真っ暗になったのだった
その日のチーズケーキも非常に美味しかった僕は、その美味しさに油断している内に唇の端に付いたチーズケーキの欠片を舐められた。
「うん、とても甘くておいしい」
(相変わらずこの程度で顔を真っ赤にして、こういう初心なところは可愛いな。……穢してやりたくなるな)
もうこいつ嫌だ、そう心の中の声を聞いた僕は嘆いた。
普通に可愛い初心なんだな、で良いじゃん。
何で穢してやりたいとか、すぐに欲望むき出しになるんだ。
確かに僕を前にした奴らのエロい思考は散々読まされたので、子供のころから耳年増みたいになっていたけれど、もっとこう、もう少しこう……。
そこまで考えて僕は、何で離れたいと思っているロランにこんな風に要求しているんだろうと気づく。
まるでロランにこうであって欲しいと、ロランを求めるあまり、自分から望んでしまっているみたいじゃないか。
ま、まずい。
本当に僕は絆されかけている。
ダメだ、僕。
ロランというこの銀髪フェチは僕を餌で釣ろうとしているだけで、釣った後はきっと放置プレイに違いない。
そんな混乱していく僕にロランが、
「どうしたの? 今日は百面相ばかりしているね、リュシーは」
(自分に戸惑っているのか? なるほど……よしよし、だいぶ落ちてきたから後もういひと押しして、この猛獣を俺の腕の中で可愛く啼かせてやろう。素直になって哀願するこの猛獣が楽しみだ)
もうヤダこいつ。
落とされてたまるものか、というか落とされたらもう凄いことをされそうで嫌すぎる。
絶対に逃げてやる。
心の声を聞いた僕がそう思っていると、
「あれ、リュシー」
(昼間あったけれどまたここでも、というかこれがリュシーを追い回している貴族か……と言うかこの前僕を捕まえた人じゃん)
ケイトがアシルと一緒にやってきて、ロランに気づき一歩後ずさったのだった
ロランの対人スキルに、僕は舌を巻く。
気づけば楽しそうにケイトとアシルと話していて、そこでケイトがちらちら僕を見ている。
そして目が合うとニマッと笑う。
ちなみにこの時ケイトが何を思っていたかといえば、リュシーがこのロランを好きならぜひぜひお手伝いしてやろう、ザマァ、と思っていた。
まだまだ言わないだけでお前が隠しているアシルへの想いを僕は知っているんだぞと、僕は小さく笑っていたのだけれどそこで僕は、ロランに肩を抱かれ引き寄せられて、
「実は僕達、今度結婚することになったんです」
「え、えっと、おめでとうございます?」
突然のロランのその宣言に、アシルがはあ、とよく分からずにおめでとうといった。
ケイトも何が起こったのかよく分からずにいて僕もそうなのだが、すぐに僕は、
「ち、違う、僕……ロランの冗談で……」
僕は焦ってそれを否定しようとするが、
「という風になれたらいいのですが」
(この反応、肘鉄を喰らわない辺りで脈ありか。よし)
ロランが微笑みながらそう付け加えた。
しかも僕の反応を見ていたらしい……最悪だ。
もう関わりたくない、混乱する僕は、パシッと僕の方に回されたロランの手をはたき落としてふらふらと歩き出す。
そんな僕をケイトが追いかけてくる。
僕はロラン達が見えなくなる建物の影に隠れた所で追いついたケイトが心配そうに見て、
「リュシー、本当に大丈夫?」
(からかったりできなくなりそうなくらい、リュシーがぐったりしてる。本当に追い回されているのかな)
「……僕はもうダメかもしれない」
「ちょ、本当に大丈夫?」
(だいぶ弱ってる。本当にどうしよう……え?)
そこで、僕は突然現れたその存在にはっとするけれど、心の聞こえない異常を感じた頃には僕の目の前は真っ暗になったのだった。