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僕は逃げられなかった

「リュシー!」


 ケイトの声が聞こえて気を失ったけれど、再びその声に僕は目を覚ます。

 霞む視界が焦点を結び、ようやくケイトの姿をとらえる。

 そこで僕ははっとした。


「ここは?」

「分からない、でも何だか怖そうな連中に僕たち捕まって……」

(リュシーが珍しく気付いていないなと思ったら、僕まで連れ攫われて。アシル、助けてよぅ)


 不安そうなケイトの声。

 僕もまた、不安を覚える。

 そもそもこの僕が敵の悪意ある声が聞こえないんなんてこんなこと初めてだ。


 その今までにない感覚が怖さを感じる。

 けれど怖がってばかりいても仕方がないので周りを見回し、自分の状況を確認する。

 僕達がいるのは倉庫のような場所だった。


 木箱が幾つも積まれていて、僕の背よりも高い小さな窓からは光が差し込み、中に舞う埃を照らし出している。

 場所が何処だかあの窓から見え無いかと思うが、背中に手を拘束されて、足も縛られている状態では難しい。

 そうなってくると魔法でこの縄を切ってしまおうと考える。


 小さく呪文を唱える。

 けれど一向に炎の魔法が発動しない。

 なんで、どうして……そう焦るが、僕にはどうにもならない。


 だって理由がわからないのだから。

 いつだって魔法も心を読めるこの力も僕の傍にあったのに。

 不安湧き上がる僕。


 そこで外から走るような音と呻くような音、そしてろうかを走るような音が聞こえて、僕達の倉庫の前で立ち止まり、


「え、えっとこの鍵だったかな」

「違う、これだ」


 アシルとロランの声が聞こえて扉が開かれる。

 アシルはまっさきにケイトに向かって走って行き、持っていた小さなナイフで縄を切ろうとするが、


「それは魔法が無効化される硬化度補強効果を合わせてあるから……リュシーを解いてからそちらも俺がやります」

「あ、はい、ありがとうございます」


 アシルがロランにお礼を言うが、ロランは小さく頷くだけ。

 いつものような優しい雰囲気はロランにはな無く、表情がない。

 そこで手足の縄を解かれた僕は、ようやくロランの声が聞こえ始めた。


(……少し目を放せばすぐこんな事になって。あいつ等の持つ魔法封事の能力で先読みが出来なかったからしかたがないとはいえ、油断し過ぎだろう。よく今まで無事だったなこの猛獣。よっぽど怖かったのか今は大人しいが……もしこいつにずっと監視をつけていなかったなら、どうなっていたと思っているんだ。変態オヤジに売られて今頃好き放題されていたかもしれないのに、よくもまあ……ちょっと不安そうな顔をしているだけで、コイツ絶対に分かっていないな。もうこの猛獣を野放しにするのは危険だから、連れて帰ろう。心を落とすとかそんな悠長な事は言ってられない。この至宝の銀髪は俺が守りぬく!)


 最後の一言で全てが僕の中で台無しになった。

 確かに助けてくれた点に関しては礼を言いたい。

 でも銀髪しか見ないロランは嫌いだと僕は思う。


 ただこうやって攫われてしまったので、もうロランは僕を自由にしておくつもりはないらしく、連れて行くといっている。

 もう、嫌だ。

 助けてくれるのも嬉しいけれど、それでも、ロランはいつだって僕のことなんて考えてくれない。

 銀髪のことばかりだ。


 多分僕はロランが好きなのだ。

 それをもう僕は負けを認めるように、認められる。

 でもロランは僕のことなんて少しも見ていないのだ。そこで、


「リュシー、こんな風に無防備で……」

(さて後はどう、この猛獣を納得させて連れ帰るかだが……)

「言わなくていいよ。もしも僕を連れ帰りたかったら、カードゲームで勝利すればいいよ。今までずっとそういう約束で皆としていたし」


 その答えにロランは目を瞬かせて、一瞬不遜な表情をしてから……微笑んだ。


「うん、分かった。それでリュシーが満足するならいいよ」

(よし、ようやく乗ったか。これで堂々とこの猛獣を連れ帰れるな。こいつ、俺とはカードゲームは受けなかったわけだし。ここまでくればこちらのものだ) 


 そんなロランの声を聞きながら僕は心の中で嗤う。

 勝てるはずがないのに、と。

 これでこの恋を終わらせよう、僕はそう思ったのだった。




 ポーカーというカードゲームがある。

 その詳しい説明は、ぐぐる? で見てもらうとして。

 その中に、ロイヤルストレートフラッシュなる、必殺技の様な最強呪文……ではなく最強の役があるのだ。

 

 心を読む僕なので相手の札が丸わかりであり、勝利を重ねていた。

 それにいつもは他にも色々なカードゲームもやってた事もあり、それも含めて相手がその技を叫ぶ姿など一度たりとも見た事がなかった。

 もちろん僕も一度もなかったし、初めて聞いた時に技名みたいだなと思った事もあり言うのも恥ずかし買ったので良かったと思う。


 その辺は幸運だったとは思う。

 そしてこの勝負も絶対に負けるはずがないという自身の過信から生まれたと言っても過言ではない。

 という過去の恋を諦めようと思った矢先に何故、という気がする。


「ロイヤルストレートフラッシュ」

(やっぱり、俺は運が良い)

