魔力
「で、魔法発動の訓練方法を教えてようかの」
そう言って神父さんは説明を続ける。
「まずは落ち着いて、精神を集中して意識を自分の中に向けるんじゃ」
言われたように意識を集中してみるが、よく分からない。
目をつぶって集中してみるが、やはり分からない。
気とかそんな感じなのかと思いつつ集中してみるも、何も感じられない、まあ普通は一か月くらい掛かるらしいので、しょうがないのかもしれない。
「ちょっと感覚を見るのに額に触らせてもらってもいいかの?」
「どうぞ」
神父さんが俺の額に指先をあてる。
「集中して意識を体の中心に向けるようにするんじゃ」
言われたとうりに、意識を体の中心に向けるように集中してみるが、さっきと変わらず何も感じない、しばらくそのままで集中していたら、神父さんが額から指を離す。
「まったく動いておらん、これだけ動かないのも珍しいのう、しかたない、特別じゃが少し手助けしてやろうかの」
両手を前に出すようにいわれたので、その通りにすると神父さんが俺の手を握る、目をつぶって集中するようにとの指示に従って集中する。
最初は何とも無かったが、しばらくすると繋いだ右手から何かが流れ込んだ来るような感じがして、体の中を通り左手の繋いだ手から抜けて循環して行った。
いままで味わった事の無い感覚で違和感があったが、それが暫く続くと、流れて来る感覚にも馴染んできて違和感も徐々に薄れていった。
意識を集中していると、体の中に流れ込んで来る物とは違う何かを、薄っすらと感じ取れ始めた所で、神父さんは繋いでいた手を離した。
時間にしたら三分くらいだろうか、神父さんは、玉の様な汗をかいており、大きく息を吐いた。
「ふう、人の魔力に干渉するのは疲れるのう、じゃが感覚は掴めたようだの、最初の切っ掛けさえ掴めれば、少しは集中しやすくなるじゃろう、後は本人の頑張りしだいじゃの」
汗を拭きながら神父さんはニッコリとした笑顔で話す。
「大丈夫ですか?」俺は心配になって声をかける、若干息も上がっているようだ。
「大丈夫と言いたい所なんじゃが、結構しんどいのう、歳には勝てんと言う事じゃな」
だいぶ無理をさせてしまったようだ。
その後も、魔法の訓練法やコツ等を聞いて教会を後にした、もちろんお布施は奮発して相場の倍ほど(ギルド二階の職員に聞いていた)を寄付しておいた。
その後、町をぶらぶらと歩いていると薬屋を見つけた、そういえば回復薬が無いままだったな、ここで買っておこう。
薬屋に入ると壁一面が棚になっており、所狭しと薬瓶が棚に陳列しているのに目を引かれた。
薬瓶は薄い茶色で化学で使う試薬入れの様な形をしている。
液体の入ったものから、中に虫などの生物が入っている物、何かの種か実らしき物が入った物や、粉状の物が入っている物など、様々な物が瓶にはいって壁一に所狭しと煩雑に並べられていた。
カウンター越しに奥の部屋が見えて、何人かが薬の調合らしき作業をしている。
棚には知っているや回復薬や解毒薬などもあったが、他の物は当然ながら知らない物ばかりだ、瓶の多さに圧倒されて、その場に立って眺めていると、カウンターから声を掛けられた。
「いらっしゃい、ん?娘さんかい、そんな所に立ってないでもっと中に入ってみていきな、どんな薬を買いに来たんだい?」
カウンターにいた店の人に声を掛けられた、40歳位かな?、茶髪で同じ色の目をしていた。
「回復薬を買いに来たんです」
俺は前に進みながら返事をした。
「回復薬ね、何本だい?」
「一本、やっぱり二本にします、あと解毒薬と消麻痺薬も一本づつ下さい」
一本では心持無いので二本づつにしておこう。
「はいよ、回復薬は2本で大銀貨2枚、解毒薬は小銀貨8枚、消麻痺薬は小銀貨6枚、全部で大銀貨3枚と小銀貨4枚だな」
俺は薬を受け取り、大銀貨3枚を渡した、おつりの小銀貨6枚を受け取って帰ろうとした時に、奥から少年が出て来た。
「師匠、出来ました、今度はどうですか?」
少年は10歳位か、体形的には細見で、黄色に近い茶色の髪と目をしている。
俺は立ち止まって、そっちを見ると、少年は手にガラス瓶を持っており、それを掲げて師匠と呼んだ茶髪の人に見せている。
良くみると回復薬と同じ瓶のようだが、回復薬は入っておらず空瓶だ、それに顔を近づけた師匠はじっと見つめて「いいだろう」と頷いた。
「やったー」
少年は嬉しそうに声を上げた。
