色々な意味でチョロそうだな
そんなこんなで僕は、ロランをお気に入りの喫茶店に案内する。
席に着いたロランは心の中で、こんなみすぼらし椅子がどーのこーのと失礼な事を笑顔で考えていたが、僕はそれに気付かないふりをしていると、
「支払いは僕が持つから好きなものを選んでいいよ?」
(猛獣だからさぞかし恐ろしい量を食べるんだろうな。味よりも量か? ……健全な男子っぽいが、この見た目で男っぽいも何もないな。髪も長いし極上の女の子にしか見えないし)
「……ありがとうございます」
僕は蹴りを入れてやろうか、それとも足を靴の上から踏んでやろうかと悩むが、後々別れてこの靴の代金を請求されたら嫌なので必死で我慢した。
誰が女の子だと。
確かに髪は長く伸ばしているが、これは願かけでもあるのだ。
切らずにのばしていたら、もしかしたなら両親が戻ってくるかも、というのと、この銀髪は高く売れるのだ。
それもあって伸ばしていたのだが、それが女の子っぽいだと?
そういえば昔、たまたま遊んだ何処かの貴族の子供も僕の事を女の子だと思ったようだった。
許せん。
この僕が何処が女の子っぽいんだ。
最近はちょっとは男の子らしくなったと思ったのに。
……せめて財布にダメージを与えてやろうと、僕は高めの料理を選ぶ。
“もげもげ牛”のビーフシチュー。
お値段が高いのでなかなか手を出しずらかったのだがこれだ!
しかもスープセットで、パンとサラダがつくのでお値段が1.2倍になる。
そして注文が決まって、ウエイトレスに頼む僕。
くくく、悔しかろう、悔しかろう……僕はそう思っているとロランが、
「では僕も同じもので」
(安いな……本当に大丈夫かこれ。こんな物で嬉しそうなんて、味以前に、この猛獣は色々な意味でチョロそうだな。今度高級菓子を幾つか持ってきて様子を見るか。もうここのお菓子を食べられなくなるかもしれないがな)
物凄く馬鹿にされた僕は、絶対にぎゃふんと言わせてやると決意する。
高くなくたって美味しい物は一杯あるのだ!
なので料理長、お願いしますと心の中で僕は思う。と、
「リュシーがお勧めの料理は楽しみだね」
(お前の味覚がどの程度か見てやろう)
「実は僕もまだこのメニューは食べた事がなくて。“もげもげ牛”のビーフシチューは高いから」
「そうなのですか。今日は食べれて良かったですね」
(おいっ、食べた事もない料理を薦めるのかよ。まあ、この猛獣にはどんな物でも美味しく感じられるんだろう。それに量が多い方が良いからスープセットか。やっぱり質より量なのか? これは随分と沢山の菓子が必要そうだ)
言葉だけは優しげで普通なのに、心の中はこれだ。
そもそも誰が猛獣だ、絶対に許さん。
そう僕が思っているとそこでスープとシチュー、パンが出される。
器が美しくないとか飾り付けがどーのこーのと、ロランは心の中で思っていたようだが、一口口に含んで、
「美味しい」
(美味しい。嘘だろ?)
その様子に僕は満足しながら食べ始める。
やっぱりこのお店は最高だと思いながら食べていく。
シチューもスープも美味しい。
そこでパンも美味しいんだよなと思って。
僕はパンに手を出して、バターを付けて口に含んで咀嚼する。
そんな僕をロランは見ていたが、
「……」
(パンをもきゅもきゅ食べる所が小動物っぽい。というかエロい。犯すか)
僕は吹き出しかけた。
何でそうなるという気持ちが強くて、でも気にしないようにしながら食べていく。
その間も、こうやって食べているのを見ている分には猛獣どころか、美味しそうなくらいかわいいよなとかセクハラただ漏れな言葉を聞かされた。
もう聞きたくない、味が分からなくなると心の中で涙しながら僕は食事を終え、ロランの悔しいが美味しかったという心の声を聞いて満足する。
そして喫茶店を出るとクレープの店があって、甘いものも食べたいと思ったので、少しでも金をむしり取ってやろうとねだる。
ついでにロランも食べるよう促して、心の中を戦々恐々とさせてから、僕は“ミルクイチゴとクリームのクレープ”、ロランは“水ブドウとチョコレートのクレープ”を頼む。
貰ったクレープを僕は喜びながら口に含むが、そこで、
「甘い物が好きなのか?」
(この様子から確実だが、一応な)
「うん。……そっちも美味しそうだね」
「じゃあ一口あげるよ」
(本当に甘いものに目がないな、よーし、餌付け餌付け)
心の声よりもそのクレープに目が行った僕は差し出されたそれに咥えつく。
「美味しい」
「それは良かった」
(嬉しそうな顔で食べるな。でもこれ、このままこのクレープを食べたら俺、間接キスじゃないのか? ……食べよう)
僕は止めろと言いたかったけれど、そのまま美味しいと食べ始めるロラン。
だから僕は油断してしまったのだろう。
「リュシー、唇にクリームがついている」
「え?」
心の声は何も聞こえなかった。
けれど、そこで僕はロランに唇を重ねられた。
温かい唇が触れ、次に唇の上あたりを軽く舐められて、
「クリームがついていたから」
(あまりにも可愛く笑うからキスしてしまった。俺とした事がこんな猛獣に……やはり銀髪だと、ハードルが下がるのか?)
ほほえむロランに僕は、絶望しか感じない。
心の声ももう何も考えられない。
だって、今のは僕の、ファーストキスだったのだから。
そんななにも言えなくなっている僕をロランが、何となくキスにも慣れていないような気がするが、この歳でキスの一つもしたことがないのか? という声を聞いて、僕は何も言えずにその日はロランと別れ、とぼとぼと仕事に戻ったのだった。