9(パーティ)
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冬を越す為の木の実のごとく、白とオレンジ色の錠剤が封入された銀色シートを手を付けずに貯め込んだ。試しに何粒か服用したけど、色々と調べた結果、使用するより保管したがいいと確信していた。或る程度の量になったら売ってお金に戻してもいい。でも、あたしはもう厄介事に首を突っ込むのは得策でないと承知している。中学生がお目こぼしして貰うには、もうちょっと素行を良くしておくほうが賢明だ。あたしは枠の外にいる。なので目立つことはしてならぬ。なので静かにやりすごすのがいい。云うなれば、冬眠。休んでろってセンセイも云ってたしね。
さて、問題です。この気持ちを静めてくれるお薬、どれくらいあれば深く静かに永く眠れるでしょう?
答えは無理でーす。
体重から計算してみたけれども、今の受診ローテーションを延々と繰り返しても充分な量にはなりません。たとい量が充分でも、その全部を飲む(食べる?)には、一体何食分相当? 文字通り、毒にも薬にもならない代物でして。
代替案はございませんか?
もちろんございます。
あたしはなんで火炎瓶(不燃焼)を学校に投げ込むなんてつまらないことを考えたんだろうって結構真剣に思い返していた。世界を焼き払えば何かが変わるとかそう云うことだったら別に学校でなくていい。学校を選んだのは、イ、心理的条件、ロ、地理的条件、ハ、その他諸条件。まぁ、偉そうに自己分析なぞしてみても、ひとつの象徴、シンボリックな要因に起因しているだけで、調書やカルテに書かれた程にその実、深い意味はない。
理由を付けて動機を付けて、ファイリングするのは簡単で、相手が欲しがる回答を口から漏らせば出来上がり。無事にクローズドケース。誰も損をしない。
あたしは面倒から解放され、向こうも次に移れる。なんとまぁ素敵なことでしょう。
でもあたし自身は諦めてないんだな。
実はねちっこい性格なんだな。
灯油カクテルが失敗するのは分かっていた。ガソリンを用意できなかったわけじゃない。ちょうどリビングにストーブが半年ぶりに現れたのは無関係ではないけど、それが本質でもない。有り体に云えば、あたしは臆病風に吹かれたんだ。ゆらゆら影、見えないそれを操れるとは思えなかった。だから折衷案としてランクダウン。浅はかなのは認めるよ。ただ、度々答えているように──そのときはそれがいいと思ったんだ。それだけ。
そんな次第で、あたしはフェーズのシフトに辿り着く。従来の考えをひっくりかえすイノベーション。云い換えるのなら、あたしのパラダイムシフト。
とにかく途方もない量が必要なのは調査済み。増やせないなら、効果を増幅させてやればいい。例えば潰して溶液にするだとか。
ここで再度おさらい。お薬の効果効能服採用、そして注意の項目。やっていけないことは、逆にあたしが求めている組み合わせ。どれもが強く飲酒を挙げている。故に、呑め。
ところがこれが問題でして。お酒の入手がまず無理だ。瓶と名のつく物は、あの一件以来、我が家から姿を消した。調味料もプラスチックボトルになった。でもだから? ウォッカ、ウィスキー、ジン、ワイン。お酒のアルコール含有量を比較調査。対して汚れ落としの無水エタノールはほぼ百パーセント。スポーツドリンクと合わせて溶媒にして、調整してやればいい。あらやだ。とっても簡単。そして入り口が有れば出口がある。出口の方が通過点が少なく、直接的で高い効果が期待出来る。例えばそう、坐薬がそれ。
あたしは粛々と準備を進める。大きなポリ袋、結束バンド、梱包テープ。カビ取り剤に漂白剤、トイレ洗剤に入浴剤。家のあちこちにあって、置き場所と残量の確認。
自分の部屋に持ち込んだりしないよ。年末の大掃除を控え、なんて云うかもう、天啓としか思えなかった。
家中の鍵に接着剤を流し込み、窓は全て目張りして、すっかり準備が整ったら、お父さんのデッキにお母さんのCDを入れ、ボリューム一杯鳴り響かせよう。序曲、一八一二年。真冬の夜は冷たく清らか、静謐で。とても素敵で最適ね。寝静まった家の中。さぁ始めよう、あたしだけのカクテルパーティ。
─了─






