帰宅
車で街道に出るまでの間にゴブリンの襲撃が一回あったが、街道に入ってからは魔物に襲われる事も無く、王都に向けて順調に進んでいる。
今、俺は御者台に座ってリーネから馬車の操車を教わっている所だ。
出発当初はリーネが御者台に座って操車して、俺はその隣に座って雑談しながら、女子力を付けるべく、言葉使いや仕草を覚えようとしていたのだが、話のタネが尽きれば会話も途切れる。
それでも街道に出るまでは周囲を警戒していたり、ゴブリンを倒したりと、する事があったのだが、街道に出てからは何事も無く、当然する事も無くなり暇を持て余していたのだ。
リーネがずっと一人で馬車を操り、絶賛役立たず状態の俺、操車には慣れてるからと言うが、何となく一人で楽をしている様で、ちょっと後ろめたい。
本来なら捕まっていたリーネを労わって、休ませなければと思っているのだが、俺は馬を扱えないので、必然的にリーネが操車する事になる。
「操車か~」と、俺が呟いたのをリーネが聞いて「操車してみます?」と聞かれたので、興味もあるし、覚えておけば今後も何かと便利なのでやってみる事にしたのだ。
馬を調教するのは大変な労力がいるらしいのだが、調教済みの馬は扱い易いそうだ。
リーネによると、この馬もきちんと仕込まれているらしく、簡単な手綱捌きで操車できるとの事、その為なのか最初に少し操作を教わっただけの俺でも操車出来た。
だが当然ながら上手い訳では無く、リーネに注意を受けながらコツなどを教えてもらっての事だ。
昼食を摂る頃には、手助け無しに操車出来るようになったので、午後からはリーネに後ろで休んでもらい、一人で御者台に座りバイクの免許を取った時の気分に浸りながら馬車の運転をした。
日が傾きかけた頃、前方に城壁らしい物が見えてきた、あれが王都? 思ってたより城壁が長いな、リーネに聞いたら王都をぐるっと囲っているそうだ。
門からの列に並び門番に、ギルドのプレートを見せて盗賊の事を話すと、所属のギルドに報告するように言われた。
門番の説明によると、本人が所属のギルドに説明をして、必要ならギルドから騎士団なり城に連絡するらしい。
リーネが冒険者ギルドの場所を知ってるので案内してもらう事にするが、王都内では人通りもあるので、操車に不慣れな俺はリーネに交代してもらった。
しばらく行くと冒険者ギルドに到着する。
石作りで3階建てになっており他の建物と比べても結構大きい、奥行きも有るようだ。
横にある厩舎に馬車を止めて中に入ると、室内はタールよりも広くカウンターが多い、今も多くの冒険者がカウンタ-に並んでいる。
昨日まで一緒だったメンバーを探して辺りをキョロキョロしてみたが見つける事は出来なかった。
そう都合良くは居るはずは無いか、まあ分かれ際に報告はしておくと言ってくれたので、受付けで確認すればいいだろう。
「おい!」
リーネを連れて受け付けに向かう。
「おい!」
誰かが人を呼んでいるようだ、と思いつつ歩いていたら、急に後ろから左肩を引かれて、その勢いで振り返ると180㎝位のゴツイ男が不機嫌そうな顔をして立っていた。
どうやら男は俺の事を呼んでいたらしい、・・・まあ薄々気がついてはいたんだけど、違う可能性も有るんで、無視していたんだが駄目だったようだ。
「何か御用ですか?」
俺は肩を掴んだ男に向かってヤンワリと聞いてみた。
「何かじゃ無え、何回呼んだと思ってるんだ」
「呼んだのは2回ですよね?」
「聞こえてたんじゃねえか!」
男は顔を赤くして怒っている、いや最初から顔は赤かったな、ん?酒臭い・・・こいつ酔っぱらいか!。
タールに次いで王都でも、・・・昼間から酒を飲んで絡んで来るなよ、人に迷惑ばかり掛けて・・・こんな奴らは出入り禁止になればいいのに。
下を向いてそんな事を考えていたら
「いまさら反省しても遅いぞ」
男は何を勘違いしたのか見当違いな事を言い始めた。
少し離れた所で暇そうにしている奴らが、ニヤニヤとしながら眺めている、何時もの事なんだろうか? 誰も助けようとはしていない、まあ助けられたらそれはそれで面倒臭いので助けは要らないが。
「で、私に何か用事が有るんですか?」
