町
男は右肩を押さえながら、荷馬車に歩いて行く、馬は少し興奮しているようだが、怪我などはしていないように見える、荷物は半分ほど地面に転がっているが、麻のような袋に入っていおり大丈夫そうだ、穀物かな?
男が御者台辺りで、皮袋の中身を探っているのを見ながら俺は、テンプレだと此処は女性を助けるパターンなんだけどな~、などと如何でも良い事をぼんやりと考えていた。
「無い!あの時使ったのが最後だったか。」
男は袋を置いて、ガックリと頭を下げた。
「どうしたんですか?」俺は気になって声を掛ける。
「いや、回復薬が後一つ残ってると思ってたんだが、この間使ったのが最後だったらしい、あの時ケチらずに補充しとけばよかった」
男は話しながら、肩を押さえて痛そうにしている。
そういえば俺、回復薬一つ持ってたな、これで使い方を見れる、どう使うのか確認しとこう。
「これ、良かったら使って下さい」
笑顔を作りつつ回復薬を、男に差し出す。
「え? ありがたいんだけど、今は回復薬の代金を払うほど持ち合わせが無いんだよ」
男は申し訳なさそうに断ってきた。
そうか、回復薬は結構高いのかな? 無料で渡すのは不味いのかもしれないな、受け取る理由があれば素直に使ってくれるかな?
「あなたは何処へ行く途中だったのですか?」
「この先のタールって町へ穀物を売りに行く途中で、今日は麦を積んでたんですよ」
「ここから遠いんですか?」
「まあ、ここからだとこの荷馬車で二時間位でしょう」
「それでは、そこまで私を乗せてくれませんか? 実は道に迷って困ってたんです、この回復薬はそのお礼と言うことでどうですか?」
ちょっと俺の顔を見ていたが、言ってる意図が分かったのか素直に回復薬を受け取る。
「ありがとうございます、では遠慮なく使わせてもらいます」
男はお礼を言って回復薬を受け取ると、自分で肩に刺さった矢を引き抜く、矢に返しは付いておらず、あっさりと抜けた、傷口から血が出て痛そうに呻くも直ぐに服を巻くって、傷口に回復薬を半分ほど掛けて、残りを飲み干すと瓶を地面に捨てた。
傷口を見ていると、血が止まり、傷も急速に小さくなって塞がった、回復薬ってすごいな。
傷の治りの速さに驚きつつ、薬は掛けても飲んでもどっちでも大丈夫らしい、と思っていたら、捨てた瓶が崩れるように消えてしまった。
びっくりして男の方を見るも、何事も無いように巻くっていた服を戻している。
瓶が消えるのは当然なのかな? 再利用するなら持って帰るだろうし、下手に聞いて常識を知らないのが露見するのは不味い、気になるが黙っておこう。
さっき成り行きで乗せてって言ったけど、荷馬車の車輪が外れて倒れてるし、直るのかな?
