昇格試験
アランを見ると木刀・・・じゃないな、木剣を持っている、試験だからそれを使うんだろう、男の職員が俺に木剣を渡してくるので、受け取りながらメアさんに聞いてみた。
「試験は剣を使うんですか?」
「いえ、得意な武器でいいですよ、剣を持ってるから、普通に剣を使うと思ってたんですけど、違うんですか?」
そういえば、弓は布で巻いてあるし、剣しか身につけてなかったな、木剣を渡してくるのは当然か。
「剣は予備として身に付けてます、剣術スキルもありません」
「そうでしたか、早とちりでしたね申し訳ありません、では何が得意なのですか?」
「得意と言う程ではありませんが、武器をつかうなら、弓か槍ですね」
「わかりました、それではこの部屋にある使えそうな物を選んで下さい」
俺はメアさんに言われるまま、横にある部屋に入った。
この部屋は、訓練場で使う道具が保管されている倉庫らしい、的や鎧を着けた案山子や用途不明な器具などが置いてあり、壁の一角に練習用の武器が掛けてあった。
弓は距離が近いから除外だな、そうすると槍しか選択肢がない。
槍術は持っているが槍など使った事が無いし、使ってるのを見た事も無い、テレビでなら柄がしなる槍を使っての演舞なんかを見た事があるが、当然ながら出来る訳も無い、この槍術は、妹の薙刀の練習に付き合わされたのを、こじつけて貰った物だ。
その練習だって一人じゃ出来ない返し技の為で、指示された構えからの打ち込みで返り討ちになるというものだ、身に着いているとは思えないな。
そう思いつつ練習用の武器が掛けてある壁に近づいていく。
これは槍か? 棒状の物が三本掛けてあるが、刃がついてないので、どれが槍か分からない、上の棒を持って構える、普通の棒だな。
真ん中の棒を持って構える、さっきのより重いな、先に錘が入ってるようだ。
下の棒を持って構える、ん、手に馴染む、いい感じだ、先端の色が少し違っている。
鑑定をしてみると上から<棍><模擬ハルバード><木槍>だった。
俺は木槍を持って訓練場へ戻る。
「おまたせしました」
俺は待っていたアランに声を掛ける。
「気にしなくてもいいですよ、じゃあ早速はじめましょうか」と木剣を構える。
「その前にアランさんはどれ位強いんでしょうか?」
「アランでいいですよ、強さですか? それは今は言えません、この試験が終わったら教えてもいいですよ」
と笑顔で答えてくる。
ふむ、強さを教えるとやる気を無くす人が多いのかな? それほど強いって事か・・・そういえばチェックボードって自分だけじゃなくて相手にも使えるっていってたっけな、よし今使ってみよう。
名前 アラン
年齢 31
LV 55
HP 485
MP 265
力 67
防御 63
俊敏 65
器用 70
運 60
戦闘スキル
【剣術】レベル3 【短剣術】レベル3 【槍術】レベル3 【斧術】レベル3 【弓術】レベル3 【投擲】レベル2
魔法
火属性レベル3
パッシブスキル
【夜目】 【回避】
アクティブスキル
【気配察知】 【挑発】
アランはレベル55もあるのか、戦闘スキルも殆どがレベル3だ、俺が上回ってるのは、力と防御しかない、攻撃手段では力だけだ。
数値が六倍以上になってる所があるけど、この数値は補正が六倍って事なのかな? 実際に六倍速く動けるとは思えないが、ステータスを見るかぎり、俺の攻撃は一度も当たる事無く、スピードに翻弄されて負けそうだ。
能力で勝てないなら、唯一勝ってる力と策を弄して何とかするしかないな。
「わかりました、アランと呼びますね、お願いします」俺はアランに対峙する。
「それでは昇格試験を行います、始めて下さい」
メアさんが開始の合図をする。
俺は半身になり槍をかまえる、アランは片手で剣を構える、片手持ちか、速そうだな。
槍を構えながら、なんで挑戦者がハンデを負ってなきゃ成らないんだろうと、改めて思った。
向こうはレベル3、こっちはレベル1、しかも練習用とはいえ槍を持つのは今日が初めてときている、しかもステータスもあっちが上だ、勝てる要素が全く見当たらない、だけど、いまさらやめる訳にもいかないし、やれるだけ頑張ってみるか。
