碌でもない心の声
その日は、誕生日のお祝いのケーキを提供した僕は、とても喜ばれて気分が良かった。
「皆喜んでくれて、今度娘の誕生日に頼もうかなんて言われちゃった。ふふ」
僕はベッドに転がり小さく笑って顔を枕に埋める。
嬉しくてそのまま足をバタバタさせるが、下の階の人に迷惑がかかるので慌てて止めた。
幼い頃は各地を転々としていたが、ようやく住みやすいこの場所に落ち着いたらしい。
僕は幼すぎたので、その頃の記憶はあまりないのだが……なにはともあれ、僕の故郷はここの部屋だ。
父と母と僕、三人でずっと暮らしてきたのだから。
そこでじわっと目頭が熱くなる。
「父さん、母さん」
未だにもう二度と両親が戻ってこないなんて思えない。
でもあれから一年。
それでもまだ期待をしてここを借りたままなのだ。
一人には大きいこの家だけれど、僕はまだ諦めきれなくて。
もう考えるのを止めようと思うと、今度は僕の頭に昼間のあの、顔だけは好みなあの男を思い出す。
金髪に紫色の瞳をした貴族らしい男、ロラン。
あの紫の双眸で見つめられると、視線がそらせなくなりそうな圧倒的な存在感のある彼。
言葉も物腰も柔らかいのに、心の中は真っ黒だったが。
というかよくもまああんな風に二面性のある奴に仕上がったなという気も僕はするが。
「あそこまで違うと、逆に清々しいよね。でももう僕に関わってこないといいな」
でもまだ僕を監視しているから、また何処かで偶然を装ってあったりするのかなと思うと、憂鬱半分楽しみ半分。
そこまで考えて楽しみって何だと僕は思った。
思いはしてそこで、そういえば偽の名前を教えたんだと思いだす。
「あいつむっとしてたな。でもまた淫乱ビッチって心の中で思いやがった。絶対に許さない、じわじわと仕返ししてやる」
僕はそう小さく呟いて、その日は気持ちよく眠ったのだった。
次の日。
今日は何か良い事がありそうだなと思うような心地よい天気の日だった。
先日カップルにしてやった二人、アシルとケイトが、皿洗いをしている時に楽しそうに腕を組んで歩いていたのでからかってやった。
そうしたら、お礼なんて言わないんだからねぇええ! とケイトが叫んで、お礼らしい手作りクッキーを僕は投げつけられた。
頭に当たって少し痛かった。
そのクッキーはシナモンと乾燥させたリンゴが練り込まれた素朴なクッキーで、休憩時間に店の人達と一緒にお茶を飲みながら楽しんだ。
事態が動いたのは、お昼の休憩時間が迫った時だった。
何時ものように金づるからお金を巻き上げようと僕が調子に乗っていると、一人の男が現れた。
あの男、ロランだ。
皿を洗う場所からは少し離れているが、あの服装と金髪で過ぎに分かった。
何故ここにいると、もう少しで休憩時間なのにと僕は思っていると、店の主人に、
「リュシー、どうやらお前をあのお貴族様はお捜しらしいぞ?」
「……僕、逃げても良いですか?」
「貴族に目を付けられるのは困るよ。頼む、リュシー」
頼み込んで働かせてもらった経緯もあり、僕も主人に迷惑はかけられないのでロランの前にやってくると、
「こんにちは、セレス」
(よくも嘘の名前をこの俺に教えやがったな。まあ、もうとっくに本当の名前は知っているが、こいつの口から懇願させてやりたいな。俺がセレスと呼んで否定したら綺麗な君にはとても似合うよと散々口説いてやろうか。駄目だな、そうしたらこの見かけだけは良い動物は、恋に落ちてしまうかもな)
碌でもない心の声。
恋をする以前に関わり合いたくないというか好感度が、僕の中でマイナスに下がっていく。
よし、名前に関しては無視して、
「こんにちは。貴族の方が僕に何の用でしょう。実は僕、まだ仕事が残っているのですが」
「申し訳ないね。実は以前あった君が忘れられなくてもう一度会いに来てしまったのだけれど、では、君が仕事が終わるまでここでまたせてもらうね」
(名前に関しては、触れないか。しかも何時もはこの時間に休憩のはずなのにな。やっぱり、先読みの力があるのか? 報告からはそれっぽい行動が見られたが……。ただ単に動物みたいだから、野生の勘が働いただけかもしれないが。仕方がない、周りのやつにこいつがどれだけ淫乱か色々話を聞こうじゃないか。弱みが更に握れるといいな、俺は運がいいし)
人の良さそうな優しそうな頬笑みを浮かべて紳士的に僕に話しかける彼の心の中はこんな感じでした。
嫌すぎる、やっぱり変なことを他のやつからロランが聞く前に、休憩時間を取ろう。
そう思って僕は、残りの皿洗いを急いで終わらせたのだった。