3(ゴミ箱)
或る朝、登校すると下駄箱に上履きがなかった。昨日の帰りに入れ間違えたか、落としたか。どこへ消えたかぴょんぴょん跳ねて下駄箱の上を見たり、昇降口のゴミ箱とかのぞいてみた。これは事件。ガイシャが見当たりませんぞ。通学用の薄汚れた白い運動靴を脱いで仕舞って、脱いだ靴下片手に裸足で教室に入った。変な空気を感じるくらい鈍くはないよ。あたしは自分の席につくと、通学鞄をひっくり返して教科書だとかノートだとか机に突っ込み、鐘が鳴って、ホームルーム。吉川先生がなんか云ってる最中に立ち上がって、「雛形さん?」どうしたの、と担任さまを無視して、教室後ろのゴミ箱をけっ飛ばした。プラスチックのそれはベコって間抜けた音を立ててゴミを散らしながら転がって、紙くずに混じって一足の上履きを吐き出した。踵にあたしの名前入り。教室が白けるのが分かったし、阿呆らしくなったので、あたしは廊下に出て、保健室に行った。途中で小さな砂粒を踏んで、痛かった。足裏の皮って薄い。
保健の先生は濡れタオルと緑色の来客スリッパを貸してくれた。真っ黒になった足の裏とスリッパの中を拭って履いた。学内で裸足って開放的な気分になるもんね。
一時間目が終った後で教室に戻って荷物を抱えて、帰宅した。帰りしな、ビニールに入れられ、机の上に置かれていた上履きを、そのままゴミ箱にリリースした。休み時間と云うのに静まり返ったクラスの中、誰もがあたしの挙動を見ていた。パンダだってもう少しそっとして貰えると思うの。
そしてだれかが云い出した。雛形は危ないって。
あたしはたぶん、怒っていい。
*
十月生まれって、要するにお正月にヒマした結果なんだと思う。お誕生日の週末。外食、晩ご飯。お父さんとお出かけした。お母さんは具合が悪いってお布団の中、臥せってた。「ごめんね」身体を小さく丸めて。
私のことは気にしないでいいから、ふたりで行っておいで。
大丈夫よってあたしを見て、折角だからおねだりしたら? って
はてさて、何が折角なのだろう。
母さんも来たかったろうな、ってお父さんがごちる。「帰りに何か買って行ってあげよう」
車の中。びゅんびゅんライトが窓に光ってすれ違って。ハンドルを握りながらお父さんが云う。「なにがいいだろうな」
夜の大通りって眩しい。「桃缶」
するとお父さんは。「俺も食いたいな」
ふたつ買えば?
そして着いたトンカツ屋さん。
「なにがいい」って訊かれたから、「なんでもいい」
お父さんの中にとって、外食=トンカツ屋さん。よくある話さ。まぁ、量がちょっと多いかなって思うけど、美味しいとは思う。