アランの胸を目掛けて槍を突く、もちろん力を抑えてだ、すべての攻撃に力を加減しなければならない、だが突きの速度は落とさないようにして、できる限り工夫する。
アランは突いてきた槍を素早く避ける、そして俺の懐に入るために、剣で槍を弾こうとしたが、逆に剣が弾かれる。
「うおっ、・・・そんなに突きが重いとは」
アランは俺から距離を取って、声を上げる。
「私は怪力のスキルを持ってるので、当たると痛いですよ」
俺は唯一のアドバンテージを強調して牽制しておく。
「剣で受けるのは無理みたいだね」
「そうした方がいいですよ」
そう言って槍を突く。
だがいくら突いても、避ける事に専念されると、全く当てる事が出来ない、今は様子をみているが、攻撃に転じられたら避けられずに、喰らってしまうだろう、攻め続けなければ負けてしまう、俺は槍を構えるのをやめて距離を取る。
「どうしました?」
それを見ていたアランが聞いてくる。
「このままじゃ負けそうなので、戦法を変えようかなと思いまして」
そう言って、相手に石突き見せる様に槍を振りかぶって薙刀の上段の構えをする。
「それは?」アランが構えについて聞いてくる。
「我流ですよ」
そう言って槍を振り下ろす。
ブンと唸りをあげてアランに向かうが、あっさりとかわされる、槍を戻して斜めに立てるように八相の構えをして振り下ろす、やはり避けられるが初見なのだろう、先程より距離を取っている、下段、中段、脇固め、などの構えを織り交ぜながら薙ぐように振り回す、必死になって攻撃をするも当たる事無くアランは避け続ける。
威力があるのがわかっているので、最初のうちは距離が詰められないようだったが、次第に的確に避けて近づいてきている、そろそろ仕掛けてくるのか?。
俺は石突き辺りを握り長さを最長にして上段に構える、そしてアランに向けて振り下ろす、アランは左に避けて、両手で槍を振り下ろしている最中の、俺の無防備な左肩を目掛けて斬り掛かる。
ガンッ
剣は俺の左手に持っていた槍の柄によって上に弾かれた、アランは驚きの表情をしている、確実に当たると思っていた攻撃が弾かれたのもあるだろうが、俺の反撃方法が想定外だったのだろう。
俺は剣を撃ち込まれる直前に、右手に力を込めて柄を握り潰し二本にしたのだ、そして短くなった柄で剣を弾いたのだ。
アランは弾いた剣といっしょに体を起こされている、今がチャンスだ、攻撃で地面を叩いて弾んだ槍を、そのまま手首を返すように薙ぐ、体が起きて膝が立っているアランは避けられない、後ろから脹脛辺りに槍が当たり、その勢いで一回転して背中から地面に落ちる。
「ガッ、ううっ」俺は背中を打って呻き声をあげるアランの胸元に槍の先を突きつけて言う。
「合格ですか?」
「・・・ああ、そうですね、え~と」
「シオリです」
「シオリさん、もちろん合格です」
「私もシオリでいいですよ」
「わかりました、そう呼びましょう」
背中に手を当てて痛そうにしている。
「背中は大丈夫ですか?」
「ちょっと痛いですけど、大した事はないんで、そのうち治りますから、気にしないでください」
いてて、といいつつ起き上がり笑顔で話してくる。
「アランさんに勝つなんてすごいですね、彼はCランクなんですよ、本当は勝てなくても基準を満たせば合格出来るんですが、勝ったので文句無く合格ですね、おめでとうございます」
少し興奮ぎみにメアさんが早口で捲し立てて話してくる、ちょっとかわいい。
「ありがとうございます、これでノクトさんの顔を潰さずに済んでホッとしました」
たしかに勝てる要素がほとんのない状況で、勝てたのはいいんだけど、ノクトさんは何で優遇させようとしたんだろう、服を注文したり、雑談しただけなのに、・・・この試験に推薦出来るのはBランク以上だって言ってたっけ、なのでノクトさんはB以上は確定な訳だ、目的がサッパリわからない、三日後に服を受け取りにいくんで、その時にでも理由を聞いて、ステータスも見ておこう。
