悪夢のようなものだ。いつまでも記憶の中に留めておくべき内容ではない。

しかし、そのおかげで佐雄也は本当の意味で魔法少女となれた。未亜との約束を守ることができた。

佐雄也は自分の在り方を確立した。もうこの先も決して迷うことはないだろう。

 困っている人や苦しんでいる人を助けるため、魔法少女マジカルマロンとして、彼は己にできる精一杯の奉仕活動を続けていく。

 それは未亜との誓いだけではなく、彼自身のやりたいことでもあった。

「お師匠さん」

「こんにちは、佐雄也さん。今日も精が出ますね」

 街中を奔走していると、二人の少女が彼に声を掛けてくる。それぞれの中学校指定の制服姿の麻衣子と風美だ。

 彼女たちはあの一件から魔法少女としての力を失い、今では一介の女子中学生に戻っていた。

「お、どうしたんだ? 二人揃って」

 足を止めて彼女たちに尋ねると、二人は一度顔を見合わせてから、佐雄也に言う。

「実は今からお師匠さんに会いに行こうと思ってたところなんです」

「そうだったのか。何か俺に頼み事でもあるのか? 俺で良かったら何でも聞くぞ?」

 何たって魔法少女だからなと佐雄也は力こぶを作って力強く言った。

 麻衣子たちはそれに苦笑いをした後、彼女たちがそれぞれ手に持っていた紙袋を彼に差し出した。

「頼み、というかこれをもらって頂けないかと」

「ん? 俺にか」

「はい!」

 二人から渡された紙袋を一つ一つ受け取り、許可を得てから開いてみる。

 麻衣子から受け取った方を開くと、中から手乗りサイズのぬいぐるみが出て来た。

「これは……ヨーグッドか」

 それは、白いフェルトで作られたヨーグッドの人形。耳の内側にあった目玉型の模様まで、黒い糸の刺繍で再現している。

 ボタンの目が猫を被っている時のくりくりした瞳を思い起こさせた。

「はい! 学校で家庭科の時間に作ったんです」

「へぇ、よくできてるな。ありがとう」

 麻衣子にお礼をすると、今度は麻衣子からもらった紙袋を開く。

 中から出てきたのは少女のぬいぐるみ。一瞬、マリスを模ったものかと思ったが、黒の毛糸で編まれた髪と瞳を見て、佐雄也は気が付く。

「こっちは……未亜か?」

「はい。私の学校は家庭科の授業がありませんから、家で作りました」

 彼女には僅かに視線を落とし、愁いを帯びた笑みを浮かべる。

「私はずっと未亜ちゃんがマリスそのものだと思っていました……でも、違ったんですよね。本当の未亜ちゃんだったなら、佐雄也さんを殺すなんて冗談でも言わないはずですから」

 未亜とマリスの関係を佐雄也から伝えられた風美はずっとそのことを悔やんでいた。

 佐雄也にはそれが彼女の責任だとは思わなかったが、風美は自分の本音を告白する。

「佐雄也さん。ずっと貴方に嫌われるのが怖くて、私は隠していましたけれど、本当は未亜ちゃんのことが嫌いでした」

 佐雄也は彼女の話に口を挟まず、黙って耳を傾ける。

 風美が未亜に含むものがあったのは彼も薄々は勘付いていた。それでいて、彼女に何も指摘しなかったのは、例えそれでも未亜の友達でいてほしかったからだ。

「でも、それは未亜ちゃんのせいじゃありません。ただの私の醜い嫉妬だったんです」

 顔を上げ、佐雄也をまっすぐに見上げた風美は一拍空けて彼に言う。

「私は佐雄也さんが好きです。ずっと前から貴方を想っていました。未亜ちゃんよりも、ずっと……だから、私と付き合って下さい」

 彼女の告げた想いに佐雄也は逃げも隠れもせず、真正面から答えた。

「凄く嬉しいよ、風美ちゃん。俺なんかを好きだと言ってくれるのは多分、君くらいだ」

 風美の気持ちは素直に嬉しい。佐雄也とて思春期の男だ。幼馴染とはいえ、美目麗しい少女に告白されて悪い気はしない。

 だが、彼はその恋心には応じられなかった。

「でも、ごめん。俺はようやく自分と向き合えるようになったばかりだ。まだ、誰かと付き合えるほど余裕のある人間じゃない」

 きっぱりと断る。それは想いを告げた彼女に失礼な行いかも知れない。しかし、ここで安易に受け入れる方が彼にとってはよほど失礼なことだった。

 振られた風美はむしろ、爽やかな表情を浮かべる。

「そんな気はしていました。佐雄也さんはそういう、人ですもんね」

 彼女は濡れた瞳で佐雄也を見つめて、少し拗ねたようにそう言った。

「風美さん……」

 無言で風美の告白を見守っていた麻衣子は同情するように眉を下げた。

 慌てた様子もないことから、彼女が告白することを事前に聞かされていたのだろう。

 軽く目元を拭った後、風美は瞳を細め、静かに微笑む。

「それでも……そのぬいぐるみだけはもらって下さいね」

「ああ。ありがたく頂戴するよ」

 これは風美にとって、一つの清算だった。未亜への嫉妬や嫌悪と佐雄也への恋心への清算。

「それなら、お師匠さんはいつ心の整理が付くんですか?」

 見かねた麻衣子が風美の代わりに彼に尋ねる。

 その問いに以前から熟考していたものを佐雄也は答えた。

「そうだな。まずは両親と腹を割って話して……家族三人で未亜の墓参りができるようになってからだな」

 愛と絆の大切さを説く魔法少女が両親と不仲では格好が付かない。

 今度は人類の無意識悪意などよりも身近で、矮小で、避けられない強敵と戦うと決めていた。

 それは魔法少女マジカルマロンとしてではなく、一人の青年・栗山佐雄也として越えなくてはいけない試練だ。

 七年間、否、もっと前からできていた深い溝を埋めていくのは長い戦いになるだろうが、覚悟はできている。

 今まで目を背けていた負債を、時間を掛けて返していくつもりだ。

「それが終わったら、改めて返事をしてもいいかな? 風美ちゃん」

「……え、それって……」

 風美は思いがけない彼の言葉に驚き、呟きを漏らす。

 だが、佐雄也はそれ以上答えずにパトロールを再開して、紙袋を抱えてその走り去ってしまう。

 麻衣子と共に残された風美は、彼女と顔を見合わせた後、大きく声を上げて抱き着いた。

 恋する少女を置いて、魔法少女活動に励む佐雄也は、街道沿いを見回す。すると、道の端で泣いている五歳くらいの少女の姿が目に留まった。

 すぐに彼女の元へ走り寄り、膝を突いて目線を合わせると優しい笑みを浮かべる。

「どうしたんだ。お母さんと逸れちまったのか?」

 少女はしゃくりあげながら喚くばかりで、佐雄也の言葉に反応する様子もない。

 そこで彼は立ち上がると、彼女に元気な声で言う。

「よし。じゃあ、俺が元気の出るものを見せてやるよ」



***



 魔法少女マジカルマロンこと栗山佐雄也は、魔法を使えない。奇跡も起こせない。少女ですらない自称・魔法少女のコスプレ男だ。

 だが、彼は人の笑顔を守るため、助けを求める人を救った。

 そして、最愛の亡き妹との約束を果たし、遂に彼は本当の意味で魔法少女となったのだ。


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