「あたりまえだ!、ま、先ずお前等みたいな新入りは俺達のような先輩に挨拶をするもんだ、そ、そ、そして俺達の話に耳を傾けてアドバイスを受けるべきなんだ、あ~~ 最近の新人は生意気な奴ばっかりで先輩を敬う気持ちが足りて無い、まったく足りて無いんだ、そもそも、そもそも~冒険者というのはだな、危険な…業であ・&・伴うんだ・・$#・甘い・・*+*・・・気が・・・・・・・・・・・・・・・」
大見栄を切って喋っているが、酔っぱらっているので段々と何をを言ってるのか分からなく成りつつある。
それでも気分が高揚している為なのか、構わずに喋り続けているが、視線はすでに俺からずれた所を見ている。
これには俺も困って、周りを見ると何人かが手振りで、”ほっとけ”、”行け”と促していたので、喋り続けている男の脇をリーネと一緒に通ろうとしたら、丁度こちらを振り向いた、そして俺と目が合うと
「貴様!まだ話を終わってないぞ!」
と言って、腕を振り上げて殴り掛かって来た。
大振りのテレフォンパンチなので、それをを避けようとしたが、そうすると後ろに居るリーネに当たってしまうので、パンチが届く前にみぞおち目掛けて前蹴りをしたのだが、この体は俺が思ってるより柔軟で、蹴り上げた足が必要以上に上がってしまい、男も前のめりになって殴り掛かって来たので、見事に靴底と顔面が出合い頭のように当たってしまった。
その結果、男は上体をのけ反らせて何度も全身を後転させながら床を転がり壁に激突した。
手加減のスキルもあるし、大丈夫だと思って蹴ったが、リーネが巻き添えを喰らいそうになったので、少しばかりムッとしていたのだろう、加減が若干効かなかったらしい。
やっちまったな、また周りの連中が驚いたりドン引きしていて俺に集まる視線が痛い。
でも俺は悪くない、酔っ払いが絡んでくるのが悪い、うん、そうに決まってる、・・はず、だよね?
視線を避けるように壁際に行き、男の様子を確認する。
うつ伏せだが、頭を床につけ、足を壁に立て掛けてシャチホコの様になっている。
恰好は兎も角、生きてるし骨折はなさそうだ、まあ完全に気を失ってはいるが。
さて、このままって訳にはいかないだろうから・・・前と同じ事をしておくか。
手で引っ張るのに丁度いい高さに足があるので、そのまま足を持って引きずって行く。
テーブルの前まで来たら、男を椅子に座らせてテーブルに突っ伏すようにして置き、
「こんな所で寝ていたら風邪をひきますよ」
と声を掛けておく。
みんなが唖然とした表情をしているが、無視、無視、早く報告しなきゃ。
リーネには近くのイスに座ってもらい、俺はカウンターに並んで順番待ちをする。
前に並んでいる男はチラチラと、後ろの並んでいる男はジロジロと此方を見ているので、居心地は悪いがしょうがないので我慢する。
そうこうしている内に順番が来て職員に盗賊退治と女性一人を保護した事を伝える。
「シオリ様ですね、昨日来られた冒険者から連絡を受けております、こちらへどうぞ」
と、奥の部屋に案内されたので、リーネと一緒に部屋に入る。
部屋で職員に、俺とリーネが今回の盗賊に関わった事ついて知っているかぎりを話し、その後で色々と質問したりされたりで確認が行われた。
内容としては、盗賊から回収した物は討伐した者にその権利がある事。
その内の二割を税として提出する事。
盗られた持ち主が返却を求めて来た物がある場合は、相場の値段で売る事(なりすましを防ぐ為に定価で売るそうだ、値段のつり上げは禁止との事)、もちろん売るのを拒否してもかまわないが、トラブルの元になるので普通は売るらしい。
今回の事で確認の調査を行うのでそれが終わるまでは、王都で連絡のとれる近場に留まる事。
今回の盗賊には賞金が掛かっているので、首を持ってくれば賞金を貰えるが、自分で行くのが面倒なら依頼を出す事も出来るそうでお願いした、その依頼料は賞金から引かれるとの事。
盗賊退治のポイントは調査後に入るとの事。
他は諸々の雑事の話をして報告は終了した。
報告に結構な時間を取られてしまったが、その後はトラブルもなくギルドを後にする。
リーネの実家はさほど遠くないそうなので、送って行く事にしたが、乗ってきた馬車は査定が済むまで乗れないそうで、辻馬車での移動になった。
送ると言っても、俺は乗ってるだけでリーネが実家までの指示しをしている、これは送っている事になるんだろうか?