「調子に乗るなよ、まだ初めての成功なんだからな、失敗無く安定して出来るようになるまでは、次の段階には行かないからな、今日はこの後もしっかりと続けるんだぞ」
師匠は釘を刺していたが、少年は顔を紅潮させ「はい」と頷きながら奥に戻って行った。
「あの」
俺は気になって茶髪の師匠に話しかけた。
「ん?なんだい?」
「あの瓶は、空でしたよね、何が成功なんですか?」
師匠は一瞬キョトンとした顔をしたが、直ぐに納得がいったような表情をした。
「そうか、知らない人もいるんだな、あの瓶は錬金術で作ったんだよ」
「錬金術?ですか?」
「そうだ、錬金術のスキルを持っていても訓練しないと使えないからな、新米の仕事は雑用をこなしながら知識を養って、最初にやるのが瓶作りってわけだ、錬金術では初歩の初歩なんだよ、これが出来ないうちは、次には進めないって訳だ」
この後も話は続いた、ガラスのように固い瓶なども作れるし勿論中身を出しても消えたりしない、だが何時も持ち運ぶ物であれば軽くて割れにくいほうがいい、その為に作られたのが弾力のある瓶で、衝撃に強く軽い、見習いが技術習得のために作るのが普通らしい、もちろん欠点もある、作っても10日と経たずに崩れて消えてしまう、瓶自体の存在が脆いので込めたマナが維持できない、だが回復薬などを入れると、回復薬のマナと反応し一体化して現状が維持され、崩れなくなるとの事だ、なので中身を出すと急速に崩れて消えてしまう、それ故にマナのある液体専用となったそうだ。
錬金術か、わりと凄いもんだな、飲んだペットボトルがゴミにならずに消えるようなものかな?まあ再利用は出来ないのはもったいない気がするが。
知らないだけで色々な物が作られているらしい、化学的な物も錬金術で代用出来ている物がけっこう有るのかも、(思ってるよりは便利な世界なのかもしれない)そう感心しつつ、薬局を後にした。
散歩がてらブラブラと歩いていたら金属を叩くような音が小さく聞こえているのの気が付いた。
音の聞こえる方へ行ってみると、けっこう離れた場所に鍛冶屋があった、入ってみると誰も居ない、さっきまで音が聞こえてたのに、何処にいったんだろう? 奥にでも居るのかな? 手前の棚に商品があり、奥は鍛冶場になっており炉に炎が揺らめいている。
棚には鍬や鋤などの農具関係の金具などが置いてあった。
そうだよな、農具だって鍛冶で作るし、あって当たり前だよな、鍛冶=武器ってイメージがあるからちょっと驚いた。
これは鎌だな、柄がない状態なので不格好に見える、他の物も中々面白いのがあるな、このデカい棘を並べたのは何だ? たしか・・・そうだ千歯扱き・・・のはず、あ、鋸だ、こっちは斧だ、これは戦闘用じゃ無く木を切る方だ。
あれ? これは何だ? 円盤だが一カ所だけ細く長方形に伸びている、手に取って繁々《しげしげ》と眺める、金属製で丸い卓球ラケットに見えなくもない、こんな農具あるのか? さては大工道具か?
「買うのか?」
「わあ!」
急に後ろから声を掛けられて思わず声を出してしまった、振り返るとそこに店の人であろう人物が立っていた。
「鍛冶屋の方ですか?」
「おう、店主だ」
赤毛で赤い目をしており、鍛冶仕事の似合う筋肉質の体形をした50代位で不機嫌そうな顔をした男性だ。
いつの間にか店の人が戻って来ていたらしい。
「脅かさないで下さいよ」
俺は思わず抗議の声を上げた。
「別に脅かした訳じゃない、店に戻ったら商品を持ってる客がいたから声を掛けただけだ」
商品に気を取られて、店の人が来たのに気が付かなかったようだ。
勝手に商品をいじってたのは間違いないしな、謝っておこう。
「すいませんでした」
そう言って俺は頭を下げる。
「別に気にする事はねえよ、で買うのかい?」
俺が手に持っている円盤状の物を見ながら聞いてくる。
「これですか?」
「そうだ」
俺は手に持っている物を見せる様にして「これは何の道具ですか?」と聞いてみる。
「鏡に決まってるだろ」
「え? 鏡?」
鏡と言われた物をよく見る、片方は平面だが反対側は、やや丸みを帯びている、両面とも顔が映るような事も無い金属面だ。
「顔映りませんよ?」
「おいおい、鏡を見た事が無いのか? ちょっと信じられねえな、鏡を知らねえって何処から来たんだよ、・・・まあいいや、それは金属鏡だ磨かないと映らねえよ」
男の顔が、詮索と言うより呆れた様な表情をしている。
「あ~ あんた良い所の出か? 貴族とか?」
