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プロローグ 託された願い

 病室のベッドに横たわる幼い少女が居た。

 年齢はおおよそ七歳程度。しかし、彼女の顔は酷くやつれ、年寄りのような相貌を浮かべている。

髪の毛の抜け落ちた頭には赤いニット帽子を被り、鼻にはチューブが差し込まれ、少女は落ち窪んだ瞳で天井を見上げていた。

 その隣で髪を剃った坊主頭の少年が彼女を悔しそうな表情で両手を強く握り締めた拳を震わせている。

 必死で泣くまいと堪えている彼もまた十になるかならないかというほどに幼く見えた。

 そんな少年にベッドの上の少女がぽつりと零すように漏らした。

「お兄ちゃん……わたしね、本当は魔法少女にならないといけなかったの……でも、わたしは……」

 少女の兄らしき、その少年はその言葉を聞き、何か覚悟を決めたように答える。

「……分かった。それじゃ、俺が代わりになってやるよ」

「え……? お兄ちゃんが?」

 戸惑う少女に少年は彼女の瞳を見つめ、大きく頷いた。そして彼女の枯れ枝のような手に、自分の手をそっと添える。

「ああ。お前の代わりに立派な魔法少女になってやる」

 冗談のような台詞。だが、彼の声にはふざけた様子は微塵も含まれていない。

本心から出た真の想いが傍からでも伝わってくる。

少女もまたそれを感じたのだろう。くたびれた顔がほんの僅か綻んだ。

「……でも……ううん、わたしにも優しくしてくれたお兄ちゃんなら……きっとなれると思うよ。わたしなんかよりも……ずっと魔法少女らしい魔法少女に……」

 少女はそう言って静かに目蓋を閉じていく。彼女の名を叫ぶ少年だが、目を閉じた彼女はもうそれには答えない。

 その時、少年は己の在り方を定めた。最期に妹が漏らした小さな願いを、彼女に代わって必ず叶えると。

 この瞬間から魔法少女を目指すと。

 涙を流す彼にはそれ以外に少女のためにできることはなかった。


 ***


 そこはとある日本の一都市、夢見(ゆめみ)()

