4(ガソリン)
お店は混雑していて、メニュー渡され待たされた。そっちの人には必要ないよ。いつもと同じロースカツだから。
あたしはラミネートされた綺麗な写真を眺める。なんか違った物が食べたい気分になって、「決まったか?」なんで急かすの?
顔を上げたら、レジの横に置かれたボードに「カキフライ」の文字。産地がどこそこ、大粒でおすすめ。「決まったよ」
お父さんは新婚旅行で中たって以来ダメだけど、お母さんは好きだから〝r〟のつく月は幾度かこっそり食卓に乗る。見た目はもちろん、匂いも味も、何もかもがイマイチなそれを、なんだかあたしも好きなのだ。
海の物って最初に食べた人は本当にどうかしている。ナマコしかりウニしかり。エビ、カニ、タコ、イカ、シャコ、アワビ。魚だって気持ち悪い。なのに美味しい。食べられないよう獲得進化した姿なんだろうけど、無駄だったね、お生憎さま。美味しい物に貴賎はないよ。あるのは食べる、人の方。
順番が来て席に通され、オーダーを伝えて、何か云いたげなお父さんを無視して暫くの後、熱々の揚げたてがテーブルに乗る。おやまぁ、ほんとに大粒だ。結局全部食べ切れなくて、お茶碗に残したご飯はお父さんのお腹に収まった。満腹。口元隠して小さなげっぷ。口の中、カキくさい。お茶で流してお店を出た。
ドラッグストアで、お母さんの為にお買い物して、あたしは口の中のにおいが漏れぬよう足早にお店を出て深呼吸。冷たい空気が胸に染みる。眩しい店内だと恥ずかしいってどうしてかな。
車に乗ると、「ガソリン無いな」
返事の代わりにげっぷが出た。そんな目でこちらを見られましても。出物腫れ物所嫌わず。でもまぁ……ごめんなさい。
セルフのガソリンスタンドは、明るいけどお店と違って壁もなくて解放的。助手席に座ってパネルを触るお父さんを見てたけど、ドアを開けて強いガソリンのニオイの混じった肌寒い外に出て、「ねぇ」云った。「あたしがやっていい?」
お父さんはぐりっと首を巡らし、周りを見た後、「大丈夫か?」
みんなやってるんだから大丈夫じゃない?
「静電気、除去しなさい」
云われるままに黒いプラスチックに触って、「これでいい?」電気、抜けたかな。
赤のノズルを手に取り(おお、重たい)、お父さんがキャップを外して(あー、くさいなぁ)、「こぼさないように」(了解でっす)、「しっかり握ってるように」(はいさっ)、「満タンになったら止まるから」(ういっす)。
レバーを引くと、吸い上げられたガソリンがぐうーって感じでチューブを伝って、ノズル先からゴボゴボ、車に注がれる。表示されたふたつの数字が凄い勢いで増えて行く。単位はリットル、それと円。あたしの手の中でお金がじゃんじゃん流れてる。すごい。ライトの照らす足下で、ゆらゆら影が動いていた。給油中に気化した分は、お支払いに含まれるのかな。ゆらぐ影は見えるのに、ニオイしかないって面白い。ほんにあなたは屁の様だ。どっちも引火の危険アリ。不意にノズルがゴツッと止まった。