「違いますよ」
「じゃあガラス製の鏡は見た事はあるか?」
「無いですね」
こっちに来てからは見た事は無いから否定した方が流れ的には無難かな。
「そうか、ガラスの鏡を使ってるなら、金属鏡を知らないのも分るんだがな、そうか知らないか」
「ガラスの鏡って、どんな物ですか?」
これも知らない風に聞いてみよう。
「ガラスの鏡は高級品でな、金属鏡と比べるとべらぼうに高い、ここいら辺じゃ見かけねえな、だが映りは金属鏡とは比べ物にならない位良く映る、見た目を気にする貴族とか金持ちとか、見栄を張るような奴が買うようなもんだ、俺たち庶民は金属鏡しか持ってないと思うぜ、それにガラスってのは割れ易いからな、割れたら大金をかけたのがパーになっちまう、そんな高くて割れやすいもんは、おっかなくて使えねえだろ? 作るのにも結構な手間がかかるらしくてな、透明にするのに不純物を取り除いたり裏に銀を付けてたり、まあ錬金術師がやるんで、やり方は詳しくは知らんが、で、その鏡は買うのか?」
俺の持っている金属鏡を見ながら聞いてくる。
「あ、買います、いくらですか?」
「大銀貨1枚だ、鏡をよこしな弟子に磨がせてやるから、少し待ってな」
俺は大銀貨一枚と鏡を店主に渡す。
店主が奥に向かって声を掛けると、オレンジの髪をした男性が出て来た、少し痩せているようだが、きちんと筋肉は付いてるようで細マッチョ風だ。
「親方、なんですか?」
「鏡を買ったんで磨いでやれ」
「わかりました」
弟子が鏡を受け取ると、水で濡らして粉のような物を付けて磨き始める、親方は奥の炉で熱して赤くなった金属棒を鎚でカンカン叩き出しはじめた。
しばらくして磨き上がったようで、弟子が鏡を持ってきた。
「出来ました、鏡が曇ってきたら自分で研ぐか鍛冶屋に頼んでください、今回は買ったんで無料ですが次からは研磨代がかかります」
「分かりました」
説明を聞きながら俺は鏡を受け取る。
磨いたばかりだからか、想像してたよりも良く映るな、そう思いながら自分の顔を映してみたら、見た事の無い顔が映っていた。
「誰?」
ゴン!
俺が自分の顔を見ながら言うと、親方の槌が的外れな音を立てる、そして親方と弟子が同時に俺の方に振り向き、ビックリした顔をしている。
二人の気持ちは分からないでは無いが、何せ自分の顔が違うんだから、俺の方がもっとビックリしている最中なんだ、もちろん女性の顔(全身女性だが)になってるのは知っているが、実際この目で確認するとやっぱり驚いてしまうのはしょうがない。
しばらくそのまま自分の顔を見続けていたら、二人とも自分の作業に戻っていった。
鏡に映る俺は、髪は黒く直毛だ、長さは肩甲骨の下位まである、前髪は眉で切り揃っており、瞳の色も黒い、ここまでは分かっていた事だ、町の人達は地球人に当て嵌めれば西洋風の顔立ちだったが、俺の顔も西洋風の顔立ちだった、まだ少女だが将来はかなり期待出来そうな風貌で、若干の幼さが残っているが、自分の美的感覚からすると美人だ、ハイティーンの雑誌の表紙を飾っても問題ないレベルだと思う。
じっくり顔を見た後で、思わず声を漏らしてしまう。
「綺麗だ」
ガン!
また親方の叩く鎚が異音を立て、二人がこっちを振り向くの分かった、ちょっと恥かしい、そのままお礼を言って、そそくさと店を出た。
もう昼頃なので屋台で串焼きを買って食べてる時に思い出した、金串を買うんだったな帰りに買って帰ろう。
雑貨屋に行き、持ち手に木が付いている金串を買う、これで手も熱くならないし焼きやすくなったな、後は野外での調理セットを買った、小型のまな板やナイフ、フォーク(二股で長く肉を刺す物)など調理に必要な物が色々と入っている。
剥ぎ取りナイフしか無かったから肉は大きな塊にしか出来なかったし、これで食事が作りやすくなりそうだ、さて今日は宿に戻るか。
早めに宿に戻ってきたのは魔法の訓練をする為だ、さっそく自分の魔力を感じる訓練を始めよう。
体の中の魔力を感じる為に意識を自分の中に向ける。
集中しても魔力は感じ取れない、さっきは神父さんの手助けがあって感じられたのであって、自力ではないので当たり前なのかもしれない、感じるのに一か月は掛かるらしいので焦らずやるしかないな。
その後も訓練をして、夕食後も訓練を続けたが眠気が強くなったので今日はこの辺にしておこう、大分寝るのが遅くなってしまった、朝食にちゃんと起きられるといいな。




