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餌付け、と

 次の日もロランが来やがった。

 もう来なくていいのにと呪うように思っているのだけれど、相変わらずにこやかな頬笑みで、


「こんにちは、今日もリュシーにあいに来たよ。今日も変わらず可愛いね」

(目に見えるくらい不機嫌だな。この俺がわざわざ会いに来てやっているというのに、ずいぶんとまあ……こんな機嫌の悪そうな顔をしても可愛く見えるとは、このリュシーという猛獣は侮れない)


 言葉では全く気付いていない風を装っているが、心の中はこれだ。

 許せない、何で見た目だけはこんなにこの好みなのに、心はこんなに腹グロなんだと僕は叫びたかった。

 心が聞こえなかったらきっとほだされただろうと思うものの、こんな奴に絆されなくて良かったとも僕は思う。

 そこで、今日もまた外で食べないかと誘われる。

 

「リュシーが好きそうなお菓子を持ってきたんだ」

(この餌で釣り上げられるかどうかだな。まあ、釣り上げられなかったら、そろそろ……力づくで連れて帰るか)


 何処にですか! と僕は心の中で思って、青くなる。

 まだこの性格の悪い美形の貴族の目的を何も聞き出して――否、読み出していない。

 今の状況は非常に不味い。


 どうするんだ僕。

 あれか、ここで選択肢を間違えるとバッドエンド的な運命の岐路というか。

 どうしようどうしよう、と、とっりあえず、少しデレておくのはいいとして、


「あの、一つ聞きたいことがあるんです」

「何かな?」

(珍しいな、この猛獣にしては。まあ、気が向いたら少しくらい話してやってもいいかもな)

「どうして僕に、こんなに会いに来るんですか? 偶然会ったからって……」

「一目惚れしたからだよ? それではいけないかな?」

(この俺がわざわざ会いに来てやっているんだからそろそろ落ちろよ。全く、ご令嬢たちを片っ端から落として浮き名を流していたら、こんな風になったが……でも、このリュシー……いや、考えるのを止めよう)


 そこで考えるのをやめるなよ! と僕は心の中で突っ込んだ。

 しかも核心となる部分も全部何も引き出せていない。

 僕の誘導方法がいけないのだろうか。

 心の中で涙を流しているとそこでロランが、


「じゃあ行こう、リュシー」


 そう言ってロランが僕に手を伸ばす。

 僕よりも大きい手。

 その差し出された手に恐る恐る僕が手を重ねると、その時、ロランは作り笑いではないようなほんとうに優しい笑みを一瞬だけ浮かべる。

 それに僕は一瞬だがどきりと胸が高鳴ってしまう。

 けれどすぐにきっとこれは気のせいだと思い込んでそして、手を繋いだまま近くの公園に向かったのだった。



 



 ロランの差し出した箱は白い紙箱で、赤と金のリボンで結ばれて、造花があしらわれている。

 こんな綺麗な装丁のお菓子なんて、見たことがないと思って、どうしようと困っていると、


「ここのリボンを引くんだよ」

(開け方も分からないのか。でも、戸惑っているリュシーも可愛いよな。よし、今度はもっと困らせよう。たしか特殊な方法でしか開けられない菓子が……)


 親切に教えてくれるように見せかけて、心の中ではこれだ。

 でも教えてくれるだけマシなのかなと悩む僕は、そこで蓋を開けて驚く。

 色とりどりの、マカロンや透明な砂糖のつぶをまぶしたゼリーが並んでいる。

 しかもマカロンには表面に、花の模様などが描かれていて凝った作りだ。

 食べるのが勿体ない、そんなお菓子の数々だ。


「す、凄い……こんな綺麗なの……」

「気に入ってもらえたかな?」

(この様子なら聞くまでもないがな)

「は、はい……わぁ」


 僕はその時お菓子にで夢中になっていて、ロランの心の声を全部見逃していた。

 お菓子を見たまま僕は動けずにいて、ロランが話しかけているのも聞き逃していて、それにロランが機嫌を悪くしていたのも気づかなかった。

 その機嫌の悪かったロランが何かを思いついて、ニヤッと笑ったのも。


 そこでロランの手が菓子箱に伸びて、黄色いゼリーを取り出す。

 そして僕の口の前に持ってきて、


「口、開けて」

(菓子に夢中で手を出せないみたいだからな。餌付け、と)


 僕はむっとしながら口を開ける。

 すぐに放り込まれたゼリーのさわやかな柑橘系の香りが口いっぱいに広がる。

 美味しい、自然と僕の顔がほころぶ。


「美味しい?」

(聞かなくてもそうだろうが、でも可愛いな。この前は、この俺が不覚にも可愛さに惑わされてキスしてしまったし。こういう所は普通なのに、この前は誘拐犯を追いかけていくし……あの時は本当に心臓が止まるかと思った。たく、この俺に心配をかけやがってこの猛獣は……しかし本当に美味しそうに食べるな。もう一つ……今度はマカロンに行くか)


 何故か好感度が上がっていると僕は焦りながらも、すぐにマカロンを差し出されて咥えついてしまう。

 それをいつもの作ったような笑いではなくて、こう、本当に優しげにロランが僕を見ているのに気づく。

 しかも心の中のあの言葉を聞いて、心配されて、それが嬉しいというか、こうやってお菓子を持ってきて結局は僕を喜ばそうとしているわけで……僕は、混乱した。と、


「顔、真っ赤だよ? お茶を飲む?」

(ふ、ようやく落ちたか)


 その心の声を聞いて、悔しさから僕は正気に戻り、ロランからお茶をもらったのだった。

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