街中にある大通りはそれなりに交通量も多く、行きかう人だかりで込み合っていた。

 一人の幼児が道の端で涙を流して、しゃがみ込んでいる。

 親とはぐれたらしき、その幼児は(しき)りに大声を上げて喚くが誰一人として、近寄るものは居なかった。

 煩そうに横目で一瞥するものの、慰めてやろうなどと思う奇特な人間はおらず、皆が自分には関係ないとばかりに離れていく。

 しかし、ただ一人だけ幼児に近寄る人影があった。

 その人物は幼児の前に立つと、目線を合わせるように片膝を突いて腰を落とす。

 年頃は十七、八の青年。いがぐり頭にジャケットを羽織り、表情には快活な笑顔が溢れている。

 身体つきはがっしりとしていて、何かしらのスポーツを嗜んでいるのか、よく引き締まった筋肉が上着越しにも見て取れた。

「どうしたんだ。お母さんとはぐれちまったのか?」

 彼の問いかけに、くしゃくしゃに歪めた顔で幼児は何度か頷くが心細さ故の涙は止まらない。

「よし。じゃあ、俺が元気の出るものを見せてやるよ」

 青年はそう言うと何故か己が着ていた上着とズボンをおもむろに脱ぎ始めた。

 その下からはふりふりのレースが付いたアニメの魔法少女が着るようなファンシーな衣装が現れる。

 幼児や行きかう人々が彼の異様な格好に思わず、呆然として目を留めた。その中には呆れたようなものも居れば、面白そうに近寄るものも居る。

 脱いだ服を横に放り、頭に鉢巻のようにリボンを結ぶと青年はにっと微笑んで名乗りを上げる。

「魔法少女マジカルマロン。ただ今参上!」

それからリズムに乗せた歌詞を口ずさみ、それに合わせて踊り始める。

「マママ、マ~ジ~カル! マママ、マ~ジ~カル! 魔法をか~けたい! 希望をあ~げたい!」

 引き締まった筋肉を包んだ可愛らしい衣装は揺れる。

アンバランスな格好の癖に動きにキレがあり、見るものの視線を奪って離さない。

 歌詞は非常に陳腐なものだが、歌声は男にしては澄んでいて、耳障りもよかった。

「マママ、マ~ジ~カルパワーで、誰もが笑顔さ! もっと! きっと! 楽しくなれ~るよ!」

 長身の身体を見事に活かし何度もターンする。その度にスカートの裾が浮き上がるが、滑らかなフットワークが下着の露出を完全に阻止していた。

 何よりも、その楽しげで明るい表情が見ている人間に元気を与えてくる。

「マママ、マ~ジ~カルスピリット! 誰もが幸せ! ずっと! ずっと! 優しくなれ~るよ!」

 泣き喚いた幼児は、いつの間にか青年のダンスに夢中になり、歌詞に合わせて手を叩いていた。

 彼の歌や踊りに誘われてきた人たちも、自然と一人二人と数を増し、いつしか大きな人混みとなっている。その中に紛れていたストリートミュージシャンも彼の歌に合わせて各々の所持していた楽器を掻き鳴らし始めた。

 一気に路上コンサートと化した青年の周りには更なる人が集まってくるがそれに物怖じせず、彼は歌とダンスを最後までやり遂げた。

「マママ、マ~ジ~カル! マママ、マ~ジ~カル! マ~ジ~カルマーローン~!」

 歌が終わり、華麗にポースを決まると彼に拍手の雨が降り注がれた。

 青年は軽く周りの観客たちに頭を下げてから、中腰になって幼児に尋ねる。

「少しは元気出たか?」

「うん!」

「それじゃあ、何で泣いてたのか教えてくれ」

 幼児は自分の泣いていた理由を思い出し、また不安そうに顔を曇らせるが、青年の笑みに促されて話し出した。

「おかーさんと出かけたんだけど……まわりを見てたら……」

「はぐれちゃったんだな。お母さんの名前は分かるか? 苗字とか」

「ううん……わかんない」

「そうかぁ。じゃあ、一緒に探すか」

 よしと頷くと彼は幼児を抱き上げ、肩に乗せる。

少しだけ驚いた幼児だったが、視線が高くなって無邪気に喜んだ。

 幼児を掲げるように肩車をした青年は周囲に集った人たちに声を掛ける。

「この子のお母さん! この近くにもし居ましたら反応してくださーい!」

 これで駄目なら幼児の名前を聞くか、母親の服装を聞いて調べようと思っていたが、集まっていた人混みの中に居たようで幼児の母親らしき女性が反応した。

「りゅーくん!」

「おかーさん!」

 青年は幼児を降ろすと、人混みをかき分けてくる彼女の方にそっと背中を押した。

「ほら、お母さん見つかったぞ。よかったな」

「ありがとう。えーと……」

「魔法少女マジカルマロンだ」

「ありがとうマロンのお兄ちゃん」

 嬉しそうに笑って母親の元に駆けて行く幼児を見送り、青年は優しく微笑んだ。

 母親の方も何度も頭を下げ、彼に感謝の意を示すが、それを手で制した。

「いえいえ。魔法少女として当然のことをしたまでですから」

 そう言って青年は上着とズボンを引っ掴むと、人混みの隙間から颯爽と立ち去ろうとする。

 だが、人混みを掻き入って警官がやって来てことにより、彼の動きはぴたりと止まった。

「あ、尾張さん。どうも」

「『あ、尾張さん』じゃねーよ。ここまで人集めんならちゃんと許可の申請しろって毎回言ってんだろ!」

 尾張という警官に怒鳴られる青年。困ったように頭を掻いて謝る姿は子供のようだった。

「すんません。いつも人集める気はないですけど……」

「目立つんだよお前は! 大体、妙ちくりんな格好で街中を走り回りやがって。いい加減卒業しろよ、もう高二だろうが!」

 その間、スマートフォンで写真を取っている観衆を尾張は睨み付け、散らしていく。

 僅かな隙を見計らい、彼はさっと身を翻して、その場から逃げ出す。

「あ、こら……ったく」

 呆れた目で離れていく彼を尾張は見るが、小さく溜息を吐いて見送った。その顔にはどこか優しげな色が滲んでいた。

 去って行く魔法少女の格好の青年は、己を恥じることもなく、次なる困った人に手を差し伸べに行く。

 彼の名は栗山佐雄也(くりやまさおや)

 七年前に魔法少女をなることを決めた男だった。


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