外れた車輪の所に言って見ると、見事に砕けて半円のようになっていた、男も確認に来て「駄目だな」と呟き荷馬車に戻って行くと、荷台の下から車輪を出した。
スペアがあるのか、そうだよな予備というより必需品なんだろうな、ここで動けなくなったら、さっきみたいにゴブリンなんかに襲われるかもしれないし、死ぬ危険があるんだしな。
荷馬車に行くと、男が荷台から荷物を降ろそうとしているので聞いてみる。
「何をしてるんですか?」
「何って、車輪を取り付けるんですよ、それには台車を反対側へ傾けて車軸を浮かさないと取り付けられないんですよ、だけど荷物が重くて動かせないんで、一旦荷物を降ろすんですよ」
なるほどね、結構時間がかかりそうだな、たぶん荷物が乗ったままでも、俺一人で持ち上げられそうだが、ここは自重して怪力の事は秘密にしておき、荷物の上げ降ろしのみを手伝う事にしよう。
「それじゃあ降ろすの手伝いますよ」
「それは助かります、時間が掛かるとそれだけ危険ですから」
荷馬車に近づくと、袋が一つ車軸の下敷きになっている、倒れた時に落ちたんだろう、取る時は力加減に気をつけないとな、しゃがみ込んで袋を軽く引っ張るが動かない、これ以上力を入れると袋が破けそうだ。
邪魔だなと思って、車軸を上に押すと、かなり重いであろう荷馬車が何の抵抗も無く、あっさりと持ち上がる、いや、上がってしまった、自重しようと決めた矢先に失敗するとは。
横を見ると案の定、男が驚いて目を見開いていた、まあビックリするよな、同じ立場だったら俺もあんな表情をする自信がある。
怪力は秘密にしたかったが仕方が無い、今さら知らない振りはできないし、ここは開き直るしかないな。
「私が持ち上げるので、その間に車輪を交換して下さい」と何でもない振りをして、両手で荷馬車を持ち上げる。
声を掛けるまで固まってたが、我に返ったようで、すぐに車輪を取り付ける、その後は二人で落ちた荷物を積んで行く。
男は俺のことを、得体の知れない生き物を見るような目付きになり、表情も固くなっていたが、怪力スキル持ちだと伝えると、それは理解の範疇なのか、表情も戻って来たようだ。
スキルだと言って理解されるなら多少おかしくても、スキルのせいにすれば多少は誤魔化していけるかな?
馬車は整備された道以外では、振動を軽減する工夫があっても結構乗り心地は悪いらしい、今俺が乗っている荷馬車なんかは、車輪からの振動を軽減する物は何もない、弾むように上下して尻にバンバン振動が直撃する、普通は結構痛いんだろうが、此の体は頑丈らしく痛くない、視界がぶれるほど揺れるのには閉口するが。
荷馬車に揺られながら、天気だとか当たり障りのない事を話しながら、タールの町についても聞いてみたが、やや田舎よりな町で、人口も七、八千人位、織物なんかが有名らしく、他の町からも買い付けに来るほどらしい。
あまり突っ込んだ話をすると襤褸が出そうなので程々にしておこう。
道に迷ったと言ったのでタールの町などの情報は聞けたが、この国の名前なんかを尋ねたら、さすがに怪しまれるのは間違いないだろう、迷って国境を越えたと言うのは無理がある、他にも冒険者がいるのかを聞きたいが、冒険者という立場の者が存在するのかどうかも不明なので、これを聞くのも止めとこう。
そして俺は意識して、男の名前はワザと聞かないようにしている、聞いたら俺も名前を言う事になるからだ、現状は名無しなんで聞かれるのは困るしな。
話も途切れて、俺は手持ち無沙汰に弓をいじっている、倒したゴブリンが持ってた物だ。
男に聞いてみたが、ゴブリンは倒した人間の武器も使うそうで、これもそうらしい、鑑定すると〈弓〉と出た。
見た目は短弓みたいな形状だ、もちろん矢筒も一緒に回収しておいた、中に二十本ほど矢が入っている。
矢は木製で鏃は無く、先を尖らせてあるだけで貫通力はあまり無さそうだ、初心者用か小動物向けかな?