 

 どうしてこうなった、そう僕は絶望的な気持ちに囚われたのだった。






 とうとうリュシーがあの通ってきた貴族に落ちたと皆が見に来た。

 違う、カードゲームで諦めてもらうだけだとつぶさに説明したのに誰も聞いてくれない。

 しかもロランはと言えば、


「ゲームに勝利すれば君を良いようにできると聞いて、挑戦してみたかったけれど……断られてばかりで。でもようやく受け入れてもらえて嬉しいよ」

(確かあの時、ゲームで誘惑してとんだ淫乱ビッチだと思っていたが、ただお付き合いする権利だけとか……それはそれで、頭が軽いと思ったんだよな。まあ俺が勝利するのは目に見えているし、ようやくこの俺に落ちてゲームを受ける気になったみたいだし、楽しませてもらおうか)


 心の中が丸聞こえな僕は、完膚なきまでに叩き潰して、二度と僕の前に現れないようにしてやると思う。

 やっぱり好きだと思ったのは気のせいだったようだ。

 金をむしり取って、ポイッと捨ててやる。


 しかもロランはにこにこ勝負を受け入れてくれた嬉しいなという顔をしながら、心の中で、君の体を楽しみたいんだと鬼畜な事を言いやがった。

 負けたらどうしよう。

 そんな不安が僕に浮かんで、


「や、やっぱりゲームは無しの方向で」

「うーん、じゃあ、掛け金をこれだけ増やすよ?」

(ここで怖じ気づきやがった。猛獣のくせに意外に臆病というか警戒心が強いというか……だったら金をちらつかせてやる。どうせ俺が負けるわけないし、俺が勝てばこの金もリュシーも全部俺の物だし、負けても……あり得ないと思うが、まあ、リュシーに貢ぐならいいや。それに、これを切掛にもう何度かゲームに挑戦させてもらえばいいし)


 何で僕なんかにそんな執着するんだ、銀髪だからだろうかと心が締め付けられる。

 でもこれで終わりにしよう、勝ち逃げして全部無かったことにしてやると僕は決める。

 そもそも僕がこの勝負を受けたのは、今まで負けた事のない“銀色の妖精”と異名を持つ程度にゲームが強かったからだ。


 心を読む能力で、大抵の事は何とかなっていたからだ。

 だからロランのその余裕も今のうちだと思って、僕はカードを配ってゲームを始めていったわけだが、


(ロイヤルストレートフラッシュ、俺の勝ちだな。まあ、俺が負けるはずはないが) 

「え?」


 つい間の抜けた声を上げてしまった僕を怪訝そうに見るロラン。

 ちなみにこの時ロランが次に何を思ったのかといえば、


(先読みで理解したのか? この反応は……だったら結末はもう分かっているだろう?)


 先読みではなく心を読んでいるだけですと僕は言いたかったが、こいつに手の内をまだ明かさない方がいいと思いつつ僕は、


「ここで棄権していいかな?」

「駄目だよ。そうしたら力づくで君を連れていくだけだし」

(ああやっぱり感づいたか。先読みだろうな。でもこのまま逃がすほど俺は甘くない)


 完全に積んでいると僕は理解した。

 恋心を諦めるどころが、僕がまるごと美味しくいただかれてしまう状況になっている。

 そして、目の前のロランが、申し訳なさそうな困ったような笑顔で、


「ロイヤルストレートフラッシュ……」

(やっぱり俺は運が良い、負けるはずがない)


 周りでざわめきが起こる。

 そして僕は、それが果たして現実なのかと自身に問いかける。

 未だに何が起こったのか現実味が無く感じられてぼんやりしていると、


「じゃあ、約束通り、リュシーを貰っていくね」

(たっぷりとその体を楽しませてもらおうか。さんざん焦らされたからたっぷりしてやろうな。しかも油断して連れさらわれそうになりやがるし、この身体が誰のものかリュシーの体にじっくりと教えてやる。この銀髪な見かけも、いきもいいし、楽しめそうだ)


 にっこりとほほ笑むロランに、心を読んだ僕は悲鳴を上げたかった。

 こんな時まで、この人の良さそうな雰囲気とは裏腹に心の中で考えている事が、こんな感じなのである。

 逃げよう。

 逃げないと危険だ。

 僕はさっと席を立ちあがりそのまま逃げだした。

 逃げ足には自信があるのだ。

 だから大丈夫と走っていった僕はそこで転がっていた石に躓いて転んでしまう。

 どうしてこんな時にと思いながら起き上って逃げようとすると、そこで腕を掴まれた。


「さあ、約束通り行こうか」

(本当にいきが良いな。さてどうしようか)


 そのままロランに抱きあげられて、僕は近くに止められていたらしい馬車に放り込まれる。

 何でこんなふうに手際がいいんだと僕は泣きたくなる。

 そしてすぐに発車する馬車。

 逃げ出そうとしたらロランに抱きしめられて、逃げ出すことすらできない。


「放せ、放せ!」


 じたばたと暴れてみるが、僕は逃げられない。

 しかも護身用の魔法も使えなくて、不安が膨らんでいく。

 その間も馬車は走っていて、遠くなる見知った風景に僕は涙を浮かべたのだった。




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