馬車に揺られて30分位で実家に着いたが、移動中に見ていた家に比べると、かなり大きい、リーネはいい所の家柄みたいだな。
前面に広い庭があり門から中に入ると、使用人らしき男が俺たちを見つけて、ビックリしていたが、それも一瞬で、直ぐにこっちに走ってきた。
「お嬢様! ご無事で!」
「・・・ただいま、心配を掛けたわね、お父様とお母様は居るかしら?」
リーネは落ち着いて対応して様に見える。
「はい!いらっしゃいます、直ぐにお伝えしてまいります、早く中にお入りください」
そういうと、男は踵を返し屋敷に向かって走って行った。
屋敷に入ると女性の使用人が待って頭を下げる。
「お帰りなさいませ」
「ただいま、お客さまも一緒なので、応接室に行きます」
「かしこまりました」
メイドが連絡しに行き、俺はリーネに付いて応接室に入った。
応接室にある家具や調度品には、装飾や彫刻が施されたており、いかにも高級品って感じだ。
だが俺には全てアンティークの様にに見える、傷も無く新しそうに見えるのに、デザインが古そうに見えたからかな?。
さっき玄関で会った使用人の服を見て、古風なメイド服を着ているなと思ったけど、こちらの世界ではこれが普通らしい、地球だと中世期位? よく分からないが其れ位と思っていた方がいいだろう。
応接室のソファーに座ろうとした時に、バタバタと廊下から足音がして扉がバーンと勢いよく開けられ、
其処には恰幅のいい中年の男性が立っていた。
リーネを確認すると「リーネ!」と叫んで走り寄り抱擁した。
リーネも「お父様!」と言っており、どうやら彼が父親らしい。
さらに廊下から同じようにパタパタと音がして、リーネに面影の似た女性が入って来て、リーネを見て「リーネ」と何度も声を出して涙ながらに抱き着いて行く、リーネも「お母様」と抱き着き泣き始める。
生死の不明だった娘が帰ってきたせいで、両親は感極まっているようだ、三人で抱き合ったままで、俺は蚊帳の外に置かれてしまったが、感動の対面に水を差すほど野暮じゃない、そのまま落ち着くまで親子の再開を眺めていた。
親子が落ち着いた所で、お茶をしながら経緯を説明する事になった。
俺とリーナが一緒のソファーに座り、両親はローテーブルを挟んで向かい側のソファーに座る。
メイドさんがお茶と菓子を置いて下がり、勧められるままにお茶を飲み菓子を食べる。
お茶は紅茶のようで良い香りがする、砂糖がすでに入っているようだが甘すぎず丁度良い甘さだ。
菓子は焼き菓子で木の実の様なものがアクセントになっていておいしい、こっちで菓子なんて見て無いな、砂糖などは高級品なのかもしれない、後で少し貰っておこう。
話す内容はギルドで報告した事と殆ど変らない、リーネが襲われて捕まるまでを、俺が襲撃に有ってから救出するまでを分担して話し、両親をそれを食い入るように聞いていた。
リーネは夫が死んだ時の事も淡々と話しており、俺は少し違和感を覚えた。
夫が死んでいるのに随分と冷静なのだ、俺はその事については棚上げして聞かずにおいた、理由があるのだろうか?。
その後、夕食となったが、随分と豪華だった、今までの食事と比べると格段に美味い、スープが濃厚でコクもあり、シチューには香辛料がふんだんに使われているのがわかる、相当煮込んでるのか肉がとろけるように柔らかい、パンも固い黒パンではない、焼き立てなのか小麦の良い匂いがする、デザートもスフレとケーキの中間のような物が出され甘くて美味しかった。
さすが金持ちだな、砂糖や香辛料は高のだろうが、ある所には有るようだ。
食事中の会話は食べるのに集中してたのと、職業がら商売の話など、あまり気にならないような内容だったので、あまり覚えていない。
食事が終わった後、リーネは疲れたので早めに休むとの事で、改めて俺にお礼を言って部屋に戻って行った、まあ、あれだけの体験をしたんだし相当に疲労していると思う、家に戻ってから今まで居られたのが不思議なくらいだ、芯は強いのかもしれないな。
両親と俺だけになり、改めて両親からお礼を言われた。
ここでリーネが居ないので、彼女の夫の事を聞いてみたら、なんと離婚寸前だったらしい。
元々ここで働いていた従業員で、リーネが優しいところに惚れて、両親が折れれ結婚となったらしいが、あまり商才は無かったらしい、言われたことは率なくこなすが、応用が利かないタイプだったようで、結婚してから、ご祝儀も兼ねて暖簾分けをしてもらったのだが、商売が軌道に乗らず自転車操業的で、資金集めに苦労していたらしい。
リーネも優しさを選んで結婚してみたが、現実を見ると優しさだけでは生活は出来ない、徐々に愛情は冷めてきて、夫はそれを感じてか、何とか現状を打開しようと起死回生の手を打とうとした矢先に今回の襲撃に有ったそうだ。