何にせよ俺は弓術を持っている、これで練習するのもいいだろう。
座りながら矢を番えて弓を構えてみたら、初めて使う弓なのに手にしっくりとくる、構えた感じも良かった、弓術の補正が有るせいなのか?。
剣を持った時はこんな感じはしなかったはずだ、ただ力任せに振り回してただけだったしな。
立ち上がると、男が御者台から振り返るので、弓の練習をすると言うと納得して「熱心ですね」と話し前を向く。
今度は立った状態で弓を引いてみる、やはりしっくりとくる、アーチェリーを構えた時よりいい感じだ、やはり補正が入っているな、俺は【弓術】レベル1の詳細をみる。
【弓術】レベル1〔弓が扱い易くなる。命中率10%アップ〕
なるほどね、馴染むのはスキルの補正か、命中率も上がるらしい、レベル1でこれなら、2とか3になるともっと命中率が上がるのかな? 上がった時に確認しよう。
時折【索敵】をしているが反応はないので、道の近くにある木や岩なんかを的に見立てて弓を構える、荷馬車が揺れているので狙い辛い、おまけに怪力が災いして、かなり力を抜かないと弓が壊れそうだ、ちょっと加減を間違えると弓がミシミシと音を立てる。
力加減も練習の内と、自分に言い聞かせて矢を射る、三十メートル位離れた木の幹を狙ってみたが、外れた、アーチェリーだと七十メートル離れた的に当てていたので、半分以下の距離で外したのは、ちょっとショックだった。
まあ、初めて持った弓、揺れる足場、出来てない力加減、この三つの条件では、しょうがないのかもしれない。
だがそれに納得出来ない俺が居た、直ぐに矢を番えて射る、やはり外れる、木が遠ざかる、次の的を探して射る、外れる、それを繰り返し矢が残り三本になった時、狙った木の幹の端に命中した。
よし、やったぞ、気を良くして次の矢を番えた時、メキッっと音を立てて弓が折れてしまった。
的に当てたのが嬉しくて、つい力を入れてしまったらしい、音を聞いて男が振り返り、折れた弓を見て苦笑いをしている、俺も苦笑いで返すしかなかった、・・・気まずい。
弓が壊れて練習が出来なくなったので、ぼんやりと辺りを眺めていたら、道の先に何やら見えてくる物がある、すると男が前を向きながら「あれがタールの町です」と話してきた。
町に近づくと門があって周囲を丸太で作ったような柵が見える。
「此の辺りは、町に魔獣とかが来たりするんですか?」
「さすがに魔獣は来ないけど、ゴブリンなんかは来ますね、町を襲うのは滅多にないですけどね」
たまには襲ってくるのか、物騒だな、・・・そうだ肝心な事を聞いてなかったな。
「あの町に入るのに許可っているんですか?」
「そうですね、私達は、商業ギルドのカードを提示して入ります、他のギルドカードでも大丈夫ですよ、何処にも所属してない人は、住んでる地区の長が書いた許可証で入れます」
「それが無い人は入れないんですか?」
「怪しそうな人は、入り口の詰め所で審査されますけど、そうでなければ大銀貨1枚と引き換えに仮の身分証が貰えます、出る時に渡すと小銀貨五枚を返してくれますよ」
「そうですか、ありがとうございます」
「いえいえ、お礼を言われる程ではありませんよ、何しろ命の恩人ですからね、ちょっとでもお役に立てればうれしいです」と、頭を下げる。
町に着くと男が門番にカードを見せている、次は俺が近づくと門番はこっちを見て不審者を見るような目つきをする。
あれ? 俺って怪しいのかな? 話をする前って事は見た目があやしい? どこかチグハグなところが有るのかと思っていると。
「お前の服に付いている血は何だ?」
と門番が言ってきた。
自分の服を見ると確かに血がついていた、そうかゴブリンを切った時の返り血だ、あの時は着替えも無いし、そのままにしてたんだっけ、改めてみると結構血が付いてるし、不審者丸出しだな。
「私がゴブリンに襲われて危ない所を助けてもらったんです、それで彼女がゴブリンを倒してくれまして、その時についた血なんです」
と男が門番に説明してくれた。
「そうか、それはすまなかったな、こっちもそれが仕事なんでな、身分を確認する物をもっているか?」