「でも我流と言ってたけど、あれは変わってるよね、槍をあんなに振り回すのなんて、見た事が無かったんで、やりずらかったな」
アランが思い返したように話してくる。
「あれは元々、槍に似ている武器の取り回しなんですよ、私も槍でやったのは初めてなんでドキドキでしたけどね、もっとも槍を持ったのも今日が初めてですし、初見の技だと警戒してくれるかなと思ってやったんで、成功して本当に良かったですよ」
と笑顔で答えた。
するとアランはビックリしたような顔をした。
「え? 槍を持つのが初めてだって? ・・・そうか、どうりで、最初に槍で突いてきた時に、試験を受けるにしては、素人っぽい突きだと思ってたんだ」
「そんなに駄目でした?」
「駄目だったね、あのままだったら不合格だったね、でも槍を振り回してからの動きは良かった、あれだけのことが出来ていれば、勝てなくても合格だったよ」
「そうですか、それを聞いて安心しました、最後のは賭けみたいなものでしたからね」
「やっぱりそうか、あれは誘い込まれたって事か、どうやったか聞いてもいいかい?」
「いいですよ、普通に槍を突いてたら駄目だと思ったんで、初見の技を使って警戒させて、その後はその技に対処出来るようになった頃合いを見て、隙のあるような大振りをして誘ったんです、試験管なら指摘をしやすいので乗ってくるか、様子を見るか、そこが賭けでしたね、私ではアランの動きに対処できなかったんで、打ち込んでこないと、どうする事も出来ないし、仕掛けるしかなかったんですよ、結果は上手くいきましたけどね」
「そうか、まんまと乗せられてしまったのか、槍の柄を折って反撃してきたのも策の内か、でもあの力はすごいな、反則技と言ってもいいくらいだ、シオリの怪力のスキルは凄いな」
反則か、本当に反則だよね、怪力のスキルはダミーだし。
その後は少し雑談をして、ランクアップの手続きで建物に戻った。
「ではこれでEランクになりました、カードをお返しします」
メアさんからギルドカードを受け取って見るとGからEに変わっていた。
「メアさん、もうなにも無いですよね?」
「はい、これで手続きは全て終了しました」
「じゃあ一つ聞きたいんですけど、お薦めの宿なんかありませんか?」
「そうですね、大熊亭なんか、どうでしょうか、比較的防犯もしっかりしてますし、食事もおいしいですよ、冒険者の方もよく泊まってらっしゃいますし」
「そうですか、じゃあ大熊亭に行ってみます、場所を教えてください」
お礼を言ってギルドを後にする。
歩いて五分位の所に大熊亭はあった、木造で三階建になっている、中に入ると一階は食堂兼受付になっており、受付で泊まりたいことを話す、満室ではないようで、二階の部屋を借りられた、朝夕の食事付きで小銀貨七枚、朝食の時間はは六時から八時まで、夕食の時間は十七時から十九時までで、時間を過ぎれば食べられないとの事、昼食は料金を払えば食堂で食べられる。
今は十七時を少し過ぎた頃だ、もう夕食を食べることができる、今日は良く考えたら干し肉を二枚しか食べてなかったっけ、さっそく夕食を頼んだ。
夕食の内容は日替わりで、今日はシチューとパンだった、シチューは塩で味付けがされており、野菜と肉が入っていたが、思ってたより肉は少なかった、パンはバッグに入っていた黒パンと同じものだった、周りを見ると、パンをシチューにつけて食べているので、真似をして食べる、パンはパサついてて固めなのでシチューにつけると、そのまま食べるよりは美味しく食べる事ができた。
受付で風呂があるか聞いてみたが、そんな贅沢な物は無いと言われた、風呂は貴族の家くらいにしか無いらしい、庶民は水で絞ったタオルで体を拭いたり、井戸の水や川で水浴びをするそうだ、公衆浴場なども無いらしい。
風呂が無い、なんという事か、知り合った女性と一緒に風呂に入ったり、公衆浴場に行くなどして、合法的に思う存分女性の裸を堪能出来ると、思っていたのに、風呂が無いとは・・・この世界には神も仏も無いものか、思わず天を仰いでしまった、・・・あっ、神様は居るんだったな。