今回の、金が無いから護衛無し、それで襲撃に合ったならば、見限られても当然なのかな? 世知辛い世の中なのは何所であっても変わらないのかも知れない。
両親が娘を助けてくれたお礼がしたいと言って来たので、俺は旅をして最近この国に着いたと説明し、この国や周りの国についての情報を教えて貰う事にした。
そして、この国の事や大陸の事、他国の情勢などを色々と聞く事が出来たのは収穫だった。
その話の中で気になったのは迷宮が存在した事だ。
迷宮は幾つか存在するそうだが、その中で最大なのが砂漠の迷宮だそうだ。
この大陸の中心に国が一つ入る位の広大な砂漠があり、この国を含め五ヵ国の国が砂漠を囲むように存在しており、迷宮はその砂漠の中に有るとの事。
尤も最初から知っていたわけではないらしく、砂漠の回りにはドーナツ状に広く樹海が形成されており、そこには魔物も多く棲息しており、出てくる魔物も多かった。
樹海は未踏の地であり、樹海の何処かに迷宮があるのだろうと推測はしていたらしい。
樹海からの魔物の進行を阻むために、五ヵ国で協力して長壁を樹海に沿って作り魔物を封じ込めて安心していたのだが、魔物は日に日に増えて、増えた魔物の襲撃により、長壁が壊されて魔物が雪崩込み、その時かなりの被害が発生して、以後は魔物を間引くのを奨励される事になったそうだ。
冒険者が金になる素材目当てに樹海に入り、国も軍事演習を兼ねて魔物を間引くようになる。
そうこうしていてるうちに樹海の攻略は進み、樹海を抜けた先に砂漠と迷宮の入り口を発見。
迷宮の入口は砂漠の縁あたりの所で、およそ1~2キロ置きに入口があり、各国で調べたら砂漠の縁全域に入口が存在した。
内部は鍾乳洞のような構造をしており、近場の入り口と繋がってる道もあったり、深い穴があったりと複雑らしい、下に行くほど魔素が濃いのか強い魔物が出るそうだ。
砂漠の迷宮は下の方で一つに繋がっているとの推測らしいが、広すぎて攻略は左程進んでいない。
王都は元々樹海から出て来る魔物を食い止める為に砦を築いたのが始まりで、後に迷宮発見後に、樹海や迷宮からの利益により、流通や経済が此処に集中し発展して、今の王都になったそうだ。
砂漠の上は普通では考えられないくらい気候が厳しく、日中は極暑、夜は極寒、酷い時には寒暖の差が百度を越える程で、砂漠の踏破は現状では不可能らしい、異常な環境の原因は不明で、迷宮があるから、で片づけられてるみたいだ。
色々と有意義な話が聞けたが、結構遅い時間になってしまったので、今日はこの辺で終わりとなった。
寝る前に入浴を進められたので、(!、風呂に入れる)と思い、案内された脱衣所で服を脱ぎ、浴室に入ったら湯船は無かった、中はシャワー室の様になっており、腰の高さの土台にお湯が入った大きい甕があった。
どうやら湯船に浸かる習慣はないらしい、ガッカリしながら、用途を聞くと、体を洗い温めのお湯を桶で掬って洗い流す方式だそうだ。
俺の体を洗おうとするメイドさんの申し出を固辞し戻ってもらった、見られながら体を洗うのは落ち着かないからね。
湯船に入れないのは残念だったが、体を洗えてサッパリとする事が出来たので良しとしておこう。
脱衣所に戻ると姿見の鏡があった。
入る時は浴室に気を取られていて気が付かなかったみたいだ。
鏡に近づき全身を映してじっくりと視る、見慣れぬ女性の姿だが俺の今の姿だ。
送還されてから初めて全身像が確認できた、自分の体だからか、女性の姿なのにいやらしくは見えないな。
だが自分が動くと同じように動く鏡の中の女性には違和感を覚えるな、いずれは馴染むのかな?
何とは無しに鏡に顔を近づけて胸を強調するポーズをしてみる、ふむ、結構いける感じかな? などと思っていたら、鏡にメイドさんの姿が映っていた・・・一瞬で冷や汗が出る。
錆びたロボットのようにギッギッと顔を後ろに回すと、そこには見間違いではなくメイドさんが居てこっちを見ている。
戻っていいと言ったのに、浴室から出ただけで脱衣所で待機していたようだ、姿見の鏡に夢中でメイドさんに気が付かないとは・・・・今のを見られていたのかと思うと恥ずかしい、顔が熱い、見なくても赤いのが判る、メイドさんに気が付くのが遅れたら更なるポーズをしていただろう、その時には床を転げまわったかもしてない、そうなる前でよかった・・・・・って、そんなの何の慰めにも成らねーよ。
メイドさんに”今のは違うんだ”と何か言い訳をしようとしたら、”解ってますよ”と言うようにお辞儀をされてしまった。
この場から逃げたいが部屋の場所は聞いて無い、素早く服を着て部屋に案内してもらい布団を被って寝た、あ~恥ずかしい。