「いえ持ってないんです」
持ってないといったら、ちょっと、不審がられた。
「まあ人助けをするくらいなんだし問題は無いだろう、町に入るのに、身分を示す物持ってないなら、大銀貨一枚が必要だ、持っているか?」
「はい持ってます」
俺は大きい銀貨の方を門番に渡す。
「よし、これが仮の許可証だ、この許可証の効力は十日間だ。それ以上滞在する時は超過した日数分の金額を払わなければならない、期日内であれば返却した時に小銀貨5枚戻ってくる、それを覚えておいてくれ」
「わかりました」
「余計なお節介かもしれないが、この町で身分証を作ったらどうだ、その方が面倒が無くていいぞ」
「身分証ですか・・・いいかもしれませんね、でも何処へ行ったらいいんですか?」
「それは本人の能力に合ったところだな、あんたゴブリン倒せるんだし、その返り血だと一匹って訳じゃないんだろ?」
「ええ、九匹でしたね」
「ほう、凄いじゃないか、見かけじゃわからないもんだな、それだけ強いなら冒険者ギルドがいいんじゃないか?」
「此処にあるんですか?」
「ああ、この周辺はあまり強い魔物は居ないから、支所としては小さいけど此の町にもあるぞ」
そうか、冒険者は居るのか、よし良い事を聞いたぞ、この怪力と頑丈な体があれば何とかやって行けるだろう。
「そうしてみます、ありがとうございました」
「おう、がんばれよ」
冒険者ギルドの場所を聞いて、門番と別れて町に入っていく、此処で男とも別れることになった。
「では私は商業ギルドの向いますので此処でお別れですね、本当にありがとうございました」
男が深々と頭を下げてお礼を言ってくる。
「いえいえ、こちらも道に迷ってましたし、お互い様と言う事で」
と笑顔で答える。
男が冒険者ギルドと反対の道へ行く。
さて冒険者ギルドに行くか、と思ったが、周りの視線に気が付き、慌てて男を呼び止める。
「どうしたんですか?」
男は呼び止められて振り向いた。
「服屋はどこですか?」
俺は服屋の場所を聞いて向ったが、そこに着くまで町の人は、怪しい人を見るように遠巻きにして誰も近寄って来なかった。
冷静に考えれば、防御力のない服で魔物と戦う人は居ないしな、不審がられても仕方ないだろう、服屋の後は防具屋に行って、防具を揃えてからギルドに行こうと決めて服屋に入った。
「いらっしゃいませー、・・・! まあ、どうしたの? そんなに血だらけの服を着て」
俺は店の人を見て固まってしまった。
「・・・これはゴブリンの血なんです、怪我をしてる訳じゃないんです」
「そうなの、良かったわー 彼方みたいに綺麗な娘に傷なんか付いてなくて、ホッとしたわ」
俺の混乱を無視するように話す店の人はオッサンだ、とても背が高い、二メートルはあるんじゃないかな、髪はオールバックで固めてある、顔はとてもゴツイ、眼光は鋭く射抜かれるように鋭い、服装は袖無しのワイシャツの様な服を着ている、パンツはスーツみたいに見える、袖無しの腕はとても太い、ボディービルダーが顔負けするほど筋肉が隆起している、当然見えない胸板もシャツの下から存在感を主張している。
「どうしたのかしら?」
あっけに取られていたら心配された。ハッと我に返る、こんなオッサンがオネエ言葉を使うのは、物凄く違和感がある、あれ? 俺も見た目と反対の性別だったけ、なんか複雑な心境だな。
「いえ、ちょっと考え事をしてたので、今日はご覧の通り服を血で汚してしまったので、予備の服を買いに来たんです」
「そうなの? こんな綺麗な娘が来たんですもの、張り切っちゃうわ、ちょっと手伝ってくれる?」
オッサンが奥に声を掛けると二十歳位の女性店員が二人きた。
「さあ寸法を測りましょうか、服を脱いで」
と三人に囲まれ抱きつかれるように更衣室へ誘導される、オッサンの眼光は鋭く断る気力が無くなるほどだ、女性店員には気を付けないと力が余って怪我をさせる可能性があるので振り払えない。
「いや、あの、その・・・」
もう言葉が出て来ない、女性の胸が当たる、息が掛かる、二人の女性にこんなに密着されると、如何していいか分からない、そのまま成すすべ無く更衣室に